第66話

 想次郎は駆ける勢いそのままに双剣の攻撃範囲まで飛び込むと、


「だぁっ!」 


 シナリスの身体目掛け、二枚の刃を重ねるようにして両手同時の斬撃を繰り出す。


「くっ……」


 が、振り抜けない。


 シナリスは片手の長剣で想次郎の剣を二本同時に受け止めていた。ぎちぎちと金属音を発しながら拮抗する両者。


「おらぁっ!」


 頃合いを見計らってシナリスは刃に一層力を込め、想次郎の身体諸共剣を跳ね返した。


 後方へ飛ばされ、床に着地する想次郎。足の震えは最早両手と奥歯にまで伝染しており、まともに構えることができない。


 しかし想次郎は止まるわけにはいかなかった。少しでも迷えばその間にエルミナが狙われてしまう。


「わあぁぁぁっ!」


 床を蹴り、脆くなった床の破片を飛び散らせ、再び想次郎は駆け出す。どうしようもない恐怖心を塗り潰すが如く、喉が擦り切れんばかりの声を上げ、シナリスへ向かって行く。


 今度はシナリスへ向かって左右からの斬撃を繰り出す。シナリスはそれを身を引いて躱し、さらに飛び込む想次郎の攻撃は剣で受ける。


 レベルでは一回りも上の筈の想次郎の攻撃がまたも通用しない。


 しかし想次郎は攻撃を止めない。


 攻撃の最中、想次郎の剣撃を受けたシナリスの剣が勢いで大きく後ろへ逸れた。


(今だ!)


 ここしかないと思った想次郎は剣技を発動する。


「撃連斬!」


 両手の剣に渾身の力を込め、タイミングを僅かにずらした二連撃。


 速い方の刃がシナリスへ届こうというその刹那、極限の意識の中で想次郎に過るとある想い。


(僕は今……人を殺すんだ……)


 しかし、想次郎は刃を止めない。エルミナを守る為にもここで止めるわけにはいかなかった。


 しかし、刃がシナリスの身体に届ききる前に、長剣が剣技発動中の想次郎のすぐ真横まで迫っているのを、視界の端で捉える。


(なんで……そんなに速く……)


 レベルは勿論のこと、ステータスの上では特に敏捷性は圧倒的に想次郎の方が上だ。それこそ何倍もの差がある。だが、現にシナリスの剣は想次郎の攻撃に追くばかりか、僅かに凌駕している。


 シナリスの口元に垣間見える凄惨な笑み。


 想次郎が以前決闘場で見たものと同様の……。


「重二連斬!」


 シナリスも同様に剣技を発動する。連続する二連剣技。その刃で想次郎の二連撃を打ち落とすかのように受け切った。


 しかし重さを備えるシナリスの剣の衝撃に、想次郎の握る双剣は手から弾き飛ばされてしまう。飛ばされた二本の剣は天井と背後の壁にそれぞれ突き刺さった。


 間髪入れず迫り来る三撃目。想次郎は咄嗟に後ろへ飛び、何とか距離を取る。刃が想次郎の腹部のあたりを僅かに掠め、服の布地だけが切れた。


「ははっ! おっしいな!」


 シナリスは相変わらず嬉しそうに笑い声を上げながら想次郎に切っ先を向ける。


「せっかく誘ったってのに、やっぱり速ぇな。お前」


(誘った……?)


 その言葉を受けてようやく想次郎にもシナリスの見せた動きの理由が判然としてくる。


 つまりは、わざと隙を作ったかのように見せ掛けて剣技での反撃カウンターを狙っていたということだ。


(違い過ぎる……実力が……)


 ゲームの上でのレベルやステータスは圧倒的に想次郎の方が上。それは紛う方なき事実だ。


 しかし実際の剣での斬り合いにおいてはどうだ。想次郎はつい最近この世界にやって来たばかりの一般的な高校生。いや、この手の荒事においては一般的な高校生よりも苦手かもしれない。


 対人戦の実戦経験においてはシナリスの方に分がある。単なる速さや力の強さ、覚えているスキルの差ではない。


 戦闘における瞬間的な判断力。それと何よりも、命を落とすかもしれないという状況下で迷わず動ける胆力。ステータス上の数字では表せない数値。それらが想次郎とは明白に、或いは、絶望的なまでに差があった。


「だけどな、お前。まだ舐めてんならそろそろ腹括った方がいいぞ」


 シナリスは挑発するように、膝を付く想次郎へ向ける切っ先を揺らしながら話す。想次郎はシナリスを睨みながら震える奥歯を食いしばる。


「僕は舐めてなんか……」


「いいや舐めてるね」


 シナリスは想次郎の言葉を遮った。これまでの挑発的な態度を収め、表情は真剣そのものだった。

 

 揺らめくような切っ先の動きも止まり、真っすぐに想次郎の瞳へと向けられていた。







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【装備】

武器C2:バスタードソード

ステータス要求値:攻撃力50、技力45、体力80。

攻撃範囲の広い片手振り、長い柄を利用した両手振り、鋭い切っ先での突きといった変幻自在な攻撃を可能とする長剣。携行性の不便さから現在のカイアス公国では正式には採用されないが、その対応の難しさの為、敵からは〝何方付どっちつかずの剣〟として忌まれることが多い。

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