第120話:支配の言葉の影響下
ドラメキア・テモベンテは憂鬱であった。
先日の[遺産]を巡る争いの被害、遺族への弔い、はては実在した十数を超える[遺産]の現物。
それらが[ルミナス連合]の領土内にあるという事実。
どれもこれも頭が痛い問題だらけだった。
そして起動の為の鍵がこちら側にあるというのも、まさしく過去の遺産なのだろう。
人と[エルフ]の友情が永久のものだと思われていた、太古の時代の――。
虚しさがため息となって口から漏れると、テモベンテは同じく難題に頭を悩ませるロベル・パイソンの姿を捉える。
彼もまた、テモベンテと同じく議会へと向かう途中だ。
彼がテモベンテに気付くと、少しばかり歩く速度を落とし、テモベンテの横に並ぶ。
「完全に封印が解かれた、という話。貴公はどう見る」
「多くの証言もあります」
「それは知っている。だが……その割には、あまりにも静かだ」
伝説に語られる破壊の雨や、空を覆い尽くす闇、命を食らう[死の大樹]など、世を襲う災厄は、未だに起こっていない。
ロベル・パイソンは短く考え、己の考えを述べた。
「復活が、完全では無いのか?」
その可能性は大いにある、というのは希望的観測なのかもしれない。
それでも、その可能性にすがりたい気持ちもわかるのだ。
彼が言う。
「貴公のご子息も、行方不明と聞いた」
テモベンテは一度目を閉じ、未だに戻らぬ娘――カルベローナの無事を祈り、それでもすぐに返す。
「武門の家柄であります。あの子も、きっと――」
しかし、その先の言葉が見つからず、テモベンテは口を閉ざした。
本望だったろう、と言うべきなのか。
あるいは、きっと生きていると願うべきなのか。
テモベンテはその先を――可能性を考えることが恐ろしく、首を振った。
パイソン卿が気遣うように、
「我らは我らで、成すべきことを」
と延べ、議室の扉を開けた。
やはり、まだ空席が目立つ。
後継者の目処が経ってないのだ。
今は内輪で争っている時では無いというのに……。
しかし、とテモベンテは思う。
それでも、希望はあるのだ。
陛下の指示のもと、実働部隊の再編成は驚くほど早く実行された。
複数ある騎士団から参加を募り、自らが決定権を持つ独立部隊を――[ハイドラ戦隊]を完全な形で再編させたのだ。
ややあって、マランビジー家の当主、アリス・マランビジーが会議室の扉を開ける。
彼女は少し前から議会の一員となった者だ。
若輩であるが、昔は神童と呼ばれた子と期待をしつつ、同時に若さを警戒する。
こういう子は、突拍子も無い理想論を語るか、あるいは既に先人たちによって語り尽くされた議論を無知から繰り返すことが多いのだ。
それをこの緊急時にされては困る、という思いがテモベンテにはあった。
彼女が席につき、一枚のメモに視線を落とす。
緊張しているのか? と考えたがどうやら違うようだ。
まだ議会の人数は、この三人。
元いた十二人の内、残ったのは二人だけなのだからこうもなる。
テモベンテは深くため息をついてから着席すると、やがて静かに扉が開かれた。
剣聖であるアンジェリーナ・マリーエイジ。
彼女がその座についたのはつい先日だ。
直接の指名があったのは、別に良い。
緊急時であるし、そうせざるを得ない事情もある。
そしてその剣聖に守られるようにして一人の少女――[グランイット帝国]の皇帝、[古き翼の王]が姿を現し、ゆっくりとした歩みで議席の中央に位置する玉座へと足をすすめた。
彼女は、千年前からこの[帝国]の玉座に君臨し続ける、まさしく生ける神なのだ。
どれだけ彼女にこの国が救われてきたのか、教科書に乗っている範囲を軽く上げるだけでも数百行にはなるだろう。
崩壊した世界に富と豊穣をもたらした、救世主が今もなおここにおられることは、奇跡である希望である。
[古き翼の王]が玉座につくと、開口一番にこう言った。
「我が力を妨害する者がいる」
彼女が左手の刻印を皆に見せつける。
