第14話

 隣の浴室で想次郎が自身の肉体の変化に戸惑っているちょうどその頃、バンシーIも湯船に浸かっていた。


 長い髪が湯に浸からないように後ろで編み込むようにして束ねている。


 人間だった頃によくやっていた束ね方だが、アンデッドになった今でも指が覚えているようで、何の迷いもなく髪を整えてから妙な気持ちになった。


 お湯を通して見える自身の身体。歪に継ぎ接ぎされた肌。最早どこからどこまでが本来の自分のモノなのか、判別が付かない。


 この街の様子は彼女の知っている頃の街からずいぶんと様変わりしていた。彼女が確認できたのは入口からこの宿までの道中だが、それでも彼女が最後に見納めてからかなりの年月が経過したことが容易に想像できた。


 彼女自身、どうして今更人間だった頃の記憶と感情が戻ったのかわからない。


 加えてあの少年。心がまだモンスターだった頃の記憶も、断片的に薄っすらとだが残っている。とにかくあの暗い地下の空間を宛てもなく彷徨い続ける日々。そんな中、毎日会いに来る一人の少年。


 毎日毎日、会いに来ては反応のない自身に向かって楽しげに何かを話す少年。


 微睡みにも似た薄い意識の中で、何かを返そうと口を開けば、出るのは言葉にならない醜い呻きのみだった。


 懲りずに甲斐甲斐しく通い続ける少年に対して抱くのは少しの疑問と焦燥と……。あとは殆ど人間の肉を貪りたいという化け物の欲求に支配されていた。


「どうして、こんなわたしを……」


 水面に映るすっかり変わり果ててしまった自身の顔に向かって独り言つ。


 一人になって急に泣きたい気持ちが込み上げてくるバンシーIだったが、ばしゃりと水面の顔を掻き消し、無理矢理弱い気持ちを抑え込む。


「……ダメ。こんな所でわたしが泣いたら大変なことになっちゃう……」


 バンシーの能力としてその声が凶器となることは、バンシーである彼女自身が一番わかっている。


 今は過去のことを考えている場合ではない。〝これからどうするか〟それが大切だ。そう心に刻んでバンシーIは風呂を後にした。





 バンシーIが部屋に戻ると半裸状態の想次郎が鏡の前で自身の姿を眺めながら笑っていた。


「…………」


 バンシーIは仮面を外し、冷たい視線で半裸の少年の方を一瞥すると、ベッドに腰掛けて髪を備え付けのタオルで拭き始める。


「あ……」


 バンシーIの存在に気付いた想次郎は顔を真っ赤にして固まる。バンシーIは依然として無言だ。


「何か言ってください!」


 空気に耐え切れず想次郎が切り出すと、


「どうぞ。わたしのことは良いですから続けて」


 とだけ返し、バンシーIはわざとらしく顔を背けた。


「つ、続けませんよ!」





「そろそろ寝ましょうか」


 室内の時計で時刻を確認するとすっかり深夜だった。


 隣のベッドに腰掛けるバンシーIに想次郎が声を掛けると、


「…………。そうね……」


 と、少々歯切れの悪い返事が返ってきた。


 そのことを訝しく思いながらも、想次郎は先にベッドに横になる。


 身体をベッドに落ち着けると、想次郎は自身が酷く空腹であることに気が付いた。


夕食を摂っていないので無理もない。朝食は出るらしいが、ある程度の食料は調達しなければと、想次郎は仰向けになりながらぼんやりと考えていた。


 想次郎がバンシーIの方へ目を遣ると、彼女はまだベッドに腰掛けたままだった。窓の外の月夜を眺めている。


 月明かりに照らされた彼女の長い銀髪はきらきらと輝いており、想次郎は素直に綺麗だと思った。


 ふと、彼女の黒いドレスの先から出た白い足が想次郎の視界に入った。その足は所々傷だらけで痛々しかった。そこで「何故気付かなかったんだ」と、自分を責める想次郎。彼女は廃墓地からずっと裸足だった。


「アイさん」


 月夜へ向いていた視線が想次郎の方を向く。


「明日、靴を買いに行きましょう」


「…………。ええ……」


 相変わらず返事は簡素なものだった。


 食料に靴。考え始めると生活に必要なものが色々と想次郎の頭に浮かんでくる。


 明日は買い物に出掛けようと心に決め、想次郎は目を閉じた。


「おやすみなさい、アイさん」


「…………」


 やはり返事がないかと思われたが、少し間があって、


「…………おやすみなさい」


 そんな囁きに似た小さな声が返って来たので、想次郎はベッドの中でひっそりと微笑んだ。







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

雷属性C1:エクレイル

対象一体へ雷属性弱ダメージを与える。

怒れる神が放つ白き閃光は過ちを犯した者を焼き払う神罰であり、同時に残された地に新たな生を育む為の力となった。人が顕現する力は神のものと比べるべくもなく矮小だが、それは主への強い憧憬と情念の証でもあった。

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