第13話

 程なくして、奥から店主が金庫らしき金属製の大きな錠の掛かった箱を抱えて現れる。そしてその大げさな錠前を外すと、中からプラム銀貨を取り出し、きっちり七枚数えて想次郎へ手渡した。


「お待たせしてすみません。大きい釣り銭はカウンターに置かないようにしているもので」


「いいえ、こちらこそすみませんでした」


 こう治安の悪い街では仕方ないのかと、想次郎は妙に納得できた。同時に、自身の些細な出来心でこの人の良さそうな女性の手を煩わせてしまったことを、申し訳なく思い、心の中で反省した。


 それからは店主から宿についての簡単な説明と朝食の時間を聞き、二階にある部屋の鍵を渡された。


 泊まる部屋はこぢんまりとしていながらも、ランタンの柔らかい明かりに照らされた木製の調度品はどれも良い雰囲気で、想次郎は思わず入口で立ち止まり、隅々を見渡してしまった。


 部屋の隅には姿見鏡が置かれている。想次郎が二台あるうちのベッドの片方に肩に掛けていたポーチを下していると、バンシーIは仮面を外し、早速姿見鏡の前で自身の姿を確認していた。


 余程自分が選んだ服が気に入ったのかと、想次郎は内心嬉しくなったが、顔に入った傷の縫い目に指先を這わせながら少し寂しそうにする表情が鏡に映り、居た堪れない気持ちになった。


「アイさん、お風呂に行きませんか?」


 部屋の鍵を渡された時、店主のクラナから風呂の準備があることを聞いていた想次郎は、そうバンシーIに提案する。


「ええ…………。覗いたら噛みますから」


「覗かないですよ!」


 そのような心算での提案ではなかったので、想次郎は慌てて否定する。


(でも混浴だったらいいなぁ)


 そんな淡い下心を秘めながら。


 風呂場は一階にあり、一人用の個室の中に小さい湯船だけが設置されている簡素なものだった。やや肩を落とす想次郎。


 個室自体は2つしかないようだが、幸い先客がいなかったので想次郎とバンシーIは別々に分かれて浴室へ入る。浴室へ入る際、扉に掛けられた「空き」と書かれた木札を裏返し、「使用中」を表にしておくことを忘れない。


 四角い木製の湯船は足を折らなければ入れない程狭かった。想次郎は木桶で軽く身体を流してから湯に浸かる。


 心地良さが想次郎の全身を包んでいくのがわかった。


 薪で沸かしているであろう湯は少し熱めだったが、心身共に癒されるのを感じる。目を瞑れば元の現実世界だと錯覚できてしまう程にリラックスできた。


 ふと強盗にあった際にできた腕の傷が少し染みて、想次郎は腕をさするようにした。


「え?」


 途端違和感を覚え、目を開ける想次郎。


 その目でたった今触れていた腕を確認すると、相変わらずの細身ながら筋肉で引き締まっているのがわかる。湯に浸かっている腹を見ると、腹筋が綺麗に割れていた。


 触れている今でも、まるで自分の身体ではないような奇妙な感覚に陥る想次郎。


「どうなってるんだ……」


 想次郎のレベルは43。これがレベル相応に鍛えられた肉体なのだろうかと結論付けながらも、戸惑いは隠しきれなかった。


 湯浴みもそこそこに、想次郎は服を着直して浴室を出る。


 バンシーIが入った筈の隣の浴室の戸を確認すると、「使用中」の札が掛けられたままだ。


 想次郎は一瞬、彼女が入浴中であることを想像しかけたが、煩悩を掻き消すようにぶんぶんと頭を振った。


「アイさん! 僕、先に戻ってますね!」

 と声を掛けてみたが、返事はなかった。





 部屋に戻った想次郎は服を上半身だけ脱ぎ、姿見鏡の前に立った。


「おぉ……」


 顔こそ変わらないが、とても筋肉質になった自身の肉体に戸惑う反面、少し感動してしまっていた。


「そうだ」


 想次郎は思い立つと鏡に映る自分に向かって〝第三の眼サードアイ〟を使用する。



 人間

 Lv43

 生命力1260

 技力85

 魔力76

 攻撃力128

 防御力114

 敏捷性542

 体力108

 所有スキル 剣技C1:撃連斬、剣技C1:影切、剣技C2:抜き足、剣技C3:隠刃・朧月夜、聖属性C1:フォルス、聖属性C2:フォルストゥム、聖属性C2:エファリウム、聖属性C3:グランツ、聖属性C4:レクシオ、闇属性C1:第三の眼、火属性C1:フラン、雷属性C1:エクレイル、パッシブ:隠密、パッシブ:毒耐性



 ゲームプレイ中のステータス数値を暗記しているわけではないので、想次郎からすると確信するに至る判断材料はないが、効率良くアンデッドモンスターを狩る為に覚えた聖属性魔法、余計な戦闘を避ける為に極端に割り振った敏捷性、それらはどれも彼の心当たりのあるものだった。


 恐らくこれは想次郎が彼女、愛しのバンシーに会う為だけに得たゲーム内のステータス。


「本当に、ゲームの中なんだ……はは……」


 自然と漏れ出たその乾いた笑いは、決してこの世界における自身の能力の高さに対する歓喜ではなく、この荒唐無稽な現状への戸惑いを誤魔化す為の虚勢に過ぎなかった。







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

火属性C1:フラン

対象一体へ火属性弱ダメージを与える。

四元素の一つである火の力を持つ魔術は、全ての魔術の基礎でありながら、虚栄や虚飾といったあらゆる偽りを焼き尽くし、何物も纏わない根源的な真実を暴く審判の意を持つ象徴でもあった。

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