第44話

 翌日。濁ったような曇り空。

 

 想次郎は地鳴りのような歓声や怒号に包まれ、立ち尽くしていた。


 絶え間なく震える手、脚、奥歯。滲み出る汗は止まらず、顎先から落ちた雫が乾いた地面に点々とまだら模様を作っていく。


 円形の壁に囲まれた空間内は無風だが、代わりに観客たちの声が四方から空気を震わせているようだった。周囲の人々が発する内容は様々だったが、「殺せ!」「やっちまえ!」「殺さなかったら俺がお前を殺してやる!」等々、聞くに堪えない下劣なものばかり目立っていた。


 想次郎からは周りの人間すべてが醜悪な悪魔のように見える。


 また一滴、汗が想次郎の頬を伝い滴る。


(どうしてこうなった……)


 想次郎は誰にでもなく、心の中で問い掛ける。


 恐怖心でおかしくなりそうな頭を何とか保つが、今にも気を失いそうだ。目は極度の緊張で焦点が定まらない。自身の体温が熱いのか冷たいのかすら、わからない。


「どうして……」


 今度は声に出すが、乾いた想次郎の声帯が発するかすれ声は、周囲の怒声でかき消えた。


 どうしてこうなったか。


 それは、今から1時間程前にまで遡る。





 宿を出た想次郎とエルミナは、途中露店で昼食を挟みつつ、目的の本購入の為、街中を回っていた。


 探してみれば本を置いてある店は本屋でなくとも意外と多く、散策のし甲斐があった。


 仮面で顔を隠した女性と二本の剣を携えた少年のコンビは、やはり街中では少々浮いているらしく、相変わらず周囲から怪しむような視線を向けられることもしばしばであったが、想次郎はあまり気にならなくなっていた。


 それよりも、こうしてエルミナと街を回れること自体が楽しくて仕方がない様子だ。口に出してしまってはエルミナの機嫌を損ねかねないが、想次郎は疑似的なデートみたいだと密かにこの現状を満喫していた。


 目当ての本を数冊購入し、ついでに他に必要な物はないかと雑貨屋や食べ物屋も見て回ることにする二人。


 しかし、想次郎たちは気付かない。


 彼らを尾行する二人の人影の存在に。


「…………」


 色々な店を回っていると、以前の本屋の時と同じく、またも想次郎はエルミナの視線が何かに注がれていることに気付く。今度は服屋のようだった。しかもその店は想次郎がこの街に来て最初に訪れたエルミナの服を買った店だった。


 嫌な思い出が想次郎の脳裏に蘇る。想次郎は念の為、周囲を警戒するように見回してからエルミナに提案する。


「エルミナさん。少し、見ていきましょう」


「いいえ、いいの。もう帰りましょう」


 するとエルミナは遠慮をしているのか、そっぽを向き、先を急ごうとしてしまう。


「遠慮しなくて良いですから、ほら。あの店、綺麗な服がたくさんあるんですよ」


 想次郎は構わず去ろうとするエルミナの手を引いて、店へ向かった。


「わたしは別にいいのに……」


 そう仮面の下で唇を尖らせるエルミナだが、想次郎の方は咄嗟の勢いとはいえ、彼女の手を握ってしまったことに、密かに胸を高鳴らせていた。


 想次郎とエルミナが服屋へ入ったところを陰から見届けていた二人組が顔を出す。


「勘の良い奴だ。一瞬バレたかとひやひやしたぜ」


「まったくです。気を付けて下さい」


 二人の男は、前に想次郎を襲ったならず者の二人組と比べるとずいぶんと小奇麗な恰好をしている。それどころかこの街においては珍しいくらいに整った服装だった。


「ところで、あれが目当てのカモですか?」


 敬語口調の男は高そうなシャツがはち切れんばかりに太っており、太い指には金色に輝く指輪。髪はポマードのようなものでテカリが出る程丹念に撫で付けられている。


「ああ、今回はあのガキだ。余所者だろうが最近よく魔物狩の換金所に来ている」


 対してもう一人は痩せ型の男。どこぞの名望家出身を思わせる細身のスーツのような服を着こなしているが、その口調は粗暴だった。口には火の点いていない葉巻を加えている。


「あのガキって、本当にガキですねぇ。大丈夫ですか? 弱すぎても怪しまれますよ。いつも通り金の無さそうな出場者に声を掛けた方が良いのでは?」


「見かけはあんなだが、たまにでかい魔物引きずって換金所に入って行くのを何人も見てる。それに余所者みてぇな素性のわからねぇ奴の方が何かと都合が良い。そいつに何かあっても周りの人間が変に騒がないからな」


「まあ、それもそうですねぇ。この街の人間相手だと何かと面倒があってもイケない」


「仮にしくじった時の処理もし易いしな。連れは怪しげな仮面の女が一人だ、何かあったらガキと女二人分の口を封じるだけで事足りる」


「まあいいでしょう。では手筈通りに」


「ああ」







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

地属性C1:ボルグ

対象一体へ地属性弱ダメージを与える。

自然魔術において植物や鉱物や砂といった無機物にまで神聖な力が宿っていると信じられていた。そこに疑う余地はない。何故ならこの世の全ては神の創造物なのだから。

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