第23話
「で、出たっ!」
その姿はおおよそイノシシの外形に酷似しているが、口元から突き出しす二本の太く鋭い牙は、想次郎が携えている双剣と同等程の長さがあった。
「ワイルドボア……」
呟く想次郎。彼はそのモンスターのことはよく知っていた。地下迷宮攻略の為のレベル上げで、嫌と言う程狩り続けた低級モンスター。
「ふしゅぅぅぅ……」
動けずにいる想次郎の姿を補足したワイルドボアは荒い息を吐くと、そのまま彼目掛けて突進する。距離が縮まる程判るその体躯の巨大さ。ゲームでは感じることのなかった恐怖心が想次郎の全身に執拗に絡みつき、未だ動くことができない。
ワイルドボアの鋭い牙が身体に届く瞬間、ようやく想次郎は両腕でガードしながら斜め後ろへ飛び退く。しかし、一歩遅く、鋭い牙が想次郎の腕をかすめた。
「いっっっ……たぁ……」
着地に失敗し、地面に這いつくばりながら腕を確認すると、布地が破れて穴が開いており、そこから少し血が滲んでいる。
痛みは感じるが、やはり先日強盗に襲われた時と同様に、想定よりもダメージはないようだった。
振り返るワイルドボアに視線を合わせたまま立ち上がる想次郎。
しかし依然として恐怖で足は震えたままだ。目元には涙が溜まり、次第に視界がぼやける。想次郎は目元を裾で拭いながらも必死で視線を合わせ、両脇の剣を手に、構える。
「くそっ……。かかってこい……ぐすっ……」
言葉の通じる筈のない獣に向かってそう啖呵を切ることによって、無理矢理自身を奮い立たせた。
ワイルドボアは二撃目を繰り出そうと再び想次郎へ向かって突進する。
「大丈夫だ……大丈夫……。動きは見えている……」
そう言い聞かせて〝
「身体は大きくても僕の方が遥かに強い……だから大丈夫……」
まるで暗示をかけるかの如く、そう口に出し続けながら双剣の柄を握る手に力を込めた。ワイルドボアの牙が間近に迫る。「目を逸らすな!」想次郎は涙目になりながらもそう強く自身に言い聞かせる。
意を決して逃げずに正面から対峙すると、やはり想次郎の目ならばしっかりとワイルドボアの動きを捉えることができるのがわかった。
加えて相手は想次郎との最短距離を真っすぐ一定の速度で向かって来る。一度決心してしまえばその動きは今の想次郎にとって至極読み易いものである。
想次郎は剣を両手に構え、ワイルドボアが身体にぶつかる寸前まで待つ。初めて構える武器だが、不思議とその型に迷いはなかった。
そう、以前からこうした戦闘を幾度も行ってきたかのように。
ワイルドボアの牙が迫る。
「ここだっ!」
十分に引き付けたところで想次郎は片足を軸に反転するような動作でワイルドボアの突進を躱すと、すれ違いざまに両の刃でワイルドボアの横腹を切りつけた。
瞬間、想次郎の耳に入ったのは先程の低い唸り声からは想像もできない、甲高い獣の悲鳴。
手に残る、何か重たいモノを切った鈍い感触。
勢いを殺しきれず、想次郎の後方で鮮血の尾を引きながら滑るように転がる毛にまみれた巨躯。
想次郎が振り返って確認すると、ワイルドボアは切られた箇所からはらわたと大量の血を溢しながら、それでも立ち上がろうとしていた。
警戒を緩めないまま、剣を構えトドメを刺そうと近付く想次郎。
しかし、ワイルドボアは立ち上がることができないまま、その場にくずれた。
「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ……」
運動量に見合わない呼吸の乱れと心音が想次郎の身体を内側から震わせている。その振動が耳の奥の方でこだまし続けていた。
想次郎はなんとか呼吸を整えながらワイルドボアの元まで辿り着き、覗き込むようにして生死を確認しようとする。
これがゲーム通りならば何倍ものレベル差のある想次郎の一撃で終わる筈だ。
「ぐぉぉぉぉっ!」
「うわぁっ!」
どうやって牙を取ろうかと、想次郎がワイルドボアの傍らにしゃがみ込んだその時であった。突如ワイルドボアは息を吹き返し、想次郎に覆い被さる。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【アイテム】
Cex:剣士の裏指南書
C3までの剣技の中で指定した剣技を一つ会得できる。
剣術の世界において日々の鍛錬に勝る近道はない。この書は会得できるものが剣技というだけで、その本質は〝賢者の裏指南書〟に近いものとされている。剣術界で名を馳せるとある達人曰く「仮に存在するとして、そのような邪道に手を出すのは、真に己を信じることのできない弱者のすることである」だそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます