第34話

「メガネ君さぁ………………これ!」


 そしてミセリは想次郎に向けて何かを突き出した。


 距離が近過ぎて想次郎はそれが何かはすぐにはわからなかったが、受け取ってみると、それは女性向けの服のようだった。しかも白黒色のそれは想次郎もよく見知った形状、所謂「メイド服」だ。


「へ?」


「『へ?』じゃなくって、これ、着てみてよ!」


「えぇー!?」


「こら! しっ! 風呂掃除サボってるんだから、ママにバレるでしょ!」


 ミセリは背後を気にしながら指を口元に立てる。


 以前ミセリが「服を着て貰いたい」と言っていたことを思い出した想次郎は、呆れて力が抜けてしまう。


「いや……でも……」


「何よ! 前はノリノリだったじゃない!」


「まあ…………、あの時の条件、飲んでもらえるなら……考えなくも……でもこんな……」


 エルミナ用に素敵なエロい服を作って貰えるならと、心が揺らぐが、いざとなると二の足を踏んでしまう想次郎。未練たらしく手にした服を裏返したり戻したりしながら細部を確認する。その間も心の天秤はゆらゆらと揺らめいていた。


「んもう! じれったいわね! ほら、早く着てみて!」


「ちょ、ちょっと!」


 ミセリは想次郎の服を引っ張り、無理矢理脱がしに掛かる。


「わかった! わかったから! 自分でやるよ!」


 ただでさえ少女と部屋で二人きりだというのに加え、服を脱がされている様をよりにもよって少女の母親であるクラナに目撃されては堪らないと、想次郎は観念した。


「うしろ、向いててよ」


「はいはーい!」


 その言葉に満足したミセリは想次郎に背を向けた。


「着れたら教えてね! メガネ君!」


「想次郎って名前なんだけど……ってか、前に自分から名前聞いたんじゃ……はぁ…………ま、いっか」


 想次郎は着ている服を脱ぎ、渡されたメイド服に着替える。以前借りた部屋着と違って、今度はまるで誂えられたかのように想次郎の身体にぴったりなサイズであった。


「え? これって……」


「きゃー! 可愛いっ!!」


 なかなか声が掛からず業を煮やしたミセリは、振り向くなり歓喜の声を上げた。


「ちょ、ちょっと! 見つかっちゃマズいんじゃないの!?」


 慌てて絶叫するミセリを制する想次郎。


 今となっては見つかって「マズい」のは想次郎も同じである。それどころか、想次郎の方が圧倒的に分が悪いとさえ言える。


「ごめんごめん。でも良かった。ぴったり!」


 ミセリは腰を落としてローアングル気味に想次郎の周りを回りながら確認していく。


「どういうこと?」


 想次郎はミセリの熱い視線に、苦い顔をしながらスカートの裾を押さえた。


「これはね。メガネ君用に作ったんだよ! 完成したばっかだったから早く着てもらいたくて!」


「よくここまでぴったりに作れたね」


「うん! このあいだ洗濯用に預かってた服を使ってこっそりキミ用の型紙作ってたから」


 それを聞いて「抜かりないな」と、想次郎は感心と呆れが入り混じった溜息を吐いた。


「もう良いでしょ」


 想次郎はそう言って腰のリボンを解き、元の服に着替える準備を始める。


「えぇー! 待ってよ。他にもあるんだから――」


「ミセリちゃーん」


 ミセリがクローゼットを漁っていると、部屋の外からクラナの声が聞こえた。


「ミセリちゃーん。どこにいるのー? お風呂掃除、終わったのー?」


 手に抱えていた数着の服をどさりと床に落とすミセリ。


「マズい……」


 その表情からは明確な焦りと恐怖心が見て取れた。あの穏和そうな女性がそんなに怒ると怖いのかと、想次郎が想い耽っていると、急にミセリが想次郎の腕を掴み、強引に引っ張る。


「ちょ、ちょっと! どうしたの!」


「マズいマズいマズい――」


 聞く耳皆無の様子でほとんど引きずるように想次郎を扉まで連れて来ると、


「今日はありがとね! 続きはまた今度のおっ楽しみー! じゃねっ!」


 そう言ってミセリは想次郎を部屋の外へ放り出し、扉を閉めた。


「え!? ちょ、ちょっと! 僕の服!」


 想次郎の叫び虚しく、部屋の中から鍵が閉められる音がした。






------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【スキル】

C1:毒耐性

毒の状態付与を受ける確率が50%減少する。

強大な力を持つ悪魔の一人である赤蛇の加護を受けた者は、あらゆる種類の毒に対し耐性を得る。赤蛇はその昔、とある天使が堕天した姿だといわれているが、本来毒と死を司る悪魔である赤蛇がそういった守護を与えるのは、彼或いは彼女が、元は天使だったことの名残なのかもしれない。

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