第43話

 結局ミセリによる魔法のお披露目会は日が落ちるまで続いた。


 最後の方は魔力の大半を使い尽くしてしまっている所為か、的である薪まで届かなくなっていたが、想次郎が棒読み口調で褒める度、ミセリは誇らしげに鼻を鳴らしてみせた。


「エルミナさん! ただいま!」


「…………」


 ようやく解放され部屋に戻った想次郎がそう挨拶するが、エルミナからの反応はない。


「エルミナさん?」


 想次郎は不思議に思い、エルミナの顔色を伺う。普段から氷のように冷たい印象の彼女だが、今日は一段と冷え切った雰囲気を醸し出していた。


「今日は遅かったですね」


「ええ、色々ありまして……」


 確かに普段と比べると、ナツメという人の心を持ったアンデッドとの遭遇であったり、ミセリの魔法お披露目会に付き合ったりと、余計な時間を取られて遅くなってしまったのは事実だ。


「ずいぶんと楽しそうでしたが」


「もしかして見てたんですか!?」


 そう言いながら想次郎は部屋の窓から外を確認する。確かに想次郎たちの部屋の窓からは風呂の裏手が一望できる。


「ええ、帰りが遅いので、しんぱ……気になって、窓の外を見てみれば、楽しそうに遊んでいるものだったので呑気だなと思っただけです。別に構わないですけど。ただ、本を全て読み終わってしまったのであなたが帰ったら新しい本を買いに行く提案をしたかったのですが、気にしないでください。わたしは気にしていません。買い物は別の日に行けますし、それまでわたしが一人することもなく長時間暇を持て余せばいいだけのことですから」


 エルミナは何故かいつになく饒舌だ。


「えっと……エルミナさん。もしかして心配……してくれていた……とか?」


「なんです?」


 エルミナは燃えるような目を吊り上げ、想次郎を睨み付けた。


「ごめんさい! なんでもないです! すみません! これからは真っすぐ帰ります!」


 愛しの女性が甲斐甲斐しく自身の身を案じながら帰りを待っていてくれたのかと思い、一瞬胸がときめきかけた想次郎だが、そんな華やかな妄想は恐怖で一掃された。


「わかれば良いんです」


「はい」


 そう大人しく返事をしながらも、携帯電話といった通信手段もないこの世界の不便さを実感した。


「あ、そうです。エルミナさん」


 想次郎は今日の出来事として、エルミナと同じような人の心を持ったアンデッドの魔物と出会ったことの一部始終、そしてその魔物がエルミナに会いたがっていることを伝える。


 しかしエルミナは顔を背けると、


「嫌です」


 即答した。


「ですよねぇ……」


 今回に関しては想次郎の打ち明けるタイミングが輪をかけて最悪だったというのもあるが、それを差し引いてもエルミナは想次郎以外との接触を頑なに拒絶しているのも確かだ。


 確かに正体がバレてしまうのは問題だが、隠せる服や仮面もあるのだし、せめてこの宿の人間とくらいはコミュニケーションをとっても良いのではないかと、想次郎は思った。


「エルミナさん。ミセリが悲しんでましたよ。エルミナさんに避けられている気がするって」


「だから何です?」


「もう少し、その……話くらいはしてあげても良いんじゃないですか?」


「心底呑気ですね、あなたは。万が一正体が明るみに出れば、魔物のわたしはこの街にはいられなくなります。細心の注意を払うのが当然です」


「でも、だからと言って、ずっと閉じ籠っているのも気が滅入るでしょう。少しくらいおひとりで外に出てみても良いんですよ? ほら、気分転換にもなりますし」


「その考えが呑気だと言っているんです」


「そうなのかなぁ……」


「そうなんです」


 エルミナは断言する。その言葉には一縷の迷いもなかった。


「魔物とはそういうものです。あなたの感覚がおかしいんですよ。化け物であるわたしを恐れるどころか、あまつさえ好意を抱くなんて。まったく、極度の怖がりのクセして至極理解に苦しみます」


「だってエルミナさん、お綺麗ですし」


 想次郎は至って純粋な眼差しでそう応えた。


「……………………はぁ」


 少し間があって、エルミナは小さく嘆息する。


「あなたには何を言っても虚しいくらいに無駄ですね。今日のことは許しますから、その代わり、明日は新しい本、約束ですよ」


「はい!」







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

氷属性C1:ブリューナ

対象一体へ氷属性弱ダメージを与える。

冷気の魔術とはすなわち奪う力。命の芽吹く大地からあらゆる温度を、生けとし生けるモノの体温を、森羅万象から温もりを奪い去るその死の魔術は、むしろ闇魔術に近い起源を持つと考えられている。

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