第119話:裏切り者たち

「じゃ、始めますよ」


 [グラン・ドリオ]の巨大な格納庫にて。

 ミラベルは深呼吸をする。

 この緊張は、リディルとメスタ、ついでにカルベローナがいるからでは無い。

 女王と、ジョットもリディルらの背後にいるのだ。

 整備士たちは既に避難しており、作業を止められることに不満げな顔はしてはいたが。


 集中し、呼吸する。

 そして、ミラベルは皆が見守る中、囁くように、魔力と意思と意味を込め、言った。


「〝[赤い旋風リィーンド]、[荒れ狂う稲妻バーシング]、[知恵の狩人ウィンター]〟――来い」


 雷鳴が迸る。

 ミラベルの胸の中心から圧倒的な魔力の本流と、知らない感覚が吹き荒れ、それが魂の噴出なのだと理解した時には既に、三匹のドラゴンが対峙するようにして姿を表した後だった。

 メスタとリディルが剣を構え戦闘体制に入る。

 カルベローナはてんで駄目なのでまず戦うのならば彼女を守ることから始めなければならないだろうか。

 しかし、戦う前にできることがミラベルにはある。

 三匹のドラゴンが同時に跳躍する前に、ミラベルは叫んだ。


「〝動くな〟!」


 再び雷鳴がほとばしると、それは[言葉]となってドラゴンたちの動きを束縛した。

 ドラゴンのうちの一匹、リィーンドが忌々しげに言う。


「小娘、貴様、ごときが――!」


 こういう時は、虚勢を張れ。

 姉の――本当にギネス家の子孫の言葉を思い出し、ミラベルは凛として言った。


「お前達の力は既に、我がものとした!」


 だが、リィーンドはなおも抗おうと巨大な翼を広げようと力を込める。


「貴様ごときが、我らを縛れると思うな!」


 ミラベルは言う。


「我が力となった! ザカールでは無い! 私が、お前たちの魂の、主である!」


「惨たらしく殺してやる!」


 リィーンドが言うと、ウィンターも続く。


「お前ごときが、ザカールを越えられると思うな……! 我らを、御せるなどという、思い上がりを……!」


 そして、最後にバーシングが言った。


「俺は別に良いぞ!」


「ああ?!?」


 リィーンドとウィンターが同時に顔を向け、絶句した。

 流石にこれは予想しておらず、ミラベルも思わず、


「え、あ? は!?」


 と変な声を上げた。


「俺は良いと言ったのだ。お前のことは知っている。ミラベル・グランドリオ。ザカールの宿敵、ビアレスの血統であり、御老体と同じく[古き翼の王]の[司祭]」


「バーシング、貴様! 裏切るのか!」


 リィーンドが烈火のごとく怒り狂い、ウィンターは「くああ……」と絶句し頭を抱えた。

 その様子を見て、バーシングは鼻で笑った。


「裏切る? リィーンド、やはりお前はあれだ」


「ああ!?」


「あれだ。待て、名前が出てこない」


「バーシング、貴様はザカールとの盟約を忘れ、反故にし、それどころかヤツの宿敵の――」


「ああ思い出した。やはりお前は、御老体の、ただの友達でしかないのだ」


「な、に――」


 リィーンドが押し黙ると、バーシングは言う。


「俺は御老体の、思想と言うべきか、やりたいことに賛同したのだ。ヤツの言う理想とか、世界とか、未来とか、それに興味がある」


 リィーンドが何も言えずに絶句すると、ウィンターが呆れた様子で言う。


「その結果、ザカールが死ぬことになるかもしれんぞ」


 すると、バーシングは深々とため息を付き、言った。


「人は死ぬぞ。何を言っているのだ」


「……そういう意味で言ったわけでは無い」


「いいや、そういう意味だ。御老体は、未来を成し遂げるのは自分じゃなくても良いと言っていた。だったら、我らを打ち倒して見せたこの娘でも別に俺は構わない」


「やったのはこれでは無い! あの剣聖とかいう、別の小娘!」


 リィーンドが更に激高するが、バーシングはまたため息を尽き、言った。


「リィーンド。お前は御老体のことが好きでありすぎる」


「からかうな!!」


「からかって無い。リィーンド、人は俺達とは違う。結束とか、力を合わせたりとか、分担とか、そういうのが得意な連中だ。だから、あの剣聖の力は、この娘の力でもある。仲間とか、そういう間柄なのだろう?」


