第25話

「うっわー。きったなー。ひくわー」


 一階に付くと想次郎たちは店内清掃作業中のミセリと鉢合わせになった。ミセリは想次郎の姿を見るなり、客に対してまるで手心を加えない感想を述べた。


「どしたのー? 御曹司君」


「だからそれは違うって。いや、ちょっとモンスター……いえ、魔物狩の修行中で……」


 否定こそしたが、金に困っていると知られるのも癪だった想次郎は、そう当たり障りのない回答をする。


「あはははは! キミが? 冗談! やめときなよー。キミみたいな子が魔物と出会ったらケガなんかじゃあ済まないよぉ?」


 だが、完全に見掛けで判断してしまっているミセリは、それすらも信じていない様子だった。


「魔物ってすっごく危ないんだから。街の外で毎月何人も被害にあってるし。もし遠くの方とかに用があるんだったらわたしに言ってよね。前も言ったけど、わたし魔法使えるんだから! まだまだ修行中だけど、このあたりの魔物程度なら楽勝よ!」


「はは、その時はお願いしようかな」


 あまり話題を膨らませる気力のなかった想次郎は、早々に話を切り上げた。


「じゃあ、僕たちお風呂に行くところだったからさ」


「ちょいと待ちなさいよ」


「え?」


「キミ、着替えは?」


「ああ、そっか。余分な服も買わないとな……」


 流石に風呂で身体を綺麗にした後にこの汚れた服に再び袖を通すのは気が引ける。

想次郎は着替えを買っておかなかったことを心の中で嘆いた。


「服は脱衣所に置いておいてくれれば、わたしが洗濯しておいてあげるから」


「ありがとう。でも代わりに着るものが……」


「うーん、しょうがないからわたしの貸してあげる!」


「え?」


「ちょっと待ってて!」


「いやちょっと! キミのを借りるって――」


 想次郎の言葉など意に介さず、モップを床に放ったままミセリはカウンターの奥へと駆けて行ってしまった。そしてすぐに何かを手に戻って来る。


「はいこれ。キミ、カラダ小さいし、わたしのでも着れるでしょ」


「いや、さすがに……」


 想次郎目線だと、明らかにミセリの方が小さいのだが、受け取りを躊躇う想次郎に構わず、ミセリは無理矢理服を想次郎の手に押し付けた。


「じゃあごゆっくりー!」


 そして想次郎が何か言うよりも先に、そう言って去ってしまった。


 想次郎は手渡された服を確認する。どうやら地味な麻色のシャツとハーフパンツのようだった。肌触りは現実世界でいうガーゼ素材のようで、通気性は良さそうだ。思いの他常識的な見た目だったので、想次郎はありがたくお言葉に甘えることにする。


 最近はただでさえ女性と間違われる機会が多かったにも関わらず、その上女の子っぽい服まで着させられるのではと、内心ハラハラしていただけに、その安堵感は大きかった。


(あ、なんか良い匂いがする……)


 見た目こそ地味だが、ミセリから借りた衣服からは女の子らしい香りがほんのりと漂っていた。


「…………」


 別段あからさまに鼻を近付けて嗅いでいたわけではないが、傍らのバンシーIはその様子を冷ややかな表情で眺めていた。


 しばし、内心ドキドキしながら手にした服を見つめていた想次郎は、ようやく彼女の視線に気付く。


「あ、どうぞ。気の済むまで続けてください」


「さ、さぁ! お風呂に行きましょうか! 汗もたくさんかいたから楽しみだなぁ! ははは」


 想次郎はバンシーIの言葉を遮るようにして威勢よく浴室へ向かって行った。





「…………」


 風呂から上がった想次郎はミセリから渡された服を着てみるが、やはりややサイズが小さいようだった。一応着れてはいるものの、丈の長さが足りてない感が否めない。


「あ」


 だが代わりの着替えがない以上仕方がないと風呂場を出ると、丁度バンシーIも隣から出て来るところだった。


「…………」


 バンシーIは想次郎の姿を見るなり立ち止まり、無言で上から下まで順々に眺めていった。


「…………」


「何か言ってください」


「つんつるてん」


 堪え切れず想次郎が言葉を求めると、そんな一言が返ってくる。


「あ、明日は、部屋着を買いにいきます。失費は痛いですが、必要経費です」


「…………。よろしければ、わたしの分の部屋着もお願いしたいです。ずっとこのような恰好でいるのも落ち着きませんし。まあ、あの時のボロ布に比べればだいぶ良いですが」


「ああ、確かにそうですね。素敵ですけど、そんな恰好では寝辛いですもんね」


「…………ええ」


 想次郎は快く了承した心算であったが、バンシーIからの反応は薄い。


「それと、明日はわたしも一緒に街の外へ行きます」


「え? なぜです? モンスター狩は僕一人でも全然大丈夫ですよ?」


 本音を言えば、まだ全く慣れそうにもなかった想次郎だが、彼女に余計な懸念を抱かせてしまっているのではと心配になり、少しばかりの強がりを返す。


「いいえ。少し、行きたい場所があって……」


 バンシーIは少し歯切れ悪そうにした。


「わかりました。明日はまずその場所と狩に行ってから、帰りに部屋着とあと追加の食べ物を買いに行きましょう」


「ええ」





 夜も更け、想次郎はバンシーIと「おやすみなさい」を交わすとベッドに入る。


(今日は良く眠れそうだ……)


 体力的には消耗が少ないとはいえ、精神的にかなり疲弊した為、安全なベッドに仰向けになると想次郎はすぐに眠りに落ちた。






------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【アイテム】

C4:生命の燈火

致命的なダメージを受けた際、生命力を上限の半分まで回復する。

これでようやく愛する人の元へ逝ける。視界に眩い光が広がった。私はその光の中で天使を見た。天使は地に伏す私の傍らに降り立つと、優しく頬へ口づけをする。「ああ、まだ私に生きろと言うのか……」。

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