第24話

「わ! あぁっ! わぁっ!!」


 巨大な獣にのしかかられながら、突然のことにパニックになる想次郎。剣は両方とも落としてしまい、しかし両の牙を掴みながら自身の体から退けようと必死に抵抗する。


 眼前に迫る獣の怨色を露わにした面。口からは血と唾液の混ざった液体をまき散らし、想次郎の手を振りほどこうと左右に激しく首を振る。


「くっ…………。…………。」


 しかし、その凄まじいまでの形相に反して、想次郎は次第に落ち着きを取り戻していく。ワイルドボアの力が想次郎の想像よりも遥かに弱かった為である。


 そして恐怖心が薄れていく代わりに、滲み出す悲しみ。


 深手を負って最早体力が残されていないのか、それともそもそもこれがレベル差の成す結果なのか、想次郎には判断が付かなかったが、今はこのモンスターを狩ることだけを考えよう、そう心に決める。


 想次郎は一方の牙を掴んでいた右手を離し、同時に左手に力を込め、ワイルドボアの頭を無理矢理横へ倒すようにする。そして空いた右手で腰に装備していたカランビットナイフを抜いた。


 短い足を激しくバタつかせながら抵抗するワイルドボア。


「ごめんなさい」


 そう呟いてから頭を横に押さえ付けられ無防備になった首元にナイフの刃を宛てがった。


 深く肺の空気を吐き、そっと目を瞑る想次郎。


「いただきます」


 そう言って一息にワイルドボアの首を掻き切った。最後はまるで、空気の抜けるような短い悲鳴だった。


 ようやく静かになったワイルドボアの身体を傍らに退けながらも、想次郎は仰向けのまましばらく動くことができなかった。


「普通の学生が異世界に行ったら活躍するって?」


 現実世界で読んだライトノベルの内容を思い出し、空に向かって独り言つ。


「そんなの普通じゃないよ……」





 無事、魔物狩を成功させた想次郎は戦利品を手に街を目指した。


 戦利品といってもワイルドボアから牙だけを剥ぎ取ることは(解体作業が怖いので)諦め、そのまま引きずるようにして死体を運ぶことにした。


 身体の大きさに反して想次郎は難なくその巨体を引きずることができた。


 これも想次郎の高いステータスがあって成せる技なのだが、道行く人々からの好奇の視線を一身に受けてしまったのは言うまでもない。お世辞にも屈強そうには見えない想次郎が、自身よりも体重のある獣を引きずっているのだから無理もない。


 換金所は街に入って割とすぐのところで見つけたので、早速査定をお願いすることにする。


 結果は3,500Fだった。査定を担当した壮年の男性が言うには、もし仮に牙だけならば3分の1程の値になるらしかった。それ聞き、想次郎は〝臆病〟もたまには役に立つとこっそり自分を褒めた。


 話によると、肉の部分は食肉として安く売られるらしかった。





「おかえりなさい」


「…………」


 想次郎が宿に戻り、部屋の戸を開けると椅子に腰掛けていたバンシーIが本を閉じ、想次郎にそう声を掛けた。それを聞いた想次郎はドアノブを手にしたまま固まってしまう。


「……? なんです?」


「い、いえ! すみません。なんか、あまり言われたことがなかったもので。そんなふうに……」


 想次郎の様子にバンシーIが怪訝そうに眉を顰めたので、想次郎は慌ててそう取り繕う。


「少し不思議な感覚で……」


 言いながらベッドに腰掛ける想次郎。


「不快でしたか?」


「いえいえ! そんな! むしろ……、なんか……いいなぁって思いまして……」


「…………そうですか。……では次からは言わないようにします」


 バンシーIはすまし顔で視線を逸らした。


「えぇ!? どうしてです!?」


「あなたが何だか嬉しそうだから」


「そんなぁ……」


 バンシーIの意地の悪い対応に、がっくりと項垂れる想次郎。


「で? 戦果は?」


「少ないですが何とか……」


 そう言って先程換金したばかりの銅貨をバンシーIに見せる。


「今日は装備を整えた所為で収支はマイナスですが、この調子で稼げれば……」


「そう」


 そっけない反応ながらも、想次郎の土と魔物の血に汚れた服へしきりに視線送っている。


「ああ、これは大丈夫です。特に大きなケガとかもなかったですから」


「別に何も言ってませんが」


「そ、そうですよね……はは……」


 身体的なことはともかく、確実に精神が疲弊してしまった想次郎から出るのは、最早乾いた笑いのみだった。


 バンシーIは軽く嘆息しながら手にしていた本をパタンとテーブルに置くと、仮面を手にそのまま部屋を出ようとする。想次郎がその様子をぼんやりとした目で追っていると、彼女はドアノブに手を掛けたまま想次郎の方を振り返り、その赤い瞳を向けた。


「何をしているんです?」


「え?」


「お風呂、先に行きますよ。いつまでもそんな状態じゃあ気持ち悪いでしょう。少なくともわたしは見ているだけで気持ち悪いです」


 そう言って手にしていた仮面を付けるバンシーI。


「あ、待って! 僕も行きます!」


 想次郎は慌ててバンシーIの後を追った。


「アイさん」


 階段を下りながら想次郎は彼女の背中に声を掛ける。


「ただいま」


「…………。ええ。おかえりなさい」


 振り返らないまま返って来る返事。


 想次郎の視界からでは階段を降りる彼女の表情を伺い知ることはできなかったが、心なしか先程よりも優しい声に聞こえた。







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【モンスター】

獣族C1:ワイルドボア

猪型の獣が悪魔族が放出する魔素の影響で獰猛な魔物となった姿。元々警戒心が強い獣であったが、取り込んだ魔素の作用により、攻撃的な性格へと変貌している。特に狩猟を行う人間に対する敵対心は強い。それは魔素の影響以前に強い憎しみがそうさせるのだろう。

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