第21話

「そういえば、先日も地下を抜け出す際、グール相手に怯えてましたね。疑問だったのですが、何をそこまで恐れているんです。それも今になって急に」


 バンシーIからすると、オブソリートリッチのいた地下で無数のグールやバンシーを葬ってきた少年だけに、今の彼の様子が不思議でならなかった。


 言動こそ弱気で見掛けもお世辞にも実力がありそうとは言えないが、事実、恐れ慄きながらも放った彼の魔法の威力は本物であった。


「何と言いますか……怖いものは怖いんです……」


 何故そうなってしまったのかの本質を説明できない想次郎は、他に上手い言葉が見当たらず、そう繰り返すことしかできない。


「はぁ…………、わかりました」


 バンシーIは溜息を一つ、そして傍らに置いていた白い仮面を付けた。


「当面はわたしが何とかします。わたしのいた地下に比べるとこの付近の地上にいる魔物は弱いですから。それに、どのみちあなたに頼りっぱなしというのも性に合いません」


「え?」


 思わぬ申し出に唖然とする想次郎を尻目に、バンシーIは早速部屋を出ようと腰を上げる。


「ちょっと待ってください!」


 想次郎は声を荒げてバンシーIを呼び止める。


「……が……きます……」


「なんです?」


「僕が行きます!」


 顔を上げた想次郎の目元は涙が溜まっており、今にも毀れそうであったが、その顔つきには明確な決心が滲んでいた。


「怖いのでは?」


「怖いです……でも……」


 想次郎はドアノブに手を掛けながら、一度バンシーIに向かって振り返った。


「女性に頼るというのは性に合いませんから」


 そう言って無理矢理口角を上げるが、その笑みは少しぎこちなかった。


「行ってきます!」


 そう言って、想次郎は外へと繰り出していった。


 一人部屋に残されたバンシーIは椅子に腰掛けると仮面を外し、本の続きを開く。


 しかしどこか落ち着かない。別にあの少年の身を案じているわけではないと思いながらも、紙をめくるペースは芳しくない。


「強がっちゃって…………バカみたい」





 宿を出た想次郎はすぐには街の外へ向かわず、ひとまず準備をすることにする。


 街の中で手頃な古いベンチを見つけたので、そこに腰掛け今一度ポーチの中身を確認する。財布と解毒薬が大量に入った巾着、それと解毒薬の巾着に似ている別の巾着。その中身は白い丸薬だった。恐らくこちらは回復薬だろうと想次郎はあたりを付ける。


 資金をこの二点にしか費やしていなかった為、持ち物は寂しい状況だ。


 しかし、そのお陰もあり宿代やその他生活必需品にあてる資金が残ったことを思えば、結果的に良い選択であったのかもしれないと想次郎は考えた。


「ん? 何だこれ」


 一度出したポーチの中身を戻そうとした時、何か固いものがまだポーチの中に残っていることに気付く。


 取り出してみると、それは黄金色に輝く一粒の宝石だった。


「こんなもの持っていた覚えは……」


 そう奇妙に思いながらも、想次郎は〝第三の眼サードアイ〟でその宝石を見てみる。ゲーム内と違い、アイテム説明がわからないが、〝第三の眼サードアイ〟なら何か見えるかもと予想したのだ。想次郎の予想は当たり、説明文が表示された。


 Cex:女神の贈り物


 ゲームにおいてはモンスターや魔法以外に、各アイテムも同様に5段階でクラス分けされているが、〝女神の贈り物〟というアイテムはExceptionを意味するexクラスとなっていた。


 これは通常のレア度に該当しない特別なアイテムであることを意味する。ゲーム内では敵がドロップしないイベント限定アイテム等がこのクラスに該当する。


 想次郎はアイテム名を確認するなりすぐに合点がいった。


 〝女神の贈り物〟、それはゲームを始めると初期の持ち物として必ず一つ貰えるアイテムだ。使用することにより複数のアイテムの中の一つに変化する。


 変化のラインナップは次の通りである。


 C4:生命の燈火:致命的なダメージを受けた時生命力を上限の半分回復する。

 Cex:賢者の裏指南書:C3までの魔法の中で指定した魔法を一つ会得できる。

 Cex:剣士の裏指南書:C3までの剣技の中で指定した剣技を一つ会得できる。

 C1~2:旅人の必需品:回復薬、解毒薬、麻痺治し等のアイテムが多数得られる。

 C5:不屈の指輪:装備中一定時間恐怖状態に掛からない。何度でも使用可。


 それぞれのワードに目を凝らすと、ご丁寧にも付随する説明文も現れてくれた。


 制作側が用意した序盤攻略の為の初心者救済アイテムだが、想次郎はこれまで一度も使用したことがなかった。


 そこまで勿体ないという気持ちがあるわけではなかったのだが、ここぞという時に使おうと温存しているうちに結局使うタイミングがなく、そのままになっているものであった。


「使うとしたら……今か……」


 想次郎は日光を受けてきらきらと輝く宝石を手に、息を飲む。


 何にするべきか。やはり身の安全を考え〝生命の燈火〟か、いや、長い目で見れば〝賢者の裏指南書〟を使用し回復魔法を会得すべきか、グール対策で聖属性魔法ばかり使用していた所為で聖属性に偏ってしまっているので持っていない属性の魔法も捨て難い、攻撃の汎用性で見れば〝剣士の裏指南書〟の方か等々、想次郎は考え始めるとキリがなくなってしまった。


「これは、もう少しとっておくか……」


 結局、ポーチの中身を確認したのみで想次郎は腰を上げる。


 想次郎が次に赴いたのは武器屋だった。


 これから金稼ぎに行くとしても死んでしまっては元も子もない。まずは装備を整えようという算段だ。







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【アイテム】

Cex:女神の贈り物

〝生命の燈火〟〝賢者の裏指南書〟〝剣士の裏指南書〟〝旅人の必需品〟〝不屈の指輪〟の中から指定したアイテム一つに変化する。

この度はリリイ・オブ・ザ・ヴァリ初回生産版をご購入頂き、ありがとうございます。あなたの冒険の門出を祝し、このアイテムを進呈致します。勇敢なる冒険者に女神の祝福があらんことを。

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