 ウィンターが小声で、


「飛躍しすぎだ……」


 と絶句する。

 それをあざとく聞いていたバーシングはなおも言う。


「そう感じるところに、俺達が負けた原因がある。人は死ぬ。すぐに死ぬ。だと言うのに、自分以外の誰かのために命を投げ出せる、そういう気概をもった者たちがいる。……リィーンド、お前が御老体を庇ったのと同じことを、定命でありながらも人はするのだ。――ミラベル卿、俺は良いぞ。お前に従おう。俺の持つ知識と知恵と力を、お前のために使おう」


「え、あ、はい、どうも……」


 ミラはそれ以上の言葉を失い何も言えなかった。

 そしてそれは、残された二匹のドラゴンも同じようだった。

 バーシングが言う。


「リィーンド、お前は別に来なくて良いぞ。友は裏切れまい。お前は世界の未来ではなく、御老体と共にいることを望む者だからな。俺はそれで良いと思う」


 そしてそのまま首をウィンターに向ける。


「お前はどうする? お前は、あの物好きな御老体の結末を見届けたいのだろう?」


「……お前は行動的で有りすぎる」


「よく言われる。それで、どうする? 見るだけならば、こちらからでもできる」


 ウィンターはしばらく考え、しかし首を横に振って言った。


「ならばそれを行動で示せ」


 そして、ウィンターの体は煙となって消え、再びミラベルの体に吸収されていった。

 バーシングが言った。


「やったなミラベル卿。あいつはそのうちこちら側につくぞ」


「え、ええ……そ、そうですか……」


 こちら側て。

 こいつすでに仲間になった気でいるのか……?

 ミラベルはその強引さに少しばかり呆れる。


「だがリィーンドは無理だ。あいつは見ての通り、友情に熱いやつだ。こちら側には来ない」


「……はあ、そ、そうですか」


「だが見逃してやるわけにもいかん。お前の中に封印したままにしておけ」


「ええ……はあ、そうですか……」


 ちらと視界を向けると、リィーンドはまっすぐバーシングを睨みつけ、吐き捨てた。


「決して許さんぞ、バーシング」


 だが、バーシングは笑って言った。


「だろうな。だが御老体は笑って許すぞ? そうなれば、お前も渋々俺を許す」


 リィーンドは最後に攻撃的な咆哮をし、ウィンターと同じく煙となってミラベルの体に吸い込まれていった。

 すでにリディルは戦闘態勢を解き、退屈そうにしている。

 ミラベルも、メスタも、いつもうるさいカルベローナですらも何も言えず唖然としていると、バーシングは遠慮なくぐいとミラベルのそばに顔をよせた。


「ああは言ったがな、リィーンドはやはり情に熱いヤツなのだ。お前と長くいれば、そのうち手を貸す。そういうヤツだ。――で、何が知りたいのだ? 俺の見たこと、聞いたこと、知っていることくらいならば話そう。だが気をつけろ? 俺が騙されていることや、勘違いしていること、思い込んでいることもある。そしてそれが俺自身ではどれなのかはわからない」


 そりゃそうだ、とミラベルは冷静な部分で思うも、現実に少しばかりついていけず、


「そ、そういうこと、ありますもんね……」


 と返すので精一杯だった。


 ――というかなんでコイツらいきなり仲間割れしてんだよ。


 と言いたいのを万力で堪え、まずは何を聞くべきか……。

 そもそも戦って従わせるものだとばかり思っていたので、質問の内容など全く考えて居なかったのだ。

 唐突にバーシングがリディルに彼に顔を向け、言った。


「剣聖! お前がそうらしいな、当代の! 驚いたぞ、俺だけでなくリィーンドにウィンターをあっという間に斬ってみせたその腕前は確かに剣聖と呼ぶに相応しいな!? ガラバの剣技に良く似ている、ヤツは強かった。一度か二度、御老体のやつも殺されたぞ。首を斬られてな! あれは早業だった……あれ程の剣士はそうはいまい。ヤツの剣技がしっかりと受け継がれていて、俺は嬉しい」


 ――ひょっとしてこいつただのお調子者なのか?


