第18話

 翌日、昼下がり。


 昼食を済ませてからの二人は特にすることもなく、宿の部屋に籠りっぱなしであった。


 外に出ればトラブルに巻き込まれる可能性が上がる。用事もないのにむやみに出歩くべきでない以上は、こうして一日の大半を室内で過ごさなければならない。


 しかし想次郎にとってはこの時間が幸福以外の何物でもなかった。


 想次郎の視線の先には、椅子に腰掛け、窓際に佇むアンデッドの女性。


 窓から射す日の光の浴びながら視線を手元の本に落としている。その場面を絵画にしたらさぞ高値が付くだろうと想次郎は想像する。


 こうして憧れの女性の近くで長い時間を過ごすのは、想次郎がずっと願っていたことだった。


「あの、先程からこっちを見るのやめて頂けますか? 気が散るんですけど」


「ああ、すみません」


 想次郎は名残惜しそうに視線を逸らす。


「そんなに暇ならあなたも本でも読んだらどうです?」


「そ、そうですね!」


 正直なところ、一生間眺めていても飽きる気がしなかった想次郎だが、「憧れの女性と静かに読書」というのも存外悪くないと、本を取りに腰を上げたその時である。


 ドンドンと、部屋の扉が何者かにノックされた。


 店主のクラナだろうかと想次郎は一瞬考えたが、その粗暴なノックのし方は朝食を運んで来る際の彼女のものとはあまりにも違った。


「ルームサービスっでーす!」


 扉の外から元気な女性の声が聞こえてきた。やはりクラナのものとは違う。若い少女のもののようだった。


「ルームサービス?」


 首をかしげる想次郎だが、その間も忙しないノックの音は止まない。


「開けろぉ! ルームサービスだ! 観念して大人しくここを開けろぉ!」


 想次郎が応対を躊躇しているとノックが乱暴さを増していく。


 想次郎が訝し気な表情をバンシーIに向けると、バンシーIは無言で仮面を付けたので、仕方なく応対することにする。


 扉を開けた瞬間一人の少女が勢いよく部屋に飛び込んできた。


「じゃーん!」


 そんな掛け声と共に。想次郎の目の前でキキーと急ブレーキを掛け、少しよろめく。


「当宿のご利用あっりがとうございまーすっ!」


「あの、ルームサービスって? そんなもの注文した覚えは……」


 年は想次郎よりも下に見える。少女は臙脂色に白の装飾の入った上着に黒っぽいミニスカートといった出で立ちで、色こそ想次郎の馴染みのないものだったが、服の形状はどこか現実世界のブレザーに近かった。クラナと同じく白いエプロンを着用していることからこの宿の従業員であることが予想できる。


「ふーん、キミが噂のお客さんねぇ……」


 少女は犬のように想次郎の周りを回りながら、まるで値踏みするように全身をチェックしていく。


「随分と気前の良いお客さんって言うからどんなガチムチな人かと思ったけど、これは単なるお金持ちのボンボン君かな?」


「えっと……」


「で? そっちのミステリアスな仮面のお姉さんは? 彼女さん……には見えないし、親子とか姉弟って感じでもなさそうね。もしかしてエッチなサービス?」


「ち、違いますよ!」


 慌てて否定する想次郎。バンシーIは仮面の穴から鋭い視線を覗かせていた。


「いいのいいの。そんな風に使う客も珍しくないから。でもあんまり部屋を汚さないようにねっ!」


 少女は親指をぐっと立てた。


「だから違うって! で? ルームサービスってなんなの?」


 これ以上はバンシーIの反応が恐ろしかったので、強引に話題を変えようとする想次郎。バンシーIが纏う負のオーラは紫から次第に群青、果てはネイビーに変容し、いつ漆黒に染まってもおかしくなかった。


「え? 何が?」


「何がって、だって君がさっきルームサービスがあるから扉を開けろって」


「あーあれ? あれはうっそでーす! そんなのはあっりませーん!」


「えぇ……」


 呆れて力が抜ける想次郎に対して、悪びれもしない様子で舌をだす少女。


「どんなお客さんか気になったから見に来たの!」


「一体なんなの? 君は……」


「わたし? わたしはミセリ! ミセリ・ホステル。この宿の可愛い可愛い看板娘よ!」


 腰と後頭部に手を当て、あざとさ満点のセクシーポーズをとりながら少女はそう簡潔に自己紹介した。


「ってことはクラナさんの……」


「そう! 娘!」


「そ、そうなんだ……」


 おっとりとした感じでいつも優しい笑顔を絶やさない店主のクラナとは似ても似つかないと、想次郎は心の中で毒づいた。







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【剣技】

C1:影切

対象一体へ回避不能の斬撃属性弱ダメージを与える。

間合いの近い対象に対し、予備動作のない高速の斬撃を繰り出す暗殺者特有の裏の剣技。刀を納刀、又は隠し持った状態から瞬時に切りつける為、刃を視認できないばかりか、しばらく切られたことにさえ気付かない者も多い。

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