第40話
「ところで君、名前は?」
「名前?」
想次郎はふとスプーキーキャットに尋ねる。獣人族については良く知らないが、元々言葉を話せる種族だったならば、当然名前だってある筈だろうと。
「あー……、名前はまだない」
「まだ?」
「だって、名前は他人が付けるものだろう?」
スプーキーキャットは良くわからない持論を話し出した。
「前の名のあたしはもう死んでるんだ。だから今はまだない」
「は、はぁ」
想次郎は納得できたような、できていないような、微妙な反応をする。
「こうして話ができたのも何かの縁だ。よかったら、お前が付けてくれ」
「え? 僕が?」
「うん!」
「『名前はまだない』か…………。それに…………」
ぴこぴこと動く猫耳を眺めながら、しばし想次郎は考える。
「じゃあ、ナツメで」
元ネタは想次郎の世界で誰もが知る偉人の名だが、「ソウセキ」の方だと響きが女の子っぽくないと思い、想次郎はそう提案した。
「じゃあそれで」
スプーキーキャットは人差し指を立てて即答した。
「えぇっと……。名付けた僕が言うのも何だけど、そんな軽い感じで決めちゃっていいの?」
「うーん……。良いんじゃない? あたしに名前の良し悪しはわからないし、それに――」
「それに?」
「名前の本当の価値は名付けた時に決まるものじゃなくて、その名が良いものになるか悪いものになるかはこれからの自分次第だろう?」
スプーキーキャット、改めナツメはまたもそんな持論を展開した。
「は、はぁ……」
想次郎は気の抜けた返事を返しながらもやはり不思議な気分だった。つい先程まで脅威でしかなかった相手とこうして普通に会話ができている。この世界で会った人々と何ら遜色のなく。
想次郎は考える。あまり考えまいとしながら、頭の端の方で燻っていたとある懸念。
これまで自身が手に掛けてきたアンデッドの中にも、こうして人の心を持つ者、あるいは取り戻せる者がいたのではなかろうか。
考えてはいけないと思いながらも、目の前の流暢に話す魔物を前にして、想次郎は複雑な心境だった。
「ところで、キミのお名前は?」
「え?」
「キミの、お・な・ま・え・は?」
上の空だった想次郎は急に意識を現実に戻される。
「想次郎……だけど」
「そーじろー…………。ははは! 変な名前! あはははっ! そーじろー!」
ナツメは想次郎の名を聞くなり、笑い転げた。
想次郎は以前ミセリからも同様の反応をされたことを思い返し、この先この世界で名乗る度にこのような反応をされるのかと思うと気が重くなった。
そもそも剣と魔法のファンタジー世界において日本人の名がイメージ的にそぐわないのは想次郎自身も自覚している。
「あはははは!」
「って! 笑い過ぎ! 名前の良し悪しわからないって言ってたじゃん! って言うか、君に付けた名前も日本人の名前だからね!」
「え? 何それ意味わかんない! あはははっ! おえっ! 笑い過ぎて吐きそう……」
「もういいよ」
心身共に疲弊した想次郎は早々に諦めた。苛立ちを紛らわすようにパンだけになったエルミナの弁当を一気に胃に収め、荷物を整理すると、立ち上がる。
「僕はそろそろ行くよ」
「そう……なんだ」
仰向けのまま想次郎を見上げ、ナツメは少し残念そうにした。
「まあ、僕はこの辺りで魔物狩りしてるだろうから、もしかしたらまた会うかもね」
「そっか」
想次郎の言葉にナツメは笑顔を取り戻す。
猫耳をぴこぴこと動かし、尻尾も上機嫌そうにうねっていた。
「ところでさ」
「なに?」
帰りがけに想次郎は尋ねる。
「アンデッドとはいえ、君みたいな猫の獣人の娘って、語尾が『にゃん』とかじゃないんだね」
「はぁ? 今日一意味わかんない。何言ってんの?」
ライトノベルやアニメの世界ではお決まりの事柄だっただけに想次郎は真面目に質問したつもりだったのだが、ナツメは眉根を寄せたかと思うと、まるで変人を憐れむかのような表情で想次郎を見つめた。
「いや、単なる妄言だからそんな目で見ないで」
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【アイテム】
C1:回復薬
体力を中回復する。
解毒薬や麻痺治しのような薬効的な治癒とは違い、魔法的な治癒効果に近く、軽い傷程度であれば時間を置かずに完治してしまう。本質は魔法技術で作られた霊薬(ネクタル)の一種であり、昔は水剤(ポーション)形式であったが、体積が大きく、保存容器も場所をとる為、現在はネクタルを固形状に押し固めた丸薬が主流である。
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