第58話

「なあ! 早く行こう!」


 ナツメとの何日目かの特訓を終え、いつも通り想次郎は街への帰路に付く。ただ、今日はそのナツメと一緒だった。


「なあなあ! 早くぅ!」


 ナツメは想次郎よりも率先してどんどん先を行ってしまう。


「あんまり大声出さないでよ。もう街も近いんだから」


「あははは!」


 ナツメは忠告も全く意に介さず、大声で笑い声を上げた。酷くご機嫌な様子だ。


「ねぇ、本当に行くの?」


「うん! 約束だからな」


「だよねぇ」


 想次郎は後悔に肩を落とした。ナツメに特訓を頼む上で彼女が提示した条件というのが、特訓に付き合う代わりに街へ連れて行き食べ物をご馳走することであった。


 ただアンデッドであるナツメは外見から魔物であることがまるわかりなので、予め想次郎が露店で安く買ったフード付きのローブを着用させている。


「あははは!」


「…………」


 しかし被ったフード越しで耳がもこもこと動いているのがわかり、尻尾に至ってはローブの裾からはみ出て機嫌よく左右に振られていた。


「はぁ……」


 早くも先が思いやられる想次郎であった。


 程なくして二人は街の入口に辿り着く。


「よし! 早速行こう!」


「ちょっと待って!」


 ナツメが威勢よく街への一歩を踏み出そうとした時、想次郎が呼び止める。


「なんなのさ!」


「それ、どうにかならない」


 想次郎はナツメの手に視線を向けた。耳はフードで隠れている。先程のように不用意に動かさなければ問題ない。尻尾の方も同様だ。裾の中に仕舞ってしまえば何とか誤魔化せそうなものである。


 しかし、彼女の両手は問題だった。獣人族特有の大きな爪の生えた猫の手。まるでグローブような巨大なそれはローブに収まりきる筈もなかった。


「まあ、そこだけならアンデッドだってわからないかもだけど、やっぱりちょっと傍から見たら怪しいっていうか……」


「うーん……それもそうだなー」


 ナツメは少しばかり思案する様子を見せたかと思うと、


「じゃあ、取っちゃえ」


 すぽんと、それこそまるでグローブを外すかの如く、猫の手から腕を引き抜いた。


「えぇっ!?」


 あまりのことに両目を大きく見開いて驚愕する想次郎。どうやら大きな爪の生えた猫の手は自由に付け替えができるようだ。


「そんで、ポイっ!」


 ナツメは猫の手をその辺りの草むらに投げ捨てる。


「捨てちゃうの!? ってか取れるの!? それ!」


「うん! まあ、獣人の頃はできなかったけど、アンデッドになってからできるようになったんだー」


「アンデッド……すごい……」


「まあ、そんなに褒めるなよー」


 照れ隠しに頭を掻くナツメの手はアンデッド族特有の継ぎ接ぎの肌だったが、それを除けば人間の女性の手と何ら遜色のない形をしていた。


「これ、どうなってるんだろ」


 想次郎は好奇心から先程ナツメが捨てた猫の手の片方を拾い上げるとまじまじと見る。手に持ってみると大きな爪の重量なのかそれなりにずっしりとした重さがあるのがわかる。肉球部分もスカスカなわけでなく、しっかりと肉が詰まっているような感触だ。


「そ、そんなに見んなよぉ……」


 想次郎の様子に、何故か少し恥ずかしそうにするナツメ。


「な、中はどうなって……」


 想次郎は息を飲みながら自身の右手を猫の手に挿入する。


「あ……あああ……なんか……ねっとりとしてて温かい……」


 内側はナツメの体温が残されており、人肌程に生温かく、湿り気のある肉がぐにぐにと想次郎の手を包み込む。その筆舌に尽くし難い感触に想次郎は思わず身震いした。


「もう良いだろ!」


 ナツメは想次郎から猫の手を取り上げると、そのまま上空へ遠投し、流れるような動作で両手を空に構える。


「ウォルカ!」


 ナツメが魔法を唱えると手から巨大な火柱が生じ、空中の猫の手を焼き尽くした。地面に落ちる前に灰になり風に流される猫の手のだったものの残骸。


「って、焼いちゃって大丈夫なの!?」


「だいじょーぶなの! また生えてくるから。ほら、馬鹿なことしてないで行くよ!」







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【剣技】

C2:雷迅

他の剣技との同時使用で、斬撃の瞬間に限定して雷属性を付与。

さらに併用した剣技の命中率50%アップ。

白き閃光を纏いて走る神速の刃。穿ち、残るのは瞼に焼き付く光の線と両断された躯のみ。剣速は自身を嘲笑うかのように、その者の反応速度を優に上回る。御し難い力程危険なものはない。だが、その身の危険を厭わぬというならば存分に振るうが良い。

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