第124話:竜の次元へ

「ではトラン殿! そちらは任せます!」


 最後に現れたブランダークが[グラン・ドリオ]から覗くトランたちに手を降った。

 すぐに彼は振り返り、


「失礼、遅れまして」


 と頭を垂れた。

 [遺跡]の内部に向かうメンバーはミラベル、リディル、メスタに加えて女王とブランダーク、ミラベルが使役するドラゴン二匹となる。

 であれば、とミラベルは考える。

 トランが残った本当の理由は、艦に残るジョットをケルヴィンたちと共に守る為だろう。

 流石にこれからの未知に対して、全ての鍵をもって挑むのは不用心と判断したのだろうか。


 ともあれ、ミラベルは一度上空を巨大な影となって覆う旗艦[グラン・ドリオ]に目をやり、不思議な気分になる。


 自分の名を冠した艦。

 しかしそれが守るのは、グランドリオ家でもなくガジット家でもなく、本物の血筋。

 ――[魔術師ギルド]で味わった嫌な思いはなんのためだったのだろう。

 徒労感がミラベルの胸の内を襲うのは、きっと先が見えないからだろうと結論づける。

 弱気になっているから、些細なことで落ち込むのだ。

 両手でぎゅっと髪を髪上げ、ミラベルは小さく強く息を吐く。

 ふと、ウィンターが[グラン・ドリオ]を見上げ言った。


「凄いものだ」


 すると、耳ざとく聞いていたバーシングがぐいと顔を寄せる。


「どういう原理で飛んでいるのか検討もつかない。ザカールが言っていた空力だとかを無視しているな?」


 バーシングはずっと興奮しっぱなしだったが、ウィンターは逆に呆れているようだ。


「……まだ力を貸してやると決めたわけでは無い」


 ウィンターはバーシングとは違う。まだ決めあぐねているのだろう。

 というよりもバーシングがおかしいだけだ。


「ああ、わかる。お前は慎重なやつだからな? 助かる」


 ウィンターの眉間にぎゅっと皺がよった気がした。


 ――大丈夫かこいつら……。


 ミラベルたちは、ドラゴンですらも見上げてしまうほどの巨大な扉を開け、遺跡の中へと入る。

 最初の印象は、まるで教会のようだ、であった。

 いくつもの古びた祭壇と、最奥に漆黒の竜の頭部をかたどったレリーフが飾られており、この遺跡は礼拝のためのものなのか? とミラベルは推察する。

 だが、よくよく見れば壁一面にドラゴンの頭骨が埋め込まれており、教会でなく墓所なのかもしれないと思いあたる。

 しかし――不死のドラゴンに、墓所とは奇妙なことである。

 バーシングが言った。


「懐かしの、[オルドゥーム遺跡]」


 一同が振り返り彼を見る。

 そして、バーシングが真っ直ぐに女王を見据えていることに気づく。

 知っているのかと問え、と言っているのが丸わかりだった。

 すると、女王は穏やかに微笑み、言った。


「ドラゴンの墓所であり、同時に揺り籠でもある」


 女王は視線を壁にいくつも配置されたドラゴンの頭骨に向けた。

 壁に掛けられているドラゴンは、飾りではない。

 全てが、まだ生きているのだ。

 そして復活の時を待っている。

 魂が癒やされ再び肉体に戻るのを、何百年も掛けて待っているのだ。

 ふと、ミラベルが口を挟む。


「……こんなに、たくさんの――」


 ウィンターが忌々しげに言った。


「この中の殆どが、ビアレスの十一番隊にやられた。魂を封印され、戻ることのできない者たちの躯」


 ミラベルは小さく、


「躯――」


 と呻く。

 女王がバーシングを見、言った。


「そうですね、バーシングさん?」


 バーシングは一度目を細め、口元を歪めて言った。


「くすぐったい物言いだな?」


「おい……」


 ミラベルが肘でぐいと小突くと、バーシングは笑った。


「まあ待て。その表現と考え方は正しい。だがな、まずは注意深く観察せよと御老体、ザカールはいつも言っていた。……小言が多いヤツでな? あれは確か、出会ってから二百年くらい経った頃だったか……」


