第12話
宿を探して周る頃にはすっかり暗くなってしまった。
街灯の無い街中は想像以上に暗く、周りの建物から漏れ出す室内の明かりと、各玄関先に不規則置かれるランタンの明かりを頼りに、道を行く。
治安の良くない街であることは身を以てわかっている想次郎だったので、周囲の建物を確認しながらもやや足早になってしまっていた。
(絡まれませんように、絡まれませんように……)
そう念じ続けながら。
程なくして、一つの建物の前で立ち止まる。
入口の傍には看板が立てられ、チョークのようなもので「一泊300F~」と書かれている。
「アイさん。ここ、入ってみましょう」
「わたしは別にどこでも……。あなたに任せます」
きいっと軋んだ音をさせながら扉を開くと、すぐ正面にカウンターが見えた。カウンター奥の女性は二人を確認するなり、
「いらっしゃーい」
と笑顔で出迎える。
「店主のクラナ・ホステルです。何泊の滞在でしょうか?」
一つ結びにした髪を肩から前に流すようにしている女性は、おっとりとした雰囲気の人が良さそうな美人だった。あえて事情を尋ねてはこないが、バンシーIの白い仮面を付けた奇妙ないで立ちに、首を傾げて不思議そうにしていた。
「あの、一泊300Fからって書いてあったんですけど……」
「ええ、ただ泊まるだけなら300F、お二人なら二人部屋になるので600F頂きます。朝食付きなら一人500Fで、お二人なら1,000Fね」
「では……」
想次郎は革のポーチを開きながら答える。
「朝食付き二人でとりあえず一か月、30日間の宿泊でお願いします」
「えぇ!?」
想次郎の申し出に余程驚いたのか、終始落ち着いていた女性店主は声を荒げた。
「あの……本当……に?」
そう確認を口にする店主の言葉には、行間に「本当に払えるのですか?」と入っているのだろうなと、マイナス思考で自虐体質な想次郎は考えてしまった。
「あの、細かい持ち合わせがなくて、オウク紙幣での支払いで大丈夫ですか?」
実際には1,000Fフィグ×30日間分の、3プラム銀貨が財布に残っていることがわかっていた想次郎であったが、店主の反応に小市民ながら多少は見栄を張りたい気持ちが芽生えてしまい、強盗から奪われて残り1枚となったオウク紙幣を差し出した。
「えぇ!?」
店主は先程よりも大きな声を上げると、
「あわわわわわ……」
と両手をバタつかせながら実にわかりやすく慌てふためいた。
「ただいまお釣りをご用意しますので、少々お待ちをー!」
右往左往したかと思うと、そう言いながら暖簾の奥へ消えて行く店主。二人から姿は見えなくなってしまったが、奥の方で棚に頭をぶつけるような音と店主の短い悲鳴のような声が微かにカウンターまで届いた。
「ふふっ……」
不意に聞こえた笑い声。聞こえた方を振り返ると、仮面姿のバンシーIだった。
図らずも、この店主とのやり取りが彼女に笑顔をもたらしたことに嬉しくなった想次郎も口元に笑みを作るが、視線に気付いたバンシーIが仮面の穴から射殺すような視線を返してきたので、瞬時に真顔になる。
「すみません」
と、小声で謝罪をしておく想次郎であった。
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【貨幣】
オウク紙幣
カイアス公国をはじめ世界を牛耳る3つの大国間で共通で使用され、貨幣の中でも最大単位の紙幣。最大単位の貨幣に、一見すると一番偽造され易そうな紙を使用しているが、流通する一枚一枚には強力な魔法が掛けられ、偽造しようする者を瞬時に割り出す仕組みが備わっている。紙幣に描かれるモチーフは手の形をした不気味な燭台型の神器、「栄光の手」。
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