第28話
「村?」
言葉の意味が判っても、その意図が判らず、想次郎は聞き返す。
「ええ、村があったんです」
そう過去形に言い直すバンシーI。
「…………。もしかして、アイさんの村、ですか?」
「ええ」
そう言うと、僅かな間だが一度だけ黙祷を捧げるように瞼を伏せ、そしてすぐにその「村だったもの」に背を向けた。
「行きましょう」
「え? もう良いんですか?」
「良いんです。もう一つ、確認したいものがあるので、さあ」
と言い、あまりの潔さに戸惑う想次郎を置いて歩き出してしまう。
想次郎はバンシーIの遠ざかる背を確認し、しかし、もう一度だけ振り返り彼女の故郷を視界に収めると、今度こそ足早に彼女を追った。
彼女を追いながら想次郎は考える。
バンシーやグールは、元は人間のものだった遺体が上位のアンデッドの力を受け、モンスターとして蘇った姿だ。よって彼女は過去に一度死んでいる。
人として、普通の一人の人間の女性として、生前の彼女はどのような女性だったのだろうか。
どのような暮らしをしていて、どのような趣味があり、どのような人と親しくなって、どのような楽しいことがあって、どのような悲しいことがあって、そして、どのように死んだのだろうと。彼女が死んでからどれだけの時が過ぎたのだろうと。そして、彼女が今、あの故郷を目にして何を思ったのだろうと。
想次郎は考えてしまった。そして言い知れぬ切なさが込み上げる。
やがて来た道を戻ると、先程通った廃墓所に辿り着く。
そのまま墓地を抜けるのかと思いきや、バンシーIは置かれている墓石一つひとつを確認するように見て周っていた。例によって目的も理由も訊かされていない想次郎はただただ彼女の後ろを付いて行くことしかできない。
墓石はどれも長い年月風雨に曝されたことにより朽ちており、遠目には辛うじて原型を留めているものの、改めて見てみるとそのほとんどが酷い有様だった。完全に割れて崩れてしまっているものもある。
バンシーIはその一つひとつを丁寧に確認していく。藻のような植物が張り付いて文字が見えないものは手で拭い、割れて破片だけになってしまっているものはその欠片を拾い集めながら、バンシーIはひたすらに何かを探す。
想次郎は時折、地下迷宮に続く墓石の方をちらちらと見て警戒を怠らないようにする。
地下からグールが這い出してくるのではと、内心気が気ではなかった。
「ありました」
余所見をしていた想次郎の耳に彼女の小さな声が届く。
これまで一切感情を表に出さなかった彼女のそんな一言が、少し震えているように想次郎は感じた。
彼女の目の前には朽ちかけた一つの墓石。服が土で汚れてしまうことも厭わず、彼女はその場に膝を付く。
そして愛おし気な手つきで墓石の表面を一度撫でた。
墓石には辛うじて読める文字が彫られている。想次郎はこれまであまり意識はしなかったが、この世界の文字はアルファベットに酷似しているものの、この世界特有のものであった。しかし、想次郎にとって説明し難い奇妙な感覚ではあるが、会話の言語として日本語に認識されるのは、やはりゲームの設定らしいところではあった。
墓石には二人分の名が刻まれている。
〝ソファニア・セントネール〟と〝エルミナ・セントネール〟。
「わたしの墓です」
「アイさんの……」
その言葉を聞いて、バンシーIは困り顔でふっと軽く吹き出す。
「いつまでもそんな変な名前、やめてください。ずっと不愉快でした」
「えぇ!?」
かなり「今更」な申し出に、想次郎は思わず声を上げて嘆いた。
「そういえば前に、本当の名前が知りたいと言ってましたね」
「ええ、それは……そうですね……」
バンシーIは徐に仮面を外すと想次郎と向き合った。そしてしっかりと彼の目を見ると、二人の名前の一方を指でなぞりながら言う。
「エルミナ・セントネール。わたしの本当の名前はエルミナです。初めまして、想次郎さん」
「はい、初めまして。エルミナさん」
想次郎とバンシーIは出会って数日。この出会いの場で、ようやく互いに正式な自己紹介を交わした。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【特殊スキル】
闇属性C3:
対象に一定の確立で即死判定を与える。確率は対象とのレベル差に依存する。
その死の叫びは、耳にした者を死へと誘う滅びの嘆き。しかしその叫びは本来、遥か遠くの地へ大切な者の死を伝える悲しき知らせであったという。
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