第33話
それからというもの、想次郎は毎日のように魔物狩りへ出掛けた。
街近辺の荒れ地に出現するのは専ら猪型の魔物であるワイルドボアと、鋭い爪と嘴を持つ鳥型のピアスクロウ。相変わらず魔物と対峙する際の恐怖心を克服しきれていない想次郎ではあったが、これに関しても数をこなすうちに次第に慣れ始めてはいた。
勿論ある程度の数をこなしたことが理由ではあるが、一番の大きな安心材料は、やはり圧倒的なレベル差であった。
ゲームの感覚と異なるとはいえ、想次郎のステータスであれば、余程のことがない限り、致命傷となる攻撃は受けない。
そのことを実感しつつ、もし仮にレベル上げをしないままこの世界に放り出されてしまっていたらと想像すると、慄然として未だに身体が震えてしまう想次郎であった。
先程狩った二羽のピアスクロウの足に紐を括り付け、それを担ぐようにすると、エルミナの待つ街へと帰還し、すっかり慣れた様子で今日分の戦果を金に換えた。
想次郎がこれまで近辺の魔物と戦ってみてわかったのは、どんなに狂暴そうな見た目をしていようとも、〝魔物〟と呼称されようとも、彼らはあくまでも〝野生の獣〟だということ。
人間のような狡猾な手は使ってこず、獲物を見るなり一直線に向かって来るのだ。
そうなれば、想次郎の目で見切るのは容易かった。あとは想次郎の中に未だ執拗に絡みついている〝恐怖心〟をどう抑え込むか。それが一番の課題だ。それさえ顔を出さなければ、それこそ赤子の手を捻るが如く、魔物に対処できる自信が今の想次郎にはできつつあった。
「ただいまです」
宿の入口を潜ると、いつもカウンターで出迎えてくれるクラナの姿はなかった。想次郎にとって、帰還時に見せるクラナの柔らかな笑みもささやかな楽しみの一つではあったので、少し残念な気持ちになる。
しかし、一番の楽しみであるエルミナの出迎えを受けるべく、嬉々として階段を上ろうとしたその時、浴室のある廊下の角からモップを持ったミセリが顔を出した。
「あ! メガネ君!」
ミセリは想次郎の顔を見るなり、嬉しそうな表情を浮かべる。
対する想次郎はいち早くエルミナの待つ部屋に戻りたいだけに、複雑そうに表情を歪ませた。
「……なに?」
「ちょっとこっち!」
ミセリはモップを持ったままカウンター裏の暖簾の奥へと進み、小声で想次郎を手招きする。
「でも……」
もうすっかり慣れてしまったとはいえ、想次郎はあくまでも客の立場だ。店主の断りなしに店のバックグラウンドに入ってしまうのは気が引けた。その辺りの線引きはしっかりしておきたい性格である想次郎なだけに、どうしたものかと、カウンターを隔てて立ち尽くす。
「いいからっ。はやくっ」
「いいからって……」
ミセリはなおも想次郎を呼ぶ。相変わらず声を潜めているところを鑑みるに、やはりまずいことなのではと、余計に気乗りしない想次郎であったが、しつこく呼ぶミセリに根負けし、一緒に暖簾の奥へ入った。
「わかったよ」
暖簾を潜ると、奥には廊下が続いており、左右に部屋の扉が二つずつ見える。恐らくここがクラナ、ミセリ親子の居住スペースなのだろうと想次郎は想像した。クラナに無断である以上はあまりあちこち勝手に見てしまっても悪いと思い、真っすぐミセリの背中に付いて行く想次郎。
ミセリは廊下右奥の戸を開けると、中に入り、またも「こっち」と想次郎へ向かって手招きする。
「はぁ……」
部屋に入るとそこはミセリの自室のようであった。ベッド、机、クローゼットがあり、あまり派手な内装ではないが、カーテンは一応少女らしい淡いピンク色だった。ふと、想次郎が以前借りたあの服の香りが鼻孔をくすぐる。
そしてこの部屋で何よりも目を引くのは棚に飾られた人形たち。煌びやかな服で彩られた布製の人形たちが二十体はあるだろうか、二段横一列に飾られている。
愛らしい人形もここまで並べば壮観である。裁縫が得意と言っていたミセリの手作りだろうかと、想次郎が棚に近づいて眺めていると、「カチャリ」と背後で鍵が閉められる音がした。
「なぜ鍵を!?」
「メガネ君さぁ……」
戸惑う想次郎の方へミセリがゆっくりと近づく。
ゆらりゆらりとしたその足取りの様は想次郎に警戒心と言い知れぬ恐怖心を起こさせた。
「な、なに……かな?」
想次郎はミセリと対面したままの姿勢で後退り、しかしすぐに背後の壁に行き当たる。進退窮まった想次郎は窓か何かが開かないかと、ミセリから視線を外さないまま後ろ手でカーテンをまさぐった。
だが、退路を見つけられないまま、ミセリの顔が想次郎の眼前に迫る。
ほのかに紅潮する少女の顔。彼女は口元に怪しい笑みを作った。
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【モンスター】
獣族C1:ピアスクロウ
その鋭い嘴はねじれるような螺旋の形状を模しており、上空から獲物を補足すると翼をたたみ空気抵抗を限界まで抑えた姿勢で、落下するように襲い掛かる。その際、嘴の螺旋形に沿って身体を回転させている。雄と雌で螺旋の向きが反対になっていることは意外と知られていない。
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