第133話:当代の剣聖

 それは、唐突に現れた。

 加速を続けアンジェリーナらの後を追うリディルの眼前に、大きな牙をむき出しにしたドラゴンが襲いかかる。

 咄嗟にリディルは、減速せずに体勢をぐるりとひねるだけで回避し、そのまま[貪る剣]でドラゴンの首を切り裂いた。


 しかし、剣は空を切り、リディルは一瞬考え、即座に結論を出す。

 半透明な、姿。ドラゴンの視点は、リディルでは無く別の者を見ていた。

 ならばこれは、メリアドールと[翼]の彼が遺跡で見たとかいう、現象。

 無視で良い。

 同時に、リディルと同じ情報を得、同じ判断を下したルーナはすぐ後方に迫っていることも知覚していた。


 鎧の単純な性能比ならば、ルーナのものが上なのだろう。

 もうリディルは、自分の鎧が本来は戦闘用で無いことは気づいていた。


 しかし、状況は変わらない。

 ルーナからじわりじわりと距離を詰められながらも、進むしか無いのだ。

 そしてついに、ルーナの剣がリディルの体を掠めた。

 咄嗟に身をよじり回避するも、ルーナの剣技は容易くいなせるようなレベルでは無い。

 この短時間で、良くここまで――。

 それは、感嘆の気持ちでは無く、怒りと苛立ちであった。

 ルーナが剣をリディルの頭上に振り下ろす。

 咄嗟に[貪る剣]で受け、叫んだ。


「ルーナちゃんは、戦いをする人じゃないでしょ!」


 同時に、自分の心は泣いているように感じる。

 そうせざるを得ない事情で、こうなってしまった自分の姿とルーナを重ねてしまったのだ。

 それは大きな隙を生む。

 しかし、ルーナも言った。


「お前がそうさせたんだろうが!!」


 我を忘れたルーナはリディルを蹴り飛ばす。

 リディルの鎧よりもパワーのある蹴撃に、


「うっ」


 と息を詰まらせるリディルであったが、そのままの勢いで反転し、ルーナから距離を取る。

 ルーナは慌てて追いすがるも、もう遅い。

 同時に、再生される記憶の中の騎士が言った。


『くっそ、数が多い! ベル、ガラバ!』


 ちょうどリディルと並走する形となっていたベルヴィンが、右手に持つ[魔導ライフル]に似た、やや大型な旧式兵装をドラゴンに向けた。

 手元で何かを操作する。

 恐らくは安全装置のようなものを外したのだろう。

 そしてすぐに、[魔導ライフル]から嵐のような射撃が繰り出された。

 その全てが群がるドラゴン一体一体へと正確に吸い込まれていく。

 ベルヴィンの背後に回り込んだドラゴンを、振り向きざまに撃ち抜く。

 そのままの流れでベルヴィンは宙返りをし、途中で三体のドラゴンを葬った。

 標的をビアレスへと変えたドラゴンは、ガラバが切り捨てていく。


 ふと、リディルは思う。

 ガラバの戦い方は、間違いなく今に伝わるガラバ流の動きだ。

 その始祖であることに疑いようは無い。

 だが、ベルヴィンの動きは――。

 違う、と感じる。

 もっと大きな、違和感と呼べる何かかもしれない。

 何かが、ただただ異質なのだ。


 十一番隊の面々は、皆魔法や剣を巧みに使う。本当に最強の隊だったのだと目で見て理解できる。

 その中で、ビアレスが一歩劣っているように見えるのは、彼が〝次元融合〟の先の戦士だからだろう。

 持ち得る概念が、此方側の者たちとは大きく違うのだ。

 ベルヴィンの頭上から襲いかかったドラゴンを、ビアレスの[魔導ライフル]が撃ち抜いた。


『何だぁ貸し一つか!? なあ!』


 楽しげに笑う彼に、ガラバが苦笑気味に言った。


『ベルは照準をつけていたよ』


『ん、んなこたぁわかってんよ! 言ってみただけだっつの!』


 確か、戦争後期の時代には障壁の技術が発達し、声を通じて会話ができるようになっていたはずだ。


『とにかく、本丸を抑えんだろ! [オルドゥーム]ってやつが言うには、ここがくそったれ[翼]野郎が無理やり蘇らされたとか、そういうことをなぁ!』


 すると、後方でやや大型の[魔導アーマー]に乗っていた騎士が言った。


『だ、だがビアレス卿! 敵の言うことを信じるのか!』


『だぁれが信じるかァ! でもなぁゼラーナ! 俺たちは今勝ってて、色んなもんを奪い返して、そうなりゃあ我が身可愛さの裏切り者くらいは出てくんだろ! たぶんな!――バストール! そっちは!』


