第36話

 翌日。想次郎はまずミセリから服を返してもらい、その後はいつも通り魔物狩りへ出掛けた。


「今日はもう少し魔法を試してみるか……」


 街の外へ出て魔物を探しながらそう一人呟く。


 魔法は魔導書を購入して会得する他、覚えた魔法を何度も使用することにより、より上位の魔法を会得できるのがゲーム時のシステムだった。その他、ある魔法の組み合わせで派生として覚える魔法や、テータス値によって会得要件を満たす魔法もある。


 依然としてどこまでがゲーム内容に準拠しているかが不明なこの世界であるが、試す価値はあると想次郎は思った。


「お金の掛からないことはどんどん試すべきだ」


 つまるところそれが一番の理由だ。


 道を進んでいると上空から鳥型の魔物、ピアスクロウが想次郎の背目掛け、その鋭い嘴で突撃して来た。


「っと!」


 想次郎は気配を感じてその一撃を躱す。


 流石に慣れたものであった。今となってはほとんど恐怖心が顔を出さずにこの界隈の魔物と対峙できている。


「エクレイル!」


 想次郎は、上空で一定の距離を保ち二撃目を繰り出そうと狙いを定めているピアスクロウ目掛けて魔法を放つ。掲げた指先から放たれた雷撃は一瞬でピアスクロウの身体を射抜き、動かなくなった身体は硬直した態勢のまま地面に落下した。


 火属性の魔法と違い、雷属性ならば無駄に焼かずに済むことも、試行錯誤の結果知ったことだった。


 しかし、こうして一撃で倒してしまうのも考えものではあった。


 ゲーム内では上位魔法への派生の為にはかなりの数、魔法を使用しなければならない。こうして一撃で葬ってしまえば、必然的に実践できる数は限られてくる。


「そのへんの木とかに打っても有効かなぁ……」


 想次郎は傍らに生える木の幹を撫でる。未知のことだけにいくら悩もうとも思案に余る問題であった。


 ここ最近想次郎が狩った魔物は、ワイルドボア、ワイルドボア、ピアスクロウ、ワイルドボア、ワイルドボア、ピアスクロウ、ピアスクロウ、 ワイルドボア、ワイルドボア……。


 ほとんどこの二種だけであった。ある程度魔法に耐えられるくらいの強い魔物と出会えば……。そこまで考えたところで想次郎は頭を振って慌てて浮かんだ考えを掻き消す。


「いやムリムリ! そんなの遭遇したら怖くてゲロ吐いちゃう」


 それに、この二種は慣れたから良いものの、初見の魔物であるだけで想次郎にとってはこの上ない恐怖だった。事実ワイルドボアに慣れ始めた頃に遭遇したピアスクロウに対し、酷く慌てふためいたのは想次郎の記憶に新しい。


「しばらくはこいつらで良いかなぁ」


 そう言って、獲物を確認すると、手早く紐を結び、肩に担ぐ。


「あ! そうそう!」


 ピアスクロウならばもう一、二羽は狩らねばと、次の得物を探し始める想次郎だが、何か思い出したかのように、その足を止める。


 そこは例の廃墓所付近であった。


 丁度良い木陰を見つけると、木に背を預け、ポーチを下ろし、中を弄る。周囲には人や魔物の気配はない。


 しかしこの付近は相変わらず空気が淀んでおり、日中にも関わらず心なしか暗い。 だが、想次郎には以前程怖いという感覚はなかった。慣れというのもあるが、あの墓所にはエルミナやその家族の墓もあるということが想次郎の中で大きく印象を変えていた。


 想次郎は一人鼻歌混じりであるものをポーチから取り出す。それは何かが包まれた布であった。


 想次郎がご機嫌なのは無理もない。なにしろ今日はエルミナが想次郎の為に弁当を作ってくれていた。日中お腹が空くでしょうからとエルミナが持たせたのは、パンに干し肉を挟んだだけのごくシンプルなサンドウィッチだったが、想次郎にとってはこの上ない喜びであった。


「ふふっ。お弁当って、何だか新婚夫婦みたいで良いなぁ」


 自然と口元がにやけてしまう想次郎。


 その様子をエルミナが見ていたとしたら、「気味が悪い」等の辛辣な感想と共に軽蔑な眼差しを向けられそうなものだが、こうしてひっそりと人目を忍んで妄想するまでなら罪ではない。


「いただきます」


 一度手を合わせてから、想次郎が包みを解こうとしたその時である。


「んばぁっ!!」


「わあぁぁぁぁぁっ!!!!」


 想次郎が寄り掛かっていた木の枝から何かがぶら下がる形で、想次郎の眼前に現れた。


 突然のことに心臓の鼓動の速さが一気に最高潮になる想次郎。


 現れた何かは、ぶら下がったまま想次郎の顔の近くでぶらんぶらんと揺れている。想次郎は素早く包みをポーチに戻しながら真横へ退避した。


 距離を取ると、ぶら下がっていた物体は振り子のように勢いを付けて空中に飛び上がるとくるくると回転しながらふわりと地面に着地する。


 そこで初めて想次郎はその正体を確認する。


 それは獣人族に似た女性型の魔物であった。外見は人間の女性に近いが、その頭からは猫を思わせる耳、両手はグローブでも付けているかのようにもこもことした毛に覆われ、五指の先には一本一本が小ぶりなナイフ程はありそうな大きさの鋭い爪が生えている。そしてその魔物の背後では長い尻尾がくねくねと蠢いていた。


 どうやらその尻尾で枝にぶら下がっていたらしい。


 そして何よりも目を引くのは、露出の多い肌と顔をはじめ全身に走る無数の傷。それは歪に縫い合わされており、色々な皮膚を継ぎ接ぎにしたような見た目だった。


 そう、まるで想次郎が良く知るあのアンデッドの女性のように。






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【アイテム】

C1:干し肉

体力を微量回復する。

獣若しくは獣族の魔物の肉を丹念に塩漬けにし干したもの。特有の獣臭さは消え食べ易くなっている。カイアス公国の庶民の間ではメジャーな食料だが、魔物を悪しきものと考えるノルエスト王国では魔物を材料にしたものは邪悪な魔素を取り入れる恐れがあるとして酷く毛嫌いされている。

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