第32話

「メガネの御曹司くんと仮面のお姉さーん! おっかえりー!」


 宿の玄関先では、ちょうどミセリがランタンを灯しているところであった。大して距離があるわけでもないのに関わらず、想次郎たちに気付いたミセリは大仰に手を振って出迎えた。


「だから別に御曹司じゃないってば」


「ああ、そういえば、キミの名前聞いてなかったかも」


「想次郎・皆月……。想次郎でいいよ」


「そーじろー? あはははは、変な名前ー」


 見掛けの性格通り、彼女は言葉を選ばない主義らしかった。


「キミは、ミセリさん……だったよね。このあいだは服、ありがとう」


「ミセリで良いわよ。あ、もしかして服買ってきたの?」


 ミセリは想次郎が抱える荷物を見ながら言う。


「うん……まあ」


 するとミセリは突然想次郎の耳元に顔を近付ける。想次郎は口から出かけた悲鳴を何とか飲み込んだ。極端にパーソナルスペースの狭い娘だと想次郎は思った。


「どう? エロいのあった?」


 そう耳打ちしながら、エルミナの方へチラチラとしきりに目を遣る。


「だからそういうサービスじゃないって!」


「ほんとにぃー?」


「ほんとだよ!」


 母親でもある店主のクラナは余計な詮索をしてこなかったのに比べ、この娘は客商売の心得がなっていないなと、想次郎はこっそり批判的な視線をミセリに向ける。


「っと、ちょい失礼」


 ミセリは手に付いたランタンのオイルをエプロンの端で拭い、想次郎の眼鏡をひょいと取り上げた。


「え? な、なにを……」


「うーん…………」


 戸惑う当人を余所に、ミセリは眼鏡を持つ両手をバンザイにした姿勢のまま、想次郎の顔を吟味するように見つめる。


 視界がぼやけながらも、少女の顔が間近に迫っている気配を感じ、想次郎は思わず呼吸を止める。鼻先にミセリの息が微かに掛かった。


「いい……」


「は?」


 突然の言葉に、想次郎は放心する。マネキンのように固まる想次郎に眼鏡を戻すと、ミセリは腰に手を当て、仁王立ちで言った。


「キミ、良い!」


「えっと……なにが?」


「キミさ、女の子の可愛い服とか興味ない?」


「ないよ!」


 突飛な質問に、想次郎は食い気味に否定する。


「えー! 絶対似合うのになぁー! ちょっとでいいから付き合ってよぉー」


「僕に何をさせるつもりなの!?」


「わたし、お母さんから教わっててお裁縫も結構得意なんだけど、せっかく作った服を着せる相手がいないのよねぇー」


 ミセリの性格からすると全く似つかわしくない趣味であったが、元はクラナの特技と聞いて想次郎はすんなりと合点がいく。先日エルミナの腕を縫い直した時に裁縫針を所望したところ、大して探す素振りも見せず、すぐに出てきたことから鑑みても嘘ではないとわかる。


「だからって僕? 嫌だよ。自分で着れば良いじゃないか」


「えー、明日の朝ご飯配りの当番わたしなんだけど、もしかしたらキミらのおかず、妖精さんがつまみ食いしちゃうかもなぁー。可愛い可愛い妖精さんがー」


 ミセリは両の人差し指を頬に当て、可愛らしく首を傾げた。


「ひ、卑劣な! 朝食を盾にするなんて!」


 想次郎は余りの仕打ちに悲憤の声を上げた。節約生活の今、この宿の朝食は貴重な栄養源だ。


 背後ではエルミナが仮面の下からひっそりと殺気を覗かせている。


「で、でも! 何と言われようと嫌だ!」


 想次郎は頑なだった。それはそもそも自身の男らしくない成りがコンプレックスであったばかりか、この世界に来てからというもの、事ある毎にそのことをいじられっぱなしである為でもあった。それは想次郎の精神にじわじわと、しかし着実にダメージを与えていた。加えて意中のエルミナにまでいじられたとなれば、これ以上は男としての沽券に関わる。一歩も引けなかった。


「強情ねぇー」


「嫌なものは嫌なんだ!」


 しかも今はエルミナの前。彼女の前では特に男らしくありたい想次郎は、余計に折れるわけにはいかなかった。


「ついでに仮面のお姉さん用にもエッロい服作ってあげようと思ったのになぁ」


「ちょっと、二人きりでじっくり商談しようじゃないか」


 秒で折れた想次郎は真顔でミセリの手を取り、眼鏡を月明かりで怪しく光らせた。


 エルミナに構わず、ミセリの手を引いて宿へ入ろうとしたが、想次郎の背後から無機質な白仮面がぬっと近付く。傍から見ればホラー映像のワンシーンに迫るなかなかな画であった。


「寝ている間に毒で死んでみたいですか?」


 エルミナはミセリには聞こえない声量で、想次郎に耳打ちする。


「もちろん嫌ですね……」


 想次郎は身の危険を感じ、ミセリとの商談を泣く泣くキャンセルした。







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【特殊スキル】

C1:毒の牙

対象一体へ物理属性弱ダメージを与える。また確率で毒状態を付与。付与確率はレベル差と対象の毒耐性により変動する。

アンデッド属のモンスターは体内で作り出す毒液を噛みついた相手の血中に流し込む。毒は唾液腺とはまた別の特異な器官(毒腺)で生成され、牙内の抽入孔と繋がる。また、毒腺はアンデッド化する前の舌下腺が変化したものというのが有力説だが、まだ完全には解明できていない。毒性は身体の麻痺を引き起こし、死に至らしめる海洋生物毒の作用に近い。

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