 とりあえず勝手に口を滑らせるまで待とうか、とミラベルは考えてみる。


「ああそうだ、[古き翼の王]の体を奪った者はどこだ? 俺が今一番気になっているのはヤツだ。どこにいるのだ? ヤツの正体は検討もつかない。どうやったのだろう、気になるな……!」


 これは言って良いものなのか、とミラベルはちらと女王の顔を伺う。

 唐突に、メスタが真剣な表情で言った。


「彼をガラバと、呼ぶ人がいた」


 彼女の姿を見て取ったバーシングは、


「おお!」


 と声を上げる。


「お前は。御老体は言ってたぞ、お前はゼータそのものらしいな」


 すると、メスタは不機嫌な顔になる。

 彼女は、ゼータと呼ばれるのに迷惑しているのだ。

 教会やおかしな宗教からの誘いを、メリアアドールがどれだけ追い返してくれたかをミラベルは知っている。


「違う。私はメスタだ」


 彼女がぶっきらぼうに言うと、バーシングはあからさまにしゅんとした様子で肩をすくめた。


「何だ違うのか……。御老体はあれで思い込みが激しいからな。頭も硬い。すぐに人を信じる。困ったものだ」


「……ゼータの記憶は、少し、持っている」


「ほ、お……! そういうこともあるのか! ふふ、ならば今、俺は知識で御老体を一歩出し抜いたな? 確かに、お前とゼータでは似ても似つかない」


 少しばかり、メスタが驚いた顔になる。

 それは、当時を知る者からの以外な言葉だったのだろう。


「……そうなのか?」


 不安げに問うと、バーシングは力強く頷いた。


「そうだとも。顔立ちも違う。ゼータはもっと怖い奴だ。人の姿をしたドラゴン、と揶揄されていたようだが、俺からしてみれば違う。あれは獣だ。俺たちを狩りたくて狩りたくて仕方のない、怖い獣だ。あとは、そうだな……御老体の言葉を借りれば、御しやすい愚か者だったそうだ。たやすく挑発に乗り、他の者の足を引っ張る。そのたびに、ああ……[盾]だったか? 彼らが身代わりとなって死んだ。数を減らしたいときはまずゼータを狙え、と教わったものだ。[暁の勇者]の中で最も戦いやすい相手だと言っていた。だが――」


 バーシングはじっくりと、舐め回すようにメスタの姿を長い首で左右上下から見、言った。


「お前はそうはならないと見た。どうだ? 俺の見立ては正しいか?」


「それは――わからない。けど、私の質問に答えてない」


「ほら見ろ、そこだ。そういうところだ。メスタと言ったか? お前はちゃんと本質を見失わない。御老体は苦戦しそうだ」


「……で?」


 メスタは少しばかり苛立つと、バーシングが笑った。


「だが似てるところもある。そう答えを急くな。御老体はそういうところを突いてくるぞ?」


 メスタは更にイラッとした様子になるが、バーシングはなおも笑う。


「ガラバだったな? だがそれは妙だ。御老体が確かに殺したはずだ。――いや、待て。御老体が勘違いをしている可能性もある」


「殺したことを、勘違いしたのか?」


 バーシングが首を振る。


「そこまでは言ってない。だが、あれは決戦だったのだ。空を埋め尽くすほどの[飛空艇]と、そこから小バエのようにあふれ出てくる人間どもの連合、あちらについたドラゴンたち。そして、同数の我ら。決戦であり、乱戦。御老体が殺したのが本当にガラバだったのか……。死体の確認など、できる状況では無いはずだし……確か、御老体はガラバと相打ちに近い形となり、そこをビアレスに撃たれたと言っていた」


「相打ち……」


「俺が知っているのはそこまでだ。その場を見たわけではないし、御老体から聞いただけだ」


「その場にいなかった、というのは?」


 と、カルベローナ。


「言葉の通りだ。俺は通りすがりのガラバに、恐らくは何かのついでに殺された。奴は本当に強いぞ、何が起こったのかも、何をされたのかもわからなかった。――まて、あれは本当にガラバだったのか?」


「???」


 その場にいた誰もが困惑し、ミラベルは(何だこいつ馬鹿なのか)と頭を抱えそうになるのを懸命に堪えた。


「少し待て、記憶を整理する。……妙だ、ガラバは確かに最強の剣士だった。当代の剣聖よ、はっきり言うがお前が霞むほどに強い。ヤツこそが間違いなく最強の剣士。だが……俺は剣で斬られてはいないぞ。たぶんあれは[魔導ライフル]とかいうお前たちの武器の輝きだった。ガラバはそれを好んで使いはしなかった」


 メスタの眉間に皺がよる。

 苛立っているのか、何かを考えているのか、あるいは両方か。


「……十一番隊のことを、覚えているか?」


 メスタが問うと、バーシングは当然だと言わんばかりに頷いた。


「ビアレス、ガラバ、ベルヴィン、ボズン、バストール、ゼラーナ。忘れるはずが無い。奴らは常に、我らの最重要目標だった。散り際を見れなかったのが残念だ……弔ってやれればよかったのだがな」


「彼らの、印象は……?」


 またメスタが問う。

 ミラベルには、メスタがその問題に固執しすぎているように思えた。

 だが女王は静かに彼らの会話を聞いているだけだ。


 ――何か、意図があるのか?


