第26話
この世界にやって来てまだ数日程だが、想次郎の身体は早くも非日常的な現在の生活に慣れ始めていた。
そして慣れと同時に感じる密やかな充足感。
目を閉じ、微睡みの中で想次郎は笑みを溢した。
確かに魔物狩は想次郎にとって想像以上に過酷なものであった。仮に能力があろうとも、気持ちが向かなければ上手くこなせるものではない。
だが、魔物狩への恐怖以上に、憧れの女性とのほとんど同棲にも似た共同生活。明日は一緒に出掛ける予定だってある。その幸せは想次郎にとってこの世界で感じた様々な〝怖いこと〟、〝嫌なこと〟を差し引いても十分にお釣りが来る程であった。
しかし〝良い事〟ばかりにうつつを抜かしていては、そのうち足元を掬われる。仮にゲーム通りの世界だとしても、ろくにクリアを目指さなかった彼にとっては、ほとんど未知の世界と変わりがないのだから。そう想次郎は気を引き締め、眠気に身を委ねた。
(僕が彼女を守るんだ……)
そう心に抱いて。
(まだ夜だ……)
夜中に目覚めてしまった想次郎は窓の外がまだ夜空であることを確認し、もう一度眠りに付こうとする。
しかし、薄闇の中、窓際で月明かりに照らされるシルエットが目に入った。
(アイ……さん?)
バンシーIが椅子に腰掛けたまま、窓の外を眺めている。
月明かりでぼんやりと照らされる彼女の横顔は、相変わらず美しい。想次郎はついつい見入ってしまう。
そうこうしているうちに、バンシーIが気付いて想次郎に視線を向ける。
「あら。起こしてしまったかしら?」
「いえ」
本当のことだったので想次郎はすぐに否定した。
「あの、眠れないんですか……」
想次郎はベッドから起き上がり、そう声を掛ける。
「ええ」
バンシーIは感情のない表情で応える。
「眠れないの」
「なにか不安……ですか?」
想次郎は彼女の様子が心配になり、問いかける。
「違うの」
しかしバンシーIは想次郎の言葉を否定する。さして変化はない筈だが、その表情はどこか寂しそうに見えた。
「眠れないの……。この身体、眠れないみたい……」
淡々としていながらも、口元は微かに震えている。その表情は、まるで泣いているようにも見えた。
「この宿に泊まってからわたし、ずっと眠ってない。いいえ、人の心が戻る前からずっと、この身体になってからずっと、わたしは眠ってない……」
「それはあなたがバンシーだからですか?」
「わからない……」
気持ちが荒んでしまっている所為か、バンシーIは普段の敬語口調ではなくなっていた。
「知ってる?」
「え?」
今度はバンシーIが問い掛ける。
「知ってる? 一日が途方もなく長いことを」
想次郎の反応を待たずに彼女は続ける。
「眠らないと、一日がとてもとても長く感じるの……」
彼女は続ける。
「心が戻る前からずっと感じてた。意識は曖昧だったけれど、一日一日がとても長くて、昼か夜かもわからないあの場所で延々と彷徨う毎日。何があったかは、ほとんど覚えてはいないけれど、時間が途方もなく長かった、それだけはわかる」
その感覚は想次郎には到底理解の及ばないものであった。朽ちない身体で延々と狭い地下で過ごす毎日。眠ることもできず、ただただひたすらに暗闇の中を彷徨い続ける日々。想像しただけでも気が狂いそうになるものであった。
「でもね、最近は少しマシよ」
「何でです?」
「昼間は本が読めるもの。それに……」
「それに?」
「夜は話し相手がいるから……。だからちょっとマシ……」
そう言って儚げに微笑むバンシーI。
それを聞いた想次郎は頬を赤らめた。そしてバンシーIはそれに気付いてすぐさま補足する。
「勘違いはやめて欲しいのだけれど、何も『あなたがいるから良い』と言ったつもりではなく、単に気が紛れる話し相手がいるってことですから」
「わかってますよ」
と言いながらも少し残念そうな表情を浮かべる想次郎。しかし、普段の彼女の調子が戻ったようで安堵していた。
「でも……、いつか、あなたを振り向かせてみせます」
そう宣言する想次郎の瞳は、薄闇の中でもはっきりわかる程に強い決意に満ちていた。それを見て呆れるように嘆息するバンシーI。
「殊勝なことね。それに酷い物好き。こんな化け物相手に」
「はい。アイさんは化け物級に美しいですから」
そう言って想次郎はにっこりと微笑んだ。
「わかりましたから、もうおやすみなさい。明日も出掛けるんですから」
「はい。おやすみなさい。アイさん」
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【魔法】
聖属性C3:グランツ
対象一体へ聖属性強ダメージを与える。
祈りの力でもある聖なる魔法は、魂等の精神体を構成するエーテルを源とし、物理的あるいは熱量的作用をもたらす他の魔法とは根本的にその本質を異にする。しかし、強い想いによって寄せ集められた高密度のエーテルは最早莫大な質量を伴い、悪しきモノを圧砕する慈悲なき鉄槌と化す。
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