第63話
「その……何の匂い……ですか?」
「無論わたしのです」
彼女の回答を聞き、余計にわからなくなる想次郎。
「ご褒美ですか?」
苦慮の後、想次郎が出した回答はそれだった。
「どうしたらそういった解釈になるのですか?」
「違うんですか?」
「全く以て違います。いい加減にしてください」
どうやら違ったようだ。
「では何で……?」
「…………。いいですから」
エルミナはひらりと軽快に岩から飛び降りると、想次郎の前に立った。どうやら当人は本気らしい。だが、視線は逸らし気味で、その白い頬は僅かに紅潮している。
何が何やらわからない想次郎もとりあえず立ち上がる。しかし内容が内容なだけに、とにかく言われるがままエルミナに自身の鼻を近付けて行く。
「ではお言葉に甘えまして…………」
想次郎の鼻先は徐々にエルミナの身体に近付いて行く。
ゆっくり……ゆっくりと……。途中エルミナが思わず眉を顰めたが、そんな彼女の様子も想次郎にとってはご褒美だった。
やがて想次郎の鼻先はエルミナのその豊満な胸元へと……、
「止まりなさい」
エルミナの言葉に合わせ、想次郎はぴたりと動きを止める。そして中途半端な体勢のまま上目でエルミナを見つめた。
「なぜそこなんです?」
「違うんですか?」
「なぜ疑問なんです。普通腕とか、当たり障りないところにしますでしょう」
「すみません」
だが、想次郎はすぐに何かを思い立ち、提案する。
「うなじはどうですか?」
「…………。腕です。腕以外は許しません」
想次郎はやや残念そうな表情を浮かべ、素直にエルミナが差し出した腕の匂いを嗅ぐ。
「……ど、どうです?」
エルミナはやや複雑そうな表情で尋ねる。
「はぁ……何て言うか……すごくえっちな匂いです…………」
瞬間、エルミナは真赤な瞳をさらに血走らせ、嗅がせる為に差し出していた手で想次郎の首を掴み、そのまま力強く締め上げた。彼女の長い爪が想次郎の喉元へ深く食い込む。
「ぐっ…………える……みな……ざん……。ぐるじい……でず……」
「誰がふざけろと言いましたか?」
「ずびばぜん……つ、つい……」
想次郎がギブアップと言わんばかりにエルミナの腕をタップすると、ようやく解放された。
「ケホっケホっ……。そんなに怒らなくても……」
「ふん」
「でも急にどうしたんです?」
「…………。何と言いますか……わたし、一応
エルミナは言い辛そうに口籠りながら理由を説明する。
ところどころ遠回しな表現を交えながらなかなか要領を得ない為、想次郎が得心がいくまで多少時間が掛かったが、どうやらアンデッドである彼女は自身が死人であるという特性上腐臭を放ってしまっているのではと懸念していたのであった。
エルミナから見ても自身の継ぎ接ぎ姿はアンデッドらしいと言える。だが表面上の質感は腐敗しているとは判断し難く、加えて自身の鼻ではそもそも正確に判断ができていないのではという疑念から、想次郎にそのような突拍子もないお願いをしたとのことであった。
「それであんなにも他人を避けていたんですか」
「無論それだけではありませんが、まあ、そうですね。これがわたしにとって重要なことであるのは確かです」
エルミナにしてみれば真剣な悩みなだけに、声色は弱々しかった。想次郎はエルミナにそのような葛藤があったとは露知らず、欲望を曝け出してしまったことを反省した。
「それで? 実際はどうなんです?」
「うーん……何と言いますか……」
エルミナは固唾を飲んで想次郎の言葉を待つ。
「無臭です」
想次郎は少し悩むような素振りを見せたかと思うと、あっさりとそう答えた。
「本当ですか?」
「ええ、まあ。本当に何も匂いがしませんでした。僕の予想ですが、アンデッドは死後腐敗するどころか、その逆で、腐敗自体が止まっているのではないでしょうか? だって腐敗が進んでしまってはそんなに長期間同じ姿のままいられないでしょうから」
一度確認を挟んでからようやく安堵したのか、エルミナの表情から緊張感が消えた。
「でも、まったくの無臭というのも不自然ですよね」
しかし想次郎は新たな疑問を提起する。
「不自然……と、言いますと?」
エルミナはその言葉の真意を掴み兼ね、そう聞き返した。
「だって、魔物狩りであれだけ動いたんですから。ほら、汗とかかきますし。たぶん今はむしろ僕の方が汗臭いですよ」
そう言いながら想次郎はエルミナを眺める。彼女の肌の質感はさらりとしていて汗の一粒どころか、肌から滲み出る脂の類も見えない。まるで作り物の人形のように綺麗なままだった。
「言われてみれば……」
エルミナは確かめるように自身の首筋を軽く撫でた。
「これまで意識していませんでしたが、この身体、汗を全くかかないようです」
「そっか……。汗……かかないんですね……」
「なぜ残念そうなんです?」
「いえ……単なる妄言です」
「変態的な趣向の元にそのような発言をのたまっていらっしゃるならば、わたしはあなたを生かしてはおけませんが。あなたも死者の身体を体験してみますか?」
「本当に心の底からすみません」
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【スキル】
C1:俊足
敏捷性が元の数値の120%に補正。
どんなに強い攻撃であろうと相手に追い付ける速さがなければ意味がない。反対に全て避けてしまえるだけの速さがあればどんな強者にも勝る。至極単純だが、剣士には〝速さ〟が必要だ。
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