第27話

 翌日、出掛ける為の準備をする二人。


 準備とはいっても、悲しい程に所持品の少ない二人には、やることがそうない。想次郎は戦闘用の〝暗殺者の装束〟に着替え、ポーチと各種武器を装備。


 ミセリに洗濯して貰った装束は朝にはすっかり乾いていたが、よくよく見ると昨日の戦闘の所為であちこちが擦り切れてしまっている。ワイルドボアの牙で破かれた箇所に関しては丁寧に縫い合わされていた。


 余談ではあるが、今朝はクラナに代わりミセリが朝食とついでに干していた服を部屋まで届けたのだが、想次郎のサイズの合ってない服の姿を見るなり、スカートが捲れるのも厭わず派手に笑い転げた。さすがの想次郎も少しムッとなり、何か言ってやりたい気持ちだったが、一応は厚意としてのサービスだった手前、ぐっと堪えた。


 バンシーIはロンググローブに腕を通し、白い仮面〝沈黙の仮面〟を付ける。


「さぁ、行きましょうか」


 二人は宿を後にした。





 バンシーIが「行きたい」と言っていた場所は結局明かされていないままだが、想次郎も自分から訊こうとはしなかった。


 気になるのは確かではあったが、彼女から話さない以上は無理に訊くことでもないのに加え、いずれにせよ目的地に着けばわかることだと思ったからだ。


 バンシーIの後を追うように道を行く想次郎。


 その道は宿のある街、エアストへ向かった時に通った道を逆戻りしているようであった。


(このまま行くと……)


 当然、想次郎と彼女が出会った場所。あの薄気味の悪い廃墓所が見えてくる。


 墓の敷地内に足を踏み入れた途端、日中にも関わらず急に薄暗くなった気がして想次郎は足運びを少しぎこちなくした。周囲の空気は相変わらずどんよりとして重い。


「やっぱりちょっと怖い……」


 バンシーIに聞かれないように人知れず呟く。あれだけゲーム内で見慣れた景色であった筈なのに、やはり肌で感じるこの得も言えぬおどろおどろしさと現実感には慣れない想次郎であった。


「アイさん、ここで何を……」


「こっち」


 てっきりこの墓所が目的地かと決めつけていた想次郎は面食らう。バンシーIはそのまま足を緩めずに墓を縦断し、さらに先へと進んで行ってしまう。


 仮にこの世界がゲーム通りであったとしても、想次郎自身、この墓のさらに奥へは進んだことがなかっただけに、そこから先は未知であった。


 「何があるんだろう。怖くないと良いなぁ」などと願いながら想次郎はなるべく周囲を見ないようにしながら、強いて挙げるならば、バンシーIの漆黒のスカートに包まれた尻を食い入るように見つめながら進んだ。


 大き過ぎず小さ過ぎない彼女の臀部が歩行の動きに合わせて黒い布生地を揺らしたり、張り詰めたりする様子を眺めていると、想次郎の中に渦巻く恐怖心を含めた諸々の負の感情が、まるで天使の抱擁を受けるかの如く、浄化されていくのがわかった。


「あの」


 突如、バンシーIがピタリと立ち止まり振り返る。その赤い瞳は怪しいものを見るような半目の所為で半分しか見えていなかった。


「あまりこちらを見ないでください」


「み、見てませんよ!」


「…………」


「はい。すみません。以後、気を付けます」


 一度は誤魔化そうとした想次郎であったが、半目の視線が徐々に殺気を帯び始めたのを感じて、想次郎は瞬時に謝罪を口にした。


 そうこうしているうちに廃墓所を抜け、二人はさらに街とは反対の方角へ進む。次第に木が茂り始め、道も悪くなる。


 このままではいつ魔物と遭遇してもおかしくはなかった。


「あ、あの。一体どこまで……」


 一度は訊かないと決めた想次郎であったが、さすがに終着点が見えない中では不安になり、つい口を衝いて出てしまった。


 するとバンシーIは立ち止まった。


「ここ」


「ここ……ですか……?」


 木々の間を抜け、目の前は下り坂となっていたが、坂の上から見える景色は酷く荒れ果てていた。乾燥した地面を縫うようにまばらに生えた草。何かの木でできたような残骸が至るところに散らばっていた。


 それに、想次郎がよくよく目を凝らすと、何かはわからないが明らかに人工物であるゴミのようなものまで無数に確認できる。


 それは朽ちてぼろぼろになった布切れだったり、陶器の破片のような物だったり、書物だったものの残骸だったり、とにかく、荒れ果てながらも「人がいた」という形跡だけは辛うじて確認できた。


 そう考えると木の残骸の類は本来建物の一部であろうことが想次郎にも想像が付いたが、最早そこは人がまともに住めるような環境ではなかった。


「ここは……」


「…………」


 想次郎が横目で伺うようにバンシーIの方を見るが、彼女は押し黙ったまま、ただ虚ろな眼差しでその荒廃した景色を眺めていた。


 驚くでもなく、怒るでもなく、悲しむでもなく、ただただ感情の無い視線を向ける彼女の横顔。


「村です」


 それだけ言って、微かに目を細めるバンシーI。






------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【装備】

武器C2:隼の双剣

ステータス要求値:技力30、敏捷性50。

敏捷性が高い程攻撃力に補正が掛かる斬撃武器。左右から不規則に繰り出す目にも止まらぬ速度の斬撃は、隼に例えられた。刃には特殊な軽い金属が使用され、その刃の長さ、形状は極力空気の抵抗を受けないように計算されている。

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