 ミラベルが彼を靴のつま先で乱暴に蹴る。


「せっかちな主だ。待てと言った」


 そのままバーシングはぐるりと見渡し、最後に中央最奥の祭壇前にある奇妙なサークルを視界に入れる。


「……俺はあの造形を知らない」


 女王が一度考え、言った。


「中心の黒いドラゴン。あれは[古き翼の王]に見えます」


「うん? ああ、そっちか。あれは無関係だ。千年前からそこにあるものだ。ただの偶像だよ。古いドラゴンたちはあれを崇めていたようだが――」


 そこまで言いかけたバーシングははっと表情を改めると、不気味なほどの笑顔になった。


「女王よ、俺は今お前の知識の上を言ったな? ハハハ! やったぞ! 良いか女王よ、良く聞け、俺は施しは受けない! 対価は払う、それはドラゴンとしての誇りだ」


 お前いい加減にしろよとミラベルは思い切りバーシングの首を蹴る。

 だがバーシングは無視して、それどころかろくに警戒せずサークルの中心に向かって歩きだした。

 ミラベルは慌てて止めに入る。


「ちょ、ちょっと!」


 だが、バーシングはそのまま歩きながら言う。


「罠かもしれんと考えているのだろう? だがそれは定命の考え方だ。不滅の我らは罠なら受けてから考える。意外と楽しいものだ。――ミラベル卿、お前は来ないのか?」


「は? なんで?」


 突然振られたミラベルは嫌そうな様子を隠そうともしない。もう彼女の中でバーシングの立ち位置が下の下辺りに確定してしまったのだろう。


「お前はもう、首が飛んでも死なない体になったのだ。ならばもっと状況を楽しむべきだ」


 ミラベルは、


「意味わかんねぇ」


 とつぶやいてから言う。


「そのつもりは無いので」


「まさか、[司祭]になってから一度も死んでないのか? 物好きな奴だ……。――何も起きないな」


 サークルの中心で、バーシングは首をかしげる。


「ドラゴンだけでは無いのか? ビアレスも、ここに手を加えたのか? やはりミラベル卿、お前も来い。ビアレスの血統が必要なのかもしれん」


 ミラベルは小さく舌打ちをし、一歩前へ足を進めた。

 ふと、カルベローナが咄嗟に彼女の服の裾を心配げに掴む。

 カルベローナが何かに怯えるように小さく首を振る。

 リディルがサークルの中心に向かいながら言った。


「[リドルの鎧]の[フィールドバリア]が効いてるし、あたしが行くね」


 バーシングが言った。


「その鎧、御老体がとても興味を持っていた。……どんなものなんだ? 俺にだけこっそり教えてくれ」


「ちゃんと言うこと聞いてくれたら教えてあげるね」


「――! ああ、わかった、聞こう。……待て、[言葉]のざわめきを感じる」


 リディルがサークルの中心につくと、漆黒の波動が一帯を駆け巡った。

 バーシングが長い首をぐるりと巡らし、周囲を注意深く観察しながら言った。


「鍵が、開いたようだ。〝次元融合〟を行える。……使えるものはいるか?」


 皆の視線がミラベルに注がれると、彼女は慌てて言った。


「い、いや流石に無理ですって。閉じることならできますけど……開くのは無理です」


「閉じられるだけでも大したものだ。――では[言葉]による〝次元融合〟ならばどうだ?必要ならば俺が教えてやろう。だがなミラベル卿、これは非常に強力な[言葉]だ。相応の対価が必要だ。意味までは解析できていないのだろう? 御老体が言っていたぞ」


 と、バーシングは凄んだ笑みを浮かべる。

 それは一応事実である。

 〝次元融合〟の[言葉]がディサー・ゲインであることは[魔術師ギルド]の歴史で学んだ。

 意味が解明されていないということも。

 しかし――。

 ミラベルはふと、女王の表情を伺う。

 彼女は静かに目を閉じ、言った。


「私が開きましょう」


 バーシングが怪訝な顔になる。


「……人の王が、我らの最も強大な[言葉]を使うと言ったのか?」


 そこにはどこか、嘲るような色が含まれていたが、彼と繋がった故にわかる感情には期待と怯えがあった。

 女王がサークルの中心に向け歩みながら言う。


「多くの未知、過去が明らかになったとしても、その先の――[未来への遺産]について、我々は何も知らないのです。厳重に隠され、鍵を遠ざけなければならなかったもの。ザカールのこと、[古き翼の王]のこと、[イドルの悪魔]のこと。……その始まりを、知らなければなりません」


 そして女王はサークルの中心に立つ。


「この先に何があるのかを、我々は知りません。その知識を、ビアレスは残しませんでした。ですが、誰が待っているのかは記されてあります。『再び[古き翼の王]が蘇った時、最北の地にて、最後の友が我らを待つ。名を、[古の賢者(オルドゥーム)]。ドラゴンの長にして、最後の守護者』」


 おもむろに、バーシングが呻いた。


「オルドゥーム、が……ビアレスの、友――? ビアレスはドラゴンを、信じたのか? あれ程の戦士が――」


 彼の言葉の意味することはわからない。

 価値観が違うのは当然のことだが、生きていた時代も違うのだ。

 おおよその想像はできても、ドラゴンたちに滅ぼされた者たちの恨みの深さは計り知れないのだ。

 女王が言った。


「盟約は今、果たされます」


 やがて彼女は静かに呼吸し、サークルの中心で囁くように[言葉]を放った。


「〝次元・融合・世界・門・開放ディサー・ゲイン〟」


 [言葉]が力強い波動となって礼拝堂全体を駆け巡る。

 すると、サークルの中心から何かが解けていくように光が漏れ出した。

 バーシング、リディルがサークルから距離を取る。

 やがて溢れ出た光が、更にまばゆく瞬き、虹彩を放ちながら天高く伸び、雲の彼方へと吸い込まれていく。

 まるで光の柱だ。

 ミラベルはそんな感想を持つと、真っ先にバーシングが興奮した様子で言った。


「お、おお! 俺はこんなもの知らないぞ! それに、ドラゴンと、ビアレスの血統と、人の放った[言葉]! ビアレスはここまで予測していたのか!? ハハハ、これは良い!」


 そのまま彼はずいと前へ進む。


「どうした、行かないのか? 俺は行くぞ! お前たちが来ないのなら、一番乗りは俺で、知識は独り占めだ!」


 サークルの中心でバーシングの体がふわりと浮遊する。

 そのままバーシングは光の柱に導かれるようにして、天空へと消えていった。

 すぐに、リディルが続く。


「あたしも行くね」


 短く言うと、彼女も光の柱の中へと消えていく。

 女王が言った。


「成すべきことがあります。残る方々を止めはしませんが、わたくしは行きます」


 ミラベルも覚悟を決め、光の柱の中心に入る。

 すると体が浮き、そのまま上空へと導かれた。

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