第39話
「くん……」
差し出されたサンドウィッチを前に、スプーキーキャットの鼻がヒクと動く。
「くんくん……」
スプーキーキャットは鼻をヒク付かせながら、想次郎の手元へ顔を近付ける。恐怖心が完全には拭い切れていない想次郎は、思わず片足を半歩下げる。
「くんくんくんくん……」
やがてスプーキーキャットは手の届く距離まで近づいたかと思うと、瞬時に想次郎の手からサンドウィッチを掠め取った。
そしてパンを開くと、中身の肉だけを摘まんでぺろりとたいらげる。瞬間、ぴこんと耳を立てた。
「うんま!」
手に残ったパンは当たり前のようにポイっと捨てたので、想次郎は慌ててそれをキャッチする。
「勿体ないなぁ……もう……」
「お前……」
スプーキーキャットは徐に口を開く。どうやら餌付けの甲斐あって、ようやく想次郎との会話に応じてくれるらしかった。
「お前……悪い奴では……なさそうだな」
「ははは。そうだよ。僕が悪い人間に見える? どっちかというと君の方が悪そうな見た目……あぁ! ごめんなさいっ!」
スプーキーキャットがいきなり腕を振り上げたので、想次郎は光の速さで謝罪する。
「まあ、大体あたしと出会った人間はそうやって怯えるか、いきなり攻撃して来るかのどっちかだったからな。もう慣れてる」
「は、はぁ……」
「でも、お前みたいに怯えながらあそこまであたしの攻撃を躱した奴は初めてだ」
「それはどうも……。でも僕なんて大したことないよ」
「いやいや、あたしのスピードについてこられるなんて、なかなかだよ」
想次郎は少し照れながらも、スプーキーキャットの姿を改めて確認する。全体的に色白な皮膚が多かったエルミナと違って彼女はやや浅黒い皮膚が多いようだが、その継ぎ接ぎされた肌の感じは、やはりエルミナと似ていた。ショートカットの髪はエルミナの銀髪よりもやや黒味掛かっているグレーだった。
しかし肌の露出度が高い。獣の毛のようなもので大事な部分は隠されているが、最早想次郎の世界でいうところの水着姿だった。まじまじと見てしまい、スプーキーキャットが訝し気な表情を向けたので、想次郎は慌てて視線を外す。
「き、君は魔物なんだよね?」
「あ? そうだけど?」
「そうやって人と会話できる魔物って珍しくないの?」
「あー、まあ、珍しいんじゃないか? 少なくともあたしはあたし以外に言葉を話す魔物と会ったことがないし。とは言っても、あたしは気付いたら魔物だったんだけどな」
「それってどういうこと?」
「あたしは元々獣人族だったんだ。その時の記憶が薄っすらと残ってる。死んだ時のことも。そんで気が付いたらこうなってた」
「『こうなってた』って、大事なとこが全部飛んでるな……」
そう嘆息しながらも、想次郎はエルミナの言葉を思い出す。彼女自身も昔の記憶が断片的で、記憶と感情を取り戻したのも急だったという。その原因もキッカケもわかってはいない。
「でも、やっぱりエルミナさんと何か関係があるのかも」
「えるみなさん?」
スプーキーキャットは初めて聞くワードに首を傾げる。
「僕の知り合いだよ。君と同じアンデッドなんだ」
「へぇー!」
スプーキーキャットはあからさまに興味を示す。
「そいつも話せるのか?」
「まあね。でもその人もある日突然そうなったんだ。だから君に聞けば何かわかると思ったんだけど」
「なあ! あたしもそいつに会わせてくれよ!」
「え? ああ、まあ、一応聞いてはみるけど……」
普通に拒否されそうだなと、歯切れを悪くしながらも想次郎は考える。
エルミナに対しては特別な感情が強過ぎてあまり意識をする余裕などなかったが、改めてこうして魔物と、人ならざる者と、普通にコミュニケーションを取れることが想次郎にとって少し不思議な感覚であった。
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【アイテム】
C1:パン
体力を微量回復する。他の食材との組み合わせよって回復量が上昇する。
小麦からできた生地を釜で焼き上げたシンプルな料理。世界中で食されるごく一般的な食べ物だが、三大国家の一つでありデニエル教会の治める宗教国家、ロンドウェールでは「パンを分け合う」という行為は特別な儀式的意味を持つ。
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