第62話

 街を出てその後は、想次郎が普段通っているルートを往復しながら、順調に魔物狩りを進めていった。


 今のところの成果は想次郎とエルミナでピアスクロウ一羽ずつだ。


 当初懸念していた想次郎だったが、いざ一緒に狩りをしてみると全くの杞憂だったことがわかる。


 レベル差に関しては言わずもがな、戦闘の経験も当然想次郎の方が多い筈だ。しかしさすがは魔物といったところか、エルミナはピアスクロウの攻撃をすまし顔で難なく躱し、それどころかカウンターに鋭い爪の一撃を繰り出し、ピアスクロウを一瞬で葬って見せた。


 仰々しい装飾のないシンプルなドレス姿とはいえ、そのような恰好で見せる華麗な動きに、想次郎は素直に関心してしまった。


 それ以上に、スカートをはためかせ勇ましく戦闘を行う姿も、これまでの彼女と例外なく美しいと思った。


 エルミナの普段とはまた違った一面を見た想次郎は、彼女のことがより一層好きになった。


 しばらく二人で魔物狩りを続け、日が傾き始める頃には二人で三羽ずつ、計六羽のピアスクロウを狩っていた。結果的に普段のおよそ倍の成果である。


 懸念していた思わぬ強敵との遭遇レアエンカウントもないまま、無事狩りを終えることができた。


 狩りを始める前は未練たらしく最後まで渋っていた想次郎であったが、効率を目の当たりにした今は純粋に助かるという気持ちで一杯だった。


「お疲れ様です。エルミナさん」


「ええ」


 今は街へ戻る前に手頃な岩に腰掛け、二人並んで休憩をしている。


 想次郎の傍らに腰掛けるエルミナ。その様子を横目に眺める想次郎。


 エルミナはいつかの買い物時に街の露店で購入したハンカチで服や肌に付いた汚れを拭っている。


 その姿、細かい所作の一つひとつが上品で、想次郎はすっかり見惚れてしまう。


 月明かりに佇む姿。本を読んでいる姿。一緒に街を歩く姿。魔物と戦っている姿。エルミナは何をしている時でも例外なく艶麗であった。


 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。想次郎はエルミナを見ながらそんなことわざを頭に浮かべていた。「戦う姿」を付け加えるならば、どんな花が良いだろうと想像する。


「エルミナさん?」


「なんです?」


 想次郎は徐に声を掛ける。


「ちょっと前に言い掛けたことですが……」


「……?」


 想次郎は何かを言いたくて、しかし言い辛そうに口籠る。エルミナは見当が付かず首を傾げた。


「なんですか。言いたいことがあるならどうぞ」


「はい。宿を出た時のこと……なんですけど」


「ああ、その話ですか……」


 エルミナは、想次郎の話題が彼に〝噛み付き〟という制裁を加えようとした時の事柄だと気付き、嘆息する。しかし、話を促してしまった手前、中途半端に拒絶することもできず、


「もう良いですから。話があるならどうぞご勝手に」


 赦しを得られた想次郎はぱぁっと明るさを取り戻し、話を続ける。


「僕、嬉しかったって言いましたよね? あれは本当なんです。前まではエルミナさん、他人と全く言葉を交わそうとしませんでしたから。あれから少しは僕の言ったこと、考えてくれていたのかなぁって……」


「さあ? わかりません。単なる気紛れです」


「だとしても嬉しいです、僕」


「ふん、どうでも良いですけど。そんなことですか? あなたが言いたかったのは」


「まあ……そうなんですけど……」


 と言いつつも、想次郎は煮え切らない様子だ。もじもじと抱えた膝の上で指を弄ぶ。


「なんですか? 言いたいことがあるならこの際全部言ったらどうです?」


「じゃあもう一つ……。エルミナさん、他の人がいる時、いつも僕の後ろに隠れてしまいますよね? あれはどうにかならないですか?」


 想次郎からすると頼られている感じがして、決して悪い気分ではなかったのだが、宿の人間に対しても頑なにあのような態度となると、やはり今後良い関係を築くのに支障があるのではと懸念をしていた。



「…………」


 エルミナは想次郎の言葉を受けるなり、俯き気味に視線を伏せ、黙ってしまう。想次郎はそんな彼女の様子に少し急ぎ過ぎたかと後悔した。


 以前エルミナは想次郎の考えが「呑気」だと指摘していた。そのことを思い返し、恐らくエルミナには、想次郎の想像も及ばない苦悩があるのだと改めて反省する。


「想次郎さん……」


「は、はひっ!」


 急に名を呼ばれ、声を裏返す想次郎。怒ったエルミナから制裁を受けるのだと思い込み、思わず目を瞑った。


「匂いを嗅いでみて頂けませんか?」


 しかし、エルミナから返ってきたのは、そんなよくわからない言葉だった。


「は……はい?」


 意味を掴み兼ね、閉口する想次郎。対するエルミナは何かを警戒するように人気のない辺りを見回していた。








------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

地属性C3:クロート

対象一体へ地属性大ダメージを与える。飛行・浮遊状態の対象へは無効。

大口を開けた大地があらゆるモノを奈落の底へと飲み込む。星の位置における凶角が示すハードアスペクトは大地に深い裂け目を発生させる。地割れを夢に見ることは古来より凶兆とされた。占星魔術が描くアスペクトはそういった悪害を逆算的に現世に顕現させる。

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