第31話
街に着いた二人はその足でもう一つの予定だった部屋着の調達へ向かうことにする。
服屋のような場所ではなく、道中見かけた露店で古着のようなものを出していたので、想次郎たちはその中から適当に何着かずつ購入した。
古着は想次郎が最初に訪れた服屋と違い、どれも驚く程安かった。
当然、各々自分で自分の服を選んだ。
途中、想次郎が雑多に積まれた布の山の中から薄手の生地でできた煽情的なデザインのネグリジェを見つけ出し、掘り出し物発見と言わんばかりにエルミナへ購入することを進めたが、例によって軽蔑の眼差しが返ってきただけであった。
結局、魔物狩りの戦利品は得られなかったので、本日の収支もマイナスであった。
目的の買い物も終え、荷物を抱えた想次郎はエルミナと二人、宿へと向かう。
すっかり日は落ち、街中は暗くなっていたが、想次郎は前程この物騒な街が怖いとは感じなくなっていた。
それは単に慣れによるところというのも大きいが、それ以上に今日あった出来事が、余計な感情が入る余地がないくらいに想次郎の心を満たしていた。
傍らに並んで歩く女性。白仮面に漆黒のドレス姿のバンシー。
四六時中冷ややかだった彼女との距離が、前よりは格段に縮まった気がしていた。
それにようやく彼女の名前を知ることができた。それは想次郎にとってこの上ない喜びだった。
「気味が悪いですね……」
無意識に笑みを浮かべてしまっていた想次郎の横顔を仮面の隙間から一瞥して、エルミナが呟く。
「…………」
幾分か距離が縮んだとはいえ、想次郎のアンデッドな彼女攻略への道のりは、まだまだ長そうであった。
しかし想次郎は先程心に刻んだ決意を頭で反芻する。「彼女を守ってみせる」。それがこのファンタジーな世界で唯一の、自分が存在する意義だと。
想次郎はこの世界に来る前から常々考えていた。
例え異世界へ行っても頑張らない。
よくライトノベル小説やアニメであるお決まりの異世界渡航。あんなものはおとぎ話だ。実際に何の変哲もない人間がいきなり何の前触れもなく魔物蔓延る異郷の地に放り出されれば、恐怖でまともに動くとすらできないだろう。例え自身のような弱虫でなくとも。そう考えていた。
世界を救ったりしないし、微塵も活躍なんてしない。
間違っても魔王の脅威へ立ち向かったりなんかしない。
頑張ったところで、到底できやしない。
そう考えていた。
それでも、今は少し頑張ってみようと思っていた。彼女の為に頑張らなければならないなら、できるだけ頑張ってみようと。
世界を救ったり、活躍したり、魔王の脅威へ立ち向かったりはできないが、彼女の為にできることを、できるだけしようと。
(だって僕は、彼女さえいてくれればそれで良いのだから)
「よし、頑張るぞ……」
明日からまた一人で魔物狩りに出なければならない。想次郎は荷物を抱えたまま拳を握り、傍らのエルミナに聞かれないようにひっそりと気合を入れた。
この世界の夜空は星や月が明るい。
しかし、想次郎は気付かない。
この世界に来てから、目まぐるしい展開の中で余裕のなかった想次郎はまだじっくりと堪能できてはいないが、この世界は恐ろしいことばかりではないことを。
この世界の自然の美しさは想次郎のいた現実世界からするとまさしく〝
「エルミナさん! さっき露店の近くで美味しそうな匂いの屋台を見つけたんです。今度行ってみましょう!」
「ええ。気が向きましたらね」
想次郎は気付かない。
一瞬、月明かりを遮るようにして、黒く大きな影が想次郎たちの頭上を横切って行ったことを。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【剣技】
C3:隠刃・朧月夜
対象一体へ回避不能の斬撃属性大ダメージを与える。
まるで仄かに霞む春の夜月のように。揺らめくような特有の剣捌きは刀身の反射と残像により、視覚を通して相手の感覚に揺らぎを生じさせる。その一瞬にも満たない隙は、しかし十分な命取りとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます