第38話

「きっしゃぁっ!!」


 スプーキーキャットは再び地面を蹴り、大振りの一撃を繰り出す。想次郎は屈んでそれを躱すと、体制が崩れた身体目掛け今度は鋭い蹴りが飛んできた。両の剣の腹を使ってガードする想次郎だが、その衝撃を殺しきれず、そのまま後ろへ飛ばされる。


「はぁっはぁっ! いっつ……」


 想次郎は地面を滑るようにして勢いよく木の幹にぶつかった。その拍子で想次郎の両手から双剣が零れ落ちる。


「しゃぁっ!」


 背中の鈍痛に表情を歪めながらも面を上げると、スプーキーキャットは既に想次郎のすぐ目の前まで迫っている。またも横薙ぎの爪、想次郎は横に転げるようにして躱す。一瞬前まで想次郎が背を付けていた筈の木の幹は爪の形に大きく抉れていた。


 爪の威力に慄いている暇などない。すぐさま二撃目三撃目が想次郎を襲う。顔に飛んできた一撃目は首を反らしてすんでのところで躱し、二撃目は予備として装備しているカランビットナイフでぎりぎり受けた。


 その後もスプーキーキャットは攻撃の手を緩めない。左右からでたらめに繰り出される乱撃を躱し、ナイフで受け、しかし反撃できないまま想次郎の身体は、徐々により草の生い茂る方へ追いやられて行く。


 汗が滴り、躱した時にかすめたのだろうか、そこに血が滲んで想次郎の片目の視界を奪った。なおも続くスプーキーキャットの猛攻。対する想次郎は草に足を取られ、次第に動きが乱れていく。


 攻撃への対処に必死だった想次郎は気付かない。彼の後退る先には大きな岩。


 その岩に背がぶつかり、想次郎が一瞬気を取られた時であった。スプーキーキャットはここだと言わんばかりに一段と大きく右手を振り被り、身体の捻りを加えた鋭い一撃を繰り出す。


「砕牙!」


「うわぁっ!!」


 後ろ方向への退路を断たれた想次郎は思い切り上へ飛び、その攻撃を躱す。やはり加減する余裕がないだけに、想次郎の身体は大岩よりも遥かに高く飛び上がってしまっていた。


 空中から確認できる大岩は、スプーキーキャットの攻撃を受けて粉々に砕け散っている。しかし想次郎が驚いたのはそこだけではない。


「け、剣技!? ってか、今言葉しゃべって――!?」


 地面に着地した想次郎は片膝を付いたままの姿勢でスプーキーキャットに目を向ける。


 スプーキーキャットは「ふしゅー」と唸りながら次の攻撃の機会を伺うように、ゆったりとした足取りで向かって来る。


 想次郎は進退窮まる焦りの中、必死で頭を働かせ考えていた。


(剣技のことはひとまず置いておいて、確かに言葉を話した)


 スプーキーキャットが攻撃可能範囲まで迫る。


(言葉が話せる。もし仮にこっちの言葉も通じるなら……)


「ふしゅー……」


 目前に迫るスプーキーキャットに対し、想次郎は突如両腕を上げ降参の意を示した。


「ちょ、ちょっと待って! 僕は戦うつもりなんてないんだ!」


「ふしゅ?」


 想次郎の言葉を受けて、スプーキーキャットの表情に僅かな変化があった。明らかに想次郎の言葉に反応しているのが見て取れる。


「ほ、ほら! この通り! だから、ね!」


 想次郎は手に握ったままだったカランビットナイフを地面に落とし、再度両腕を上げた。


「んー……」


 スプーキーキャットは首を傾げて悩んでいる仕草をした。しかしやはりまだ警戒しているのか、ゆっくりと想次郎に近づきつつも、攻撃の構えはそのままだった。


「大丈夫……怪しくないよ」


「んー……。んー?」


(よし! 通じてる!)


 想次郎はあと一歩だと思い、ポーチの中からエルミナから持たされた弁当の包みを取り出した。一瞬、想次郎の動きにスプーキーキャットの警戒が強まり、ピタリと足を止める。


「ね、ねえ! お腹空いてない! これ、よかったら!」


 そう言って想次郎は包みを開き、中のサンドウィッチをスプーキーキャットに差し出した。


(エルミナさん、ごめんなさい!)


 そう心中で謝罪をしつつ。







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【剣技】

C1:砕牙

対象一体へ防御力無視の斬撃属性弱ダメージを与える。

研ぎ澄まされた刃の一撃は岩をも砕く牙となる。その昔、剣の達人が死に際の獣が放つ決死の牙から着想を得て編み出し、技とした。人間の用いる武術や剣術は野生動物の動きをヒントとすることも多い。何故なら彼らは本能で人よりもずっと、戦う術を知っているからだ。

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