『掃討、完了しました!』


『やるぅ!――ゼータんとこは数減ってっからな……後から来るオルステッドと、マリーの通り道くらいは――ボズンとこは!』


『な、なんとか!』


『無理すんな、テメェの新しいアーマーなんたらは今日が初陣なんだかんな。――見えた、石見てえなでっけえ木! うははは! 汚ったねえな!』


 同時に、リディルも目的の遺跡を目視する。

 既に、アンジェリーナたちは侵入した後のようだ。

 ビアレスが言うように、天を貫くほど巨大な石造りの木が見える。


『良くわかんねぇな! なんだありゃ!?』


 すると、すぐにバストールが並走し、言った。


『元々は、〝次元融合〟の鍵、この地と[新界]を繋ぐ役目があったと……その――』


『[オルドゥーム]が言うには、そのようだな』


 と、ガラバ。


『当てになるんですか?』


 ボズンが訝しげに割って入ると、ビアレスは鼻で笑った。


『さぁな。ま、やばくなったら逃げようぜ、[オルドゥーム]を盾にしてな?』


 皆が苦笑し、ふと、ビアレスがベルヴィンを見て言った。


『だが本当に〝次元融合〟の鍵ってんなら……帰れるかもしんねぇな、俺たち』


 一瞬、リディルはその視線の先に気を取られた。

 ベルヴィンがどこか弱々しく、さみしげに答えた。


『……ああ、そうだな』


 それは、[翼]の彼の、良く似た息遣いだった。

 違和感が、形になっていく。

 何かを……大事な何かを、見落としている気がする。

 ベルヴィンの、息遣い――。

 そして思考の海を、怒声が引き戻した。


「ゲ、イ、ル、ム、ン、ドぉ!!」


 振り下ろされた剣を、リディルは[貪る剣]で無理やり受け切る。

 同時に思う。

 ガラバと、ルーナの息遣いは似ている。

 そして、ルーナはこの状況を理解できているのか? と。

 ……おそらくは、理解したくても、できないのだろう。

 困惑が、動きに乗っている。

 リディルは迷いの生じたルーナの剣を容易くいなし、そのまま彼女の腕をひねり上げた。


「あ、うっ……」


 ルーナは痛みで悲鳴を上げる。

 今まで、痛い思いをしてこなかったのだ。痛みへの耐性は人一倍少ないだろう。


「ルーナちゃん、良く見て。ビアレスと、[ハイドラ戦隊]と、ドラゴンが一緒に戦っている。だから、良く考えて。本当は、誰が[支配]されているのかを」


「……で、でも。[王]は、ずっとみんなと一緒だった。あたし、覚えてる……! みんなと遊んで、のけものにされてたあたしを、誘ってくれて……助けてくれた!」


「……わかった。なら、あたしはルーナちゃんともう戦わない」


 そのままリディルは[貪る剣]を鞘に戻す。

 ルーナは咄嗟に剣を構えるが、リディルは構わず兜のバイザーを上げ、素顔を見せた。


「ルーナちゃんに、あたしは斬れない」


「ば、馬鹿にして……!」


「あたしも、ルーナちゃんを斬れない。友達だから、そんなことは、絶対にしない」


 真っ直ぐに言うと、ルーナは狼狽え、苛立った様子で剣を構える。


「じゃあ何で裏切ったの! [王]を捨てて、魔人についた!」


「[支配の言葉]のことは聞いてるはずでしょ」


「だ、だから、わたしは、みんなを[支配]から解こうって――」


「ガラバ流、頑張ったんだね。ルーナちゃんは、今まであたしが戦った人の中で一番強かった」


「――そんなこと……」


 剣を向けながら、ルーナはおもむろに兜のバイザーを開けた。

 彼女は泣いているように見えた。


「……今、言われたって――」


「あたしは、ルーナちゃんの邪魔はしない。ルーナちゃんが望むのなら、アンジェリーナちゃんの邪魔もしない」


 そう言って、リディルは踵を返し石の大木を見上げた。

 頭頂が見えないほど高く、しかしリディルはそれを美しいとは思わなかった。

 リディルにとって大事なのは、戦いに利用できるか否かである。

 だからルーナに向けた言葉も、本心であるものの別の目的もある。


 ――ルーナは本当に強い。


 だから、今無理にルーナを連れて内部に突入するよりも、あえて時間を取り距離を置くべきだ。

 とは言え、完全に戦闘から遠ざかってやるつもりもない。

 リディルは何よりも、メリアドールを取り戻すことのほうが大事なのだ。


「ルーナちゃん、行くんでしょ」


 リディルは遺跡に進路を取ると、ルーナは剣を向けたまま、


「ま、待って、私も……」


 と慌てて続いた。


 ――所詮は、付け焼き刃。


 リディルの中の冷徹な部分が、冷ややかにそう言った。

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