第132話:空を覆う歴史

 突如として空中に半透明なドラゴンの群れが現れた。

 あるドラゴンは暴れ狂い、灼熱の[言葉]を連射する。

 あるドラゴンは竜巻を起こし、あるドラゴンは雷鳴を呼んだ。

 だがそれら全ては実体を持たず、それどころか景色が透けて見えている。


 これは、何だ――?


 ザカールは思わず距離を取ると、背後から忘れるはずもない男の声がし、ぎょっとする。


『突っ切りゃあ良いんだろ! このままなぁ――!』


 咄嗟に〝雷槍〟を詠唱し身構えるも、その声の主――大昔の鎧に身を包み、背部と脚部から[魔導推進装置]の輝きを煌めかせたビアレスは、後に続く五人の騎士たちに激を飛ばす。


 これは、何だ――。


 ザカールは〝雷槍〟の照準をビアレスにあわせたまま、彼の軌跡を追う。

 ビアレスに迫るドラゴンたちを、ガラバが屠り、更に付け狙うドラゴンたちを他の十一番隊の面々が虱潰しにしていく。


 その中でも一際巨大な、丸い何かがいた。

 あれは、戦争の後期になって現れた、千年前の小型[魔導アーマー]だ。

 騎士たちの簡易母艦の役割を果たしながら、武器庫でも有り、火力支援まで行う新兵装だった。

 それでいてドラゴンの体躯よりも小型であり、聞いた話によればガソリンエンジンと呼ばれる知らない代物を使っていたとか――。


 小型[魔導アーマー]からハリネズミのような砲撃が一斉に行われる。

 それでも、ドラゴンたちはビアレスの姿を確認すると、一斉に牙を向き、立ち向かった。

 そして――。


 同時に、七体のドラゴンの胴体に大穴が開けられた。

 即座にドラゴンたちは応戦しようとするも、ガラバの刃が首を切り飛ばす。

 更に八体ほどのドラゴンが、一人の騎士が持つ[小型魔導砲]によって貫かれ、墜落していく。

 ビアレスがその騎士に向け、叫んだ。


『よぉし、突っ切るぞぉベルヴィン!』


 すると、ビアレスが[魔導推進装置]を全開にし一気に加速する。

 その先にいたドラゴンたちをベルヴィンが[小型魔導砲]で正確に撃ち抜いていく。

 その射撃の早さは凄まじく、まるで津波に飲まれたようにドラゴンたちが魔力の塊に貫かれ、沈んでいく。


 あれが、先の大戦で最も多くのドラゴンを屠った、最強のドラゴン殺し。

 同時に、疑問が浮かぶ。

 ……その歴史は、今の世に残っていなかった。

 何故だ?

 これほどの戦果を上げたのならば、英雄だろう。

 ビアレスはそれを無碍にするような男では無い。

 優遇されようと、皆が納得するだけの戦果を上げている。

 千年後の今の世においても、名家として続いていておかしくないほどの、功績。


 だが、ここでようやく己の失態を呪った。

 あまりにも長く、ザカールは、幻に囚われてしまっていたのだ。

 ザカールは慌てて〝魔法障壁〟を張り巡らし、現実の戦い、すなわち[紅蓮の騎士]の姿を探した。

 しかし――。


 [紅蓮の騎士]は、眼下の大地で片膝を尽き、苦しげに呻いていた。

 どろりと彼の赤黒い装甲が溶け、ぼたりと地面に落ちると灰のようにぐすぐすと消失する。


 ――この現象と、連動をしているのか……?


 つい先程までは、数の力でドラゴンに対して優勢だった新生[ハイドラ戦隊]の艦隊は、突如として現れた半透明なドラゴンたちに向け、無意味な攻撃を繰り返している。

 対して、ドラゴン側の混乱は少ないように見える。


 ある程度は、想定済みなのか……?

 あるいは、この現象の正体を既に知っている、か。


 空中を舞う現実の騎士たちが、何者かの攻撃かと慌て、幾つもの半透明なドラゴンに向けて〝雷槍〟を連射する。

 だが放たれた稲妻はすべて素通りした。

 自分の全く知らない何かが、この地に封印されていたというのか……?

 ドラゴンが、それを許したというのか……?

 いいや、違う――。

 ザカールは深く考え、確信に至った。


「――[揺り籠]の記憶か!」


 どうやったかはわからないが、彼らは[揺り籠]に封じられていた大地の記憶を読み取り、今、再生しているのだ。

 それはザカールですら知らぬ、想像もできぬ未知の技術。

 同時にそれは、この世で起こったありとあらゆる事象をこの目で体験できるということでもある。

 少なくとも、この千年でビアレスが何をしたのかを――。


 眼下の[紅蓮の騎士]の姿はどろどろと溶け、人の姿を保てなくなる。

 そのまま[紅蓮の騎士]はヘドロのようになり、大地に溶けていった。

 しかし、とザカールは考える。

 世界に、同時に現れた[紅蓮の騎士]。

 本体が、どこかにいるはずだ。

 いや、全てが本体という可能性もある、か?

 ならば最後の一体まで屠り続ければ、滅びるのだろうか。

 それもまた、興味の対象であるが。


 しかし、これは好機である。

 今、空は現実と幻の戦いで入り乱れている。

 混乱に乗じるのならば、今しかあるまい――。

 ザカールはほくそ笑み、自らの体を砂へと変え、風に舞うようにして[オルドゥーム遺跡]を目指した。

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