やはり、とテモベンテは目を細める。
ならば、千年前から続く魔人との戦いは未だに継続しているのだ。
「[ハイドラ戦隊]に命じるのだ。ビアレスに付く裏切り者を始末せよ。フランギースなる魔人率いる、千年前の亡霊は、我らの世界を腐らせる疫病のようなものだ」
かつて[古き翼の王]によって討たれたはずの[魔人ビアレス]。
そしてやはりと言うべきか、裏切り者は内部にいたのだ。
それも、[古き翼の王]のすぐ近くに。
おぞましい事実に戦慄し、同時にテモベンテはこうも思う。
それでも、内部の裏切り者を表に引きずり出せたのだ。
追い詰めているのは、こちら側のはずだ――。
ふと、パイソン卿が不遜な様子で口を開いた。
「それよりも、目下の課題は陛下を執拗に付け狙う[紅蓮の騎士]なる者。どうやら複数いるとの報告も有り、対応は後手に回っています」
それは、先の戦いの後から突如として姿を表し始めた神出鬼没の怪物の通称である。
当初はただ[古き翼の王]を襲う人型の獣のような存在であったが、少しずつ知恵をつけたのか戦い方が変化し、どういうわけか数まで増やしている。
誰かを侵食したり洗脳するという方法では無く、アメーバのように一から自分を増やしているのだ。
――まるで細菌だ。
だが、[古き翼の王]は言った。
「捨て置け。絞りカスである、ヤツごときに構っている暇は無い」
「被害は出ております。経済が止まれば、民は飢えます故、見過ごすことはできません」
パイソン卿は譲らない。
そうだろう、とテモベンテも彼の意見に賛同した。
「凄まじい早さで知恵をつけております。先日は我が隊を相手にしながら、[飛空艇ドック]を破壊されました。そこが重要な施設であると、理解し始めたようです。――このまま放置すれば、民にも被害が出ます」
すると、[古き翼の王]は一度目を細め、何かを言おうとし――。
ふいに、苦悶の色を浮かべて目元を覆った。
すぐに剣聖が[古き翼の王]の指先に触れ、
「陛下、私の魔力を――」
と緊迫した声で告げる。
やはり、とテモベンテは言った。
「ビアレスに奪われた力が、陛下を蝕んでおられる」
今も尚、剣聖や他の血族たちが[古き翼の王]に魔力を捧げることで、力を保てているのだ。
剣聖が言った。
「民の被害には陛下も心を痛めております。しかし、陛下が完全な復活を果たせば、あのような者は取るに足らない存在。――フランギース・ガジット、メスタ・ブラウン、ミラベル・グランドリオ。三人の裏切り者が陛下から奪った力を、取り戻すのが先決です」
一理ある。
[古き翼の王]の力は強大だ。
だがそれは独裁政治である。
今を切り捨て未来だけを見てしまえば、捨てられた今の民はどう思うのか。
だからこそ、テモベンテは食い下がった。
「隊を捜索に割く余裕はありません。防衛で手一杯なのです」
剣聖の視線に冷たい色が宿る。
「陛下の命が聞けぬと?」
すると、今度はパイソン卿が割って入った。
「我らは専門家であります。故に、言うべきことは言わせて頂く。確かに、陛下がお力を取り戻せば、[紅蓮の騎士]如きが数を増やそうと一網打尽にできましょう。ですが、それでは国が持たんのです」
テモベンテも言う。
「聖杖騎士団は再建に時間がかかっております。ハイエルフの動きがきな臭く、主力である[蒼炎騎士団]は動かせない。今実戦に耐えうるのは――」
「貴公の娘も人質に取られたと聞くが?」
剣聖が唐突に言った。
――この娘……。
テモベンテは、一度真っ直ぐなカルベローナの強い瞳思い出す。
優しく、正しく、まっすぐな子。
――裏切り者のミラベルという女。
友人に裏切られたあの子は、今一体何を思うのか――。
それでも、テモベンテは言った。
「私情は捨てさせて頂く。国に忠を尽くすとはそういうことだと娘は理解してくれましょう」
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