第71話:願いの器
『ザカールめ、所詮人間はこの程度か――!』
その後の支配という盟約のもと多少の手加減はしてやっていたが、とヴァレスは吐き捨て、激高した。
『ならば諸共死んでもらう! [喰らうもの]は十分に、育った!』
ヴァレスは天目掛け魔法を放つと、それは瞬き赤黒い太陽となる。
そしてザカールがヴァレスとともに召喚した植物の悪魔、[喰らうもの]の肉体がぶくりと膨れ上がり、一気に膨張し周囲の民家を飲み込みながら巨大な花の怪物と化す。
その花からいくつもの黒い粒が飛ぶと、それら一つ一つが一瞬で成長し、小さな[喰らうもの]となって魔力風に乗り街の上空を覆った。
同時に、鈍い[飛翔魔法]で迫り来る老齢の騎士をあざ笑う。
『[七星の杖]でその程度! 千年前の連中はなぁ! 貴様らの三倍は強かったぞぉ!』
老齢の騎士が竜巻の魔法を撃つのと、それを見越したヴァレスが灼熱の魔法を放つのは同時だった。
老齢の騎士の竜巻に灼熱が混ざり、それは周囲を焼き尽くす炎の嵐となる。
魔力の圧倒的差で炎の嵐の支配権を奪ったヴァレスは、炎の嵐をそのまま地表に向けて撃ち放った。
『なァにが[ドラゴン殺し]よ! 貴様ら雑兵は、命をかけてその程度! この俺がァ! 人間どもに、殺、ら、れ、る、かぁー!』
その時だった。
無数の知らない輝きが、空に舞う[喰らうもの]の子どもたちに襲いかかる。
ヴァレスははっとして身を翻すと、そこに現れた七つの人影を見て脳裏に嫌なものが思い浮かんだのを知覚した。
漆黒の鎧に身を包んだ人間と、周囲の白亜の鎧の六人――。
その機動が、千年前の[暁の勇者]に重なって見えた。
ヴァレスは咄嗟に七人の騎士目掛け自身の持つ最大級の魔法、〝灼熱〟と〝絶対零度〟、〝竜巻〟を同時に放ち、織り交ぜ、嵐のような魔法の弾幕を作り上げた。
同時に[喰らうもの]が反応し、数百にも及ぶ子どもたちが七人の騎士に襲いかかる。
騎士たちは一瞬で全てを把握し、散開しながら右手甲に備え付けられた奇妙な装置から魔力の塊そのものに見