第57話
「じゃあお願いナツメ」
「うっし、やるか! シュっ! シュっ!」
アンデッドな獣人娘、ナツメはその場でシャドウボクシングのように空中へ向かって拳を突き出した。その細い身体とは不釣り合いな大きな獣の拳が生む風圧が、対面にいる想次郎の顔にあたり、その度に大きく髪がなびく。
「えっと……ナツメ?」
「なあに?」
「手加減してね……?」
「手加減して意味があるのか?」
ナツメはシャドウボクシングを中断すると、きょとんとした表情で首を傾げた。
「だ、だって……真剣勝負はやっぱまだちょっと怖いし……」
「それを克服する為にやるんだろ」
「そうだけどさぁ……」
つまるところ、想次郎は以前知り合ったこのナツメという魔物の娘に特訓を頼んでいたのであった。「特訓」と言っても、レベル上の強さで言えば想次郎の方が勝っているので、単純な戦闘力の強化というよりはメンタル面の強化の方が目的だ。
先日のことがあってから想次郎は自身の怖がりな部分を少しでも直す努力をしてみようと考えていた。
当初から「異世界では頑張らない」というスローガンを心中に掲げていた想次郎だが、自身のメンタルが異常に弱い所為でせっかくの実力が発揮できないのは、この先かなりの損をすると踏んだのだ。
いかに自身が地べたを這いつくばらん限りに腰を低く日々を過ごしていようとも、災いは往々にして向こうからやって来るのだから。
異世界は未知のことばかりだ。自身がいかに回避に専念しようとも、この先どんな危険があるかわからない。ならばできるだけのことをしておいた方が良いと心の決め、今に至る。
それにこれは愛するエルミナを守る為にも大事なことだ。最低限必要な時に必要なだけ動けなければならない。
「それと確認だけど、爪を使うのは禁止」
「はいはい」
「あと剣技も禁止」
「けんぎ?」
「前に君が岩を粉々にしたアレだよ」
「ああアレね。もう、注文が多いなぁ……」
ナツメは渋い顔をしながら猫耳をへたりとさせた。
「じゃあいくよ」
想次郎は双剣の代わりに手頃な長さの木の棒を二本、剣に見立てて構える。前程酷くはないが、やはり強敵を前にしてやや足が震え出してしまう想次郎。一度片足で強く地面を踏みしめ、己の心と身体に気合を注入した。
「う、うん……。いつでもいいよ」
「そりゃあっ!」
ナツメは瞬時に想次郎の懐に入ると拳を突き出す。それを身体を半身にし、躱す。すれ違い様に飛んでくる蹴りは木の棒で受けた。その後もナツメの猛攻は止まらない。「本当に手加減しているのか」と疑問になりながらも、必死でナツメの攻撃を受けきる想次郎。
しかし受けながらも早くもナツメの攻撃を正確に捉えていく想次郎。やはりこれまで自身の恐怖心が大幅に本来のパフォーマンスを下げていたことがわかる。現在も戦う恐怖を克服できているとは言い難いが、真剣勝負でないというだけで、想次郎の中に幾許かの余裕が生まれているのも確かであった。
(この調子なら……)
一見乱雑、不規則とも思えるナツメの攻撃を的確に読み始めた頃、想次郎は反撃に出る。拳を大きく突き出し、やや体勢が崩れかけたナツメの横腹目掛け右に持った棒で薙ぐように一撃を繰り出す想次郎。
「っと!」
ナツメはそれを躱すべく大きく後ろへ宙返りをした。想次郎が空中で膝を抱えてくるくると回転するナツメを眺めながら「さすがは獣人の身体能力」と見入っていると、ナツメは地面に向かって逆さ向きで落下しながら右手を横薙ぎに大きく振った。
「ウェントっ!」
「へ?」
その刹那、ナツメ右手が通過した空間が一瞬ぐにゃりと歪んだかと思うと、そこから発生した風の塊が想次郎目掛けて飛んできた。
「ええ!?」
すかさず両の木の棒を自身の身体の前で交差させ、防御の姿勢を取る想次郎。その瞬間、風の塊が木の棒にぶつかり、砕けて粉々に弾け飛ぶ。威力を殺せないまま想次郎の身体は風の余波に吹き飛ばされ、背後の木にぶつかり、ようやく停止した。
「いっつつつ……」
身体を労わりながら立ち上がり、怪我がないか確認する想次郎。木に打ち付けた背中は痛むが、幸い出血などはないようだ。
「ま、魔法もだめだって!!」
「うん? 魔法は禁止されてなかったけど?」
「そのくらい察してよ! もうっ!」
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【剣技】
C2:炎苅
他の剣技との同時使用で、斬撃の瞬間に限定して火属性を付与。
内なる剣気のイメージは炎の姿に近い。刀身は剣気に呼応するが如く、天をも焦がす炎を纏い激しく燃え上がる。想いが強い程熱く、目も眩む程に赤々と。切り裂き焼き尽くせ、猛炎の一太刀。
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