第20話
悪魔の存在が人々の平穏を脅かしているということは、想次郎自身ゲーム設定の予備知識として大まかには知っていたものの、それはこのゲームの説明書に軽く書かれている前置きに過ぎない。そもそも、この世界が本当に想次郎のプレイしていたゲーム、リリイ・オブ・ザ・ヴァリの内容に則っているということに確証があるわけでなかった。
「わたし、強い人に会って弟子入りしたいの。その強い人と色んなところ旅しながら修行するのが取りあえずの目標なんだ」
「でも、危ないよ? ほら、モンスターとか……出るし……」
「はぁ? バカにしないでよね! わたしこれでも魔法が使えるのよ! 今は一人で修行中なんだから。こんな感じでママのお店手伝いながらね」
そう言いながらミセリはエプロンの裾を摘まみ、ひらりとはためかせてみせた。
想次郎は試しにミセリへ向けて〝
人間
Lv12
生命力226
技力12
魔力46
攻撃力6
防御力8
敏捷性16
体力13
所有スキル 火属性C1:フラン、水属性C1:ジャーダ
表示内容を確認する限りでは、確かに魔法が使えるということがわかる。
「ってことだから、邪魔してごめんね! どうぞ、エッチなサービスの続き」
「だから違うって!」
「あははははっ! ごめんごめん、ちょっとからかっただけだって。キミ、からかい甲斐がありそうだからさ」
「ほんと、やめてくれよ」
背後から注がれるバンシーIの鋭い視線と禍々しいオーラを感じながら、切に願う想次郎。
「だからごめんって。しょーがないから、これで許してね! ちゅっ」
直後、想次郎の右頬に生暖かく湿った感触があった。急に頬に口づけされたことを少し遅れてから自覚し、想次郎は慌ててミセリと距離を取る。
「なななななななななっ!?」
「時価100オウクの値が付くミセリちゃんのちゅーですよっ! よかったですねー!」
そうおどけるミセリも、ほんのりとだが頬を染めていた。
「そんなこんなで、ごゆっくりー!」
ばたんと勢いよく戸を閉めながらミセリは去っていた。文字通り嵐が過ぎ去ったような心境で想次郎はしばし佇む。
「よかったですね」
背後からバンシーIの全く感情の籠っていない声がした。
「な、何がです!?」
「ですから、時価100オウクのちゅー」
「やめてください。別に僕はそんな……」
と言いつつも、女性に対して経験も耐性もない男子高校生の想次郎は、先程の頬の感触を思い返してしまい、密かに心臓の鼓動を早くする。「彼女のなら、それくらいの価値どころか、国宝級の価値はあるかな」と、思わずバンシーIを見つめた。
その視線に何かを察したのか、バンシーIは不敵な笑みを浮かべ、
「また毒で苦しみたいですか?」
と言いつつ、鋭い八重歯の隙間からぺろりと舌を出し、艶めかしく動かした。
どんなキスなのだと戦慄しつつ、それでも想次郎は少し味わってみたい気がしていた。
「それにしてもお金か……」
先程ミセリから金持ちだと誤認されたが、事実少し前までの想次郎はこの街の住人の感覚からすると、「金持ち」とは言わないまでも「小金持ち」の部類に入るくらいは持っていたのかもしれない。
しかしそれはあくまでも「少し前」までの話。現在は一か月分の宿代とカツアゲされて取られた分でその大半を失ってしまっていた。
先日の買い出しで見て回った時の大まかな街の物価からすると、残った貨幣でまだ少しは持ちそうだが、それもいつまでもというわけにはいかない。
この世界にも「アルバイト」のように手軽に働ける雇用システムがあるだろうかと、想次郎は思案する。
「魔物狩でもした方が良さそうですね」
財布を見て溜息を吐く想次郎を見て何かを察したバンシーIがそう提案する。
「魔物って、つまりモンスター?」
バンシーIの説明によると、モンスター(この世界では魔物と呼称することが主流らしい)や獣を狩ることで得られる肉や牙、角等々を街で売却することで金を得られるという。
「そっか……。ゲームではモンスターを倒した瞬間に自動的に経験値とお金を貰えたのに」
「…………? 仰っている意味はわかりかねますが、それが一番手っ取り早いでしょう。と、言いますか、あなたはこれまでそうやって生活していたのでは?」
想次郎が別世界から来たことを知らないバンシーIは、あまりにもこの世界の世間というものについて何もわからない彼のことを訝しく思う。
「そう……ですね……」
明確な案が示された後も、想次郎はどこか歯切れが悪い。
「何か不満でも?」
「いえ、不満……と言いますか、不安と言いますか……。ちょっと……怖い……っていうか……」
「怖い?」
その言葉にバンシーIはますます眉を顰めた。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【魔法】
水属性C1:ジャーダ
対象一体へ水属性弱ダメージを与える。
遥か東の地に伝わる古来魔術においては「気」の流れこそが重要視され、そして大抵その「気」というものは、水のような流体のカタチでイメージされた。
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