第17話
眼前には赤黒い肉の断面。
口を閉ざせば、ぐじゅぐじゅと、湿り気を含んだ音が聞こえて来そうであった。
想次郎は、そのグロテスクな物体から目を離せずにいた。
「これでも恐ろしいと感じませんか? わたしはもう人間ではないんです」
「ハァハァ……」
黙ったまま呼吸を荒くする想次郎。
これで判っただろうと自嘲気味な笑みを浮かべるバンシーIの表情は、しかしどこか悲し気でもあった。
「気を遣って無理をするのはやめてください。わたしにこれ以上構わない方があなたにとっても良いと思いますから」
「ハァハァ……」
想次郎からの返事はなく、ただただ荒い呼吸を繰り返すばかり。
あまりのショックに体調を悪くしてしまっただろうかと、さすがのバンシーIも気になり始め、俯き気味の想次郎の表情を伺う。すると、さぞ青ざめているかと思われた彼の顔は赤く上気していた。
「大丈夫ですか?」
「い、いえ。何と言いますか……。アイさんの内側を見せられているって思うと、なんか、その……少し卑猥だな……って…………ハァハァ……」
その瞬間、左手に持っていた自身の右手を素早く引っ込め、抱きかかえるようにして想次郎の視線から隠すバンシーI。
「な、何を馬鹿なことを! もう良いです!」
バンシーIは慌てて左手で糸を元の通りに右手に空いている穴に通そうとするが、片手では上手くいかない。
「これ、戻しますので手伝ってください! あなたの責任でもあるんですからね! ほら、この穴に糸を通して……」
「あ、穴……。穴って……アイさんの……ハァハァ……」
「#$%&#$%&#$%&#$%&っ!!」
バンシー的な事情によって心の底から大声を出せない彼女は、言葉にならない声を上げ、鬼の形相で想次郎を威嚇した。
それからというもの、一向に上手く腕を元に戻すことができず、結局クラナから裁縫用の針を借り、どうにか腕を縫い合わせた。
「既に人ではないわたしが言うのもなんですが、あなたは人としての真っ当な感性を欠落してしまっているようですね」
「すみません」
床に正座し、心からの反省を示す想次郎と、その様子をベッドに腰掛け足を組み、ゴミをみる目で見下すように眺めるバンシーI。
「謝るならわたしにではなく、あなたを生んだ両親に謝ってください」
「お父さん。お母さん。すみません……」
素直に謝罪をする様子に、バンシーIは力なく息を吐いた。
「わかりました」
バンシーIは脱力しながら口を開く。
「あなたのことがよくわかりました」
「僕の想いが届いたということでしょうか?」
反省したと思われたのも束の間、想次郎は膝立ちになり、前のめるようにバンシーIへ近づいた。それを受けて両足をベッドの上へと避難させるバンシーI。
「あなたがこの上なく深刻かつ致命的な病気だということをです」
それを聞いて想次郎はまた、床で反省の意を示した。
「…………それと、わかりました」
「え?」
繰り返される言葉に、想次郎は訝しんだ。
「わかりました。わたしの負けです。どのみち現時点で行く宛もありませんし、しばらくはあなたに付き合いましょう」
「アイさん……」
眼鏡の奥で想次郎は瞳を潤ませた。
「死人だからって安く見られたものですね。こんなものでわたしがなびくとでも?」
バンシーIはテーブルに置いた本の一冊を手に取り、想次郎に向かってひらひらと振って見せる。
「でも、まあ、買ってしまった以上無駄にするわけにはいかないですから、頂いておきます」
それを聞いた想次郎は心底嬉しそうな笑みを咲かせた。
バンシーIも気付かれないように本で口元を隠し、そっと口角を上げる。
彼女自身、それがどんな感情によるものかはわからない。しかしそれは、先程までの自嘲の笑みとは全く違うものであることだけは確かであった。
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【スキル】
C1:隠密
敵からの発見率が50%減少する。レベル差によってさらに追加で減少率が上がる。
密偵に従事する者が身を隠す為の技術。真の隠密とは、単に敵に発見されないような身のこなしだけを言うのではなく、自身の素性や正体までも明らかにせず、俗世間から完全に存在を消し去ってこそである。
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