第11話
「アーイさーん!」
街から出た想次郎が茂みに向かって声を掛けると、ひょこっとバンシーIが顔を出した。
「…………なんです? その有様は」
そして想次郎の顔を確認するなり怪訝そうに眉を顰める。想次郎の顔の至る所には青あざができており、唇の端は切れて血が滲んでいた。
「ははは……、色々ありまして」
「そうですか」
バンシーIは心底興味がなさそうな様子でそう返すと、それ以上訊こうとはせず、代わりに「ん」と手を差し出す。
想次郎は地面に置いた服屋の包みを開くと、購入した服を手渡した。
「覗いたら噛み付きますから」
そう言い残して、バンシーIは服を片手に再び茂みの中へ入っていった。
数分後、茂みの中からバンシーIが姿を見せる。
その姿を見た想次郎は、感動のあまり言葉を失った。
「どうです?」
「どどどど、どう……って?」
不意に感想を求められ、我に帰る想次郎。
「ですから、これ」
想次郎が選んだのは漆黒のドレス。装飾自体は少なく、ドレスと呼ぶには
少々控えめなワンピースだった。漆黒の衣装にさらりとした銀髪がよく映える。
「控えめに言って、最高、いや、最強です」
「なんですか、その感想は」
バンシーIは呆れたように溜息を吐くと、
「まあ、悪くないでしょう」
とそっけなく評価を下した。
しかし、全く笑みを見せずツンとした様子の表情である反面、裾を摘まんでその場でくるりと身体を捩じらせながらスカートをはためかせ、服の細部まで確認していた。
予想以上に高評価だったらしく、まんざらでもない様子だ。
「あ、あと! こんな物も買ってみました!」
バンシーIの様子に安堵した想次郎は、思い出したかのように服屋の包みから残りの品を取り出す。繊細な刺繍の施されたロンググローブ(肘の辺りまで長さがある薄手の手袋)と、目の位置だけに穴が開けられた白い仮面だった。
「その服、腕が見えてしまってますから、このロンググローブで隠した方が良いと思います。それとこの仮面、顔はこれで隠しましょう」
白い仮面に関しては、想次郎がこの世界に転移する前からゲーム内で見知っていたアイテムで、実は店へ行く前からもし見つけたら購入しようと、想次郎があたりを付けていたものであった。
ゲーム内におけるアイテム名は〝沈黙の仮面〟で、装備者は魔法使用不能になる反面、対人戦時に〝
オフラインでシナリオクリアを目指すのみならば何の有用性もなく、間違いなく縛りプレイ専門のゴミアイテムなのだが、顔を隠す用途としては丁度良かった。
「ふん……」
その仮面だけは気に召さなかったのか、バンシーIは少々不満げに仮面を付けた。身に付けた物のお陰で、アンデッド特有の継ぎ接ぎの肌は完全に見えなくなった。
想次郎は今、「見惚れる」とはこういうことを言うのだと自覚した。
その出で立ちは上品な貴婦人を思わせる。
肌の露出は少ないが、それでも布なんかでは隠し切れない箇所はしっかりと主張している。無機質な仮面の所為で表情はわからなくなってしまったが、これはこれでミステリアスな魅力があると想次郎は思った。
「さ、さあ。行きましょうか。もう夜になりそうですから、泊まれる場所を探しましょう」
「ええ」
バンシーIは仮面の所為で少々くぐもった声で応える。
想次郎は、返事を確認すると、街へ向かおうとする。
「…………。そーじろーさん」
「は、はいっ!」
急に名前を呼ばれ、想次郎は躓きかけながら上擦ったような声を上げた。
バンシーIは律儀に仮面を外すと、
「ありがとうございます」
そう言って、小さくお辞儀をした。相変わらず口角は全く上がっていなかったが、想次郎の見間違えでなければ、その目元には多少の優しさが滲んでいる気がした。
「い、いえ……そんな……」
この世界でも酷いことばかりだったが、彼女が初めて自身の名前を呼んでくれた、その事実だけで、今日身に降り掛かった様々な「酷いこと」が帳消しになる気がした想次郎であった。
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【装備】
アクセサリC2:沈黙の仮面
装備者は魔法が使用できなくなる。また、敵からの情報開示系統の魔法を一切受け付けなくなる。
苦しみ悶える棄教者に対し、神は沈黙を貫いた。救いを渇望する者に対する無情な沈黙は、それでもまだ棄教者の苦悩が罰には遠く及ばないことを示し、またそれは背教者としての烙印でもあった。
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