第35話
想次郎はしばし固まり、それから自身の服装を再確認する。だが、どれだけ確認しようとも、当然メイド服姿のままだ。
「どうすれば……」
嫌な汗が一筋、想次郎の頬を伝った。
戸をノックしてミセリに窮地を訴えようと考えたものの、物音でクラナにバレることを恐れ、断念した。女装姿のまま娘の部屋に入ろうとしている場面をその母親を見られて、華麗に詭弁を弄せるほど想次郎の人生経験は長くない。
それにこの場所は想次郎にとって分が悪い。一本道の廊下である以上、クラナがミセリを探してここに来てしまえば身を隠す場所すらない。
想次郎は一先ず自身の服の奪還を保留し、そのままの姿でこっそりと廊下を進む。
装備アイテム〝暗殺者の装束〟はミセリの部屋に残してきてしまった為、パッシブスキルの〝隠密〟は発動しない。だが――、
「剣技〝抜き足〟」
それは本来、音もなく敵に急接近する為の剣技。およそ三歩分程の移動距離しかないそのスキルを連続使用することにより、想次郎は廊下をほとんど無音で進んで行く。
そして暖簾をくぐり、そのまま頭を下げてカウンターの陰に隠れた。
「ふぅ……ここまでくれば……あとは……」
カウンターの端から周りを伺い、自身の部屋へと続く階段を確認する。
「よし! 誰もいない!」
「ん?」
今だと、思い切ってカウンターから飛び出たところで、階段脇の通路から来る人影と鉢合わせになった。
「ぐ……く、クラナさん……」
「あら! その声は想次郎君!?」
見た目だけでは想次郎と気付けないクラナと、バレなくて済むところを声を出したが為に台無しにしてしまう想次郎。一瞬固まる二人。想次郎は息を飲んでクラナの出方を伺う。
「どうしたのぉ? その恰好……」
「えっと、これは……」
「可愛いじゃない!」
「え?」
その満面の笑みは先程ミセリが見せたものとそっくりであった。
「あ、そうそう。わたし服作りが趣味なんだけど、ちょっと着てみてくれない? せっかく可愛く作っても最近はミセリちゃんが着てくれなくて……。昔は喜んで着てくれたのになぁー……想次郎君、女の子の服が似合うから丁度良いわ!」
「あなた方は……、あなた方は……」
それを聞いて俯き、下げた拳をわなわなと震わせる想次郎。
「あなた方は、紛れもない親子です!」
そう言って、想次郎はクラナの元から走り去った。目元には涙が浮かんでいた。
部屋の前まで辿り着き、ドアノブへ手を伸ばし掛けたところでまたも固まる想次郎。しかし、いつまでもこうしているわけにもいかず、思い切って戸を開く。
「た、ただいまぁ……」
「おか……」
想次郎を見たエルミナは途中まで言い掛けてから、そのまま読んでいた本に視線を戻した。
「…………」
すこし間があって、エルミナは想次郎の姿を再度真顔で一瞥するが、やはりすぐに手元の活字へ視線を落としてしまう。
「なんか言ってください!」
「…………。使用人を所望した覚えはありませんが」
「僕です! わかってて言ってますね!」
想次郎はすぐにメイド服を脱ぐと、部屋着に着替える。
「あのミセリって娘に無理矢理着させられたんです」
「まあ、そんなところだろうと思いました」
エルミナは澄まし顔でそう言った。思いの他からかわれなかったことを安堵している想次郎だったが、突然エルミナは鋭い視線を向ける。
「で、あの娘と何か良からぬ取引をしましたか?」
「い、いえ……何も……」
想次郎は以前エルミナから就寝中の毒殺を匂わされたことを思い返し、引きつった表情でそう取り繕った。
「そうですか。それは何よりです」
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【アイテム】
C1:解毒薬
状態異常〝毒〟を回復する。
魔物の生成する特殊な毒成分を中和し、無毒化する丸薬。その独特な強い苦みは、81の材料のうちの一つであるという羽虫のはらわたから取れる成分が要因である。そのあまりの苦みに気を失う者もいるが、死が目前に迫っているとなれば躊躇ってはいけない。
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