 あるいはただ、バーシングというドラゴンの性格を見極めようとしているのか。

 しかし、実際のところミラベルも興味はあるのだ。

 歴史の授業は学んだが、あくまでも資料が残っている範囲まで。

 千年前はもはや神話の領域なのだ。

 それに、ビアレスとガラバの二人が有名すぎて残りの団員の情報はあまり残されていないのもある。

 バーシングはまた頷いた。


「それが難しくてな。お前たち人間側の作戦だったのだろう。全員が同じ装備、同じ外見をしていたので見分けがつかんのだ。それで俺たちは何度も追い詰められた。ガラバを相手にしていると思って距離を詰められないようにしていたらガラバが背後から現れて殺されたこともある。――結果として、あの白い鎧を見ただけで震え上がるドラゴンまで出てくる始末だった。全ての敵が十一番隊に見えて来るのだ。疑心暗鬼とは怖いな、あれはしてやられた。……待て、何の話をしていたのだったか。俺の思い出話を聞きたいか? いくらでもあるぞ」


 延々と思い出話をされそうになった時、すっと女王が一歩前へ出た。

 バーシングは一度首を引くと、静かに言った。


「フランギース女王陛下と見た」


 女王は穏やかに、しかし警戒を崩さずに言った。


「いかにも」


「――我が知識に、ようやく興味を示してくれたと見て構わないな?」


 また、女王が静かに頷く。

 すると、バーシングは満足げに口元を歪めた。


「御老体が立てなかった場に、俺はたどり着いた。――答えられることならば、答えよう。だが俺は見返りを求める」


「――[遺産]開放の場に、立ち会うことを許しましょう」


 一瞬、バーシングの巨大な体がわずかに震えた。

 彼は興奮した様子で、しかし平静を装って言う。


「あるのか、本当に」


「無論です」


「知りたい。どういうものなのだ。どこにあるのだ。――いや待て、すまない、礼儀を忘れた。まずは貴公の質問に答えよう」


「貴方に知識は求めていません」


 バーシングから漂う空気が、ピンと張り詰めたような気がした。

 明らかに苛立ち、鱗を逆立てているように見える。

 彼が低く言う。


「――俺の機嫌が良くなければ、即座に食い殺しているところだ、人間の女王。この、知識のドラゴン、バーシングに対して、よくも――」


「[古き賢者オルドゥーム]への、案内人になっていただく」


 ビタリ、とバーシングの呼吸が止まった。

 彼から焦りと驚嘆、そして最後に強い歓喜の意識が流れてくると、バーシングは言った。


「人の、女王よ。お前の知識の多さに敬意を表し、できることはしよう。だが――」


「[門]を開いてくださればそれで結構」


「愚かな。彼への道程は、決して優しくは無い」


「――貴方の知っていることは、既に、ビアレス卿から受け継がれています。[氷の海]、[月光蝶]、[鋼の竜巻]、[ザルクセス]、[虚伏の果実]。それとも、他に何かありますか?」


 バーシングは明らかに狼狽し、何かを言おうと口を開けたり、何も思いつかずに口を閉じたりを繰り返し、最後にミラベルに言った。


「く、ぐう! ミラベル卿! なんとか言ってやれ……!」


「は? はあ!?」


「我らの知識を鼻で笑われた!」


「意味わかんない、知らない!」


「俺の主だろう!」


「あ、貴方が物を知らないだけでしょうが!」


「う、く……」


 しばらくバーシングは悔しげに呻き、何度か周囲を見渡し、最後には諦め、がっくりと項垂れる。

 女王が問う。


「ミラベルのドラゴン、バーシング。――できますね?」


「……ああ、できる。俺は顔が広い」


 すると、女王は少しばかり冷たく優しい笑みを浮かべ、言った。


「ありがとう。では、貴方には[ドラゴンの国]への案内人を務めてもらいます」


 と。

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