第41話

 街に戻った想次郎は宿の入り口で掃き掃除しているミセリに出くわした。


「あ! メガネ君! おっかえりー!」


「た、ただいま……」


 相変わらずのテンションのミセリに気圧される想次郎。


「そうだ! メガネ君! ちょいとこっち」


 ミセリは宿に入ろうとする想次郎を呼び止め、建物の裏の方へ手招きする。それを見た想次郎はあからさまに顔をしかめた。


「嫌だよ。どうせまた君の服を着せようってんでしょ」


「違うよー。良いもの見せてあげるからー。ね!」


「怪しすぎるよ」


 前回のことがあるだけに想次郎は食い下がる。加えて今日は思わぬ強敵との死闘もあり、特に疲弊しているので早く自室に戻りたかった。エルミナの「おかえりなさい」は、想次郎にとってどんな回復薬よりも効果があるのだ。


「それに掃除の途中でしょ? クラナさんに怒られるんじゃない?」


「違うよ! 全然掃除の途中なんかじゃないよ!」


「思い切りほうき持ったまま言わないでよ」


「えぇー! いーじゃんちょっとくらいー」


 想次郎は仕方なく無視を決め込んで、そのまま立ち去ろうとする。


「良いもの、見たくないのかなぁ」


 しかしミセリはそう言って、元々短めだったスカートをすすっと僅かにたくし上げた。


 宿の扉を少し開けかけたところでフリーズする想次郎。


「…………。ちょっとだけだからね」


 結局想次郎はミセリに手を引かれ、宿の裏手へ連れられて行った。


 宿の裏手には薪が大量に積まれており、壁際の炉では火が炊かれている。丁度その反対側が風呂場になっており、こうして湯を沸かすようだ。


「へぇー。こうなってるんだ……」


 初めて間近に見る昔ながらの様式に想次郎は少し感動する。


 現実世界では想次郎の祖父の家が昔はこうした薪風呂だったらしいが、想次郎が物心付いた時には現代風なガス式に改築されてしまっていた。


「で? 見せたいものって?」


 想次郎が尋ねると、ミセリは薪割り用の切株の上に、積んであった薪の一つを立てる。


「メガネ君には特別にわたしの魔法を見せてあげる!」


「まあ、そんなことだろうと思った」


 先程はまんまと釣られてしまった想次郎だが、よくよく考えればこの少女が調子の良い様子で息をするように嘘を吐く娘だということは、想次郎自身短い付き合いの中でも判り切っていることだった。


「『特別に』って、絶対君が見せたいだけだろうけど……」


 想次郎は呆れ混じりの視線をミセリ送るが、当の彼女は早く魔法を披露したい一心で全く気付かない。鼻息をふんふんと鳴らしながら薪の位置を入念に調整している。


「じゃあ、いっくよー!」


「ああ……うん。どうぞ」


 ミセリはセットした薪から距離を取ると右手のひらを前に左手で右腕を支えるようにして構える。そして瞼を伏せ、ゆっくりと一度深く息を吐くと、カっと両眼を開いた。


「フラン!」


 瞬間、ミセリの右手のひらから火球が生じ、薪へ向かって飛び、そのままぶつかる。薪は火球が当たった勢いで地面に転がると炎を纏ってぱちぱちと燃えていた。


「…………。本当に出た」


 想次郎はその様子を眺めて呟く。


「とーぜんっでしょ! ねぇ? どう? すごい? すごくない?」


「…………」


 傍らではしゃぐミセリを余所に、想次郎は無言で燃えている薪に歩み寄ると、その場にしゃがみ込む。


 薪の炎は時間が経つと自然と鎮火した。しかし、以前想次郎が魔物に対して放った同じ魔法は、受けた魔物が短時間で消し炭になる程の火力であった。火球の弾速も想次郎のもの程ではなかったし、火球の大きさに至っては想次郎のものより二回りは小さかった。


「ねぇ! どう? すごくない?」


 堪え切れず、ミセリは想次郎の元へ駆け寄り、真剣な表情で思案する彼の顔を覗き込む。しかし想次郎は構わず無言で考える。


 この威力の差はやはり魔力の差なのだろうかと。しかしそうなれば威力の調節は利かない道理になる。だが、想次郎が魔物狩の中で何度か魔法の実践をしていた折に、何となくだが〝加減〟ができそうな予兆、感覚があったのも事実だった。当然魔法の威力は高いに越したことはないが、加減ができればより利用の幅が広がりそうだとも、想次郎は考えていた。







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【貨幣】

プラム銀貨

カイアス公国をはじめ世界を牛耳る3つの大国間で共通で使用される貨幣の一つ。多く流通する銅貨と違い、価値の高い銀が使用されていることもあり、銅貨に比べやや小ぶり。コイン表面に描かれるモチーフは知性と本能の象徴である〝弓を携えた人馬〟。全ての貨幣に共通して実在する偉人の肖像が使用されないのは、主要三国間での不平等を防ぐ為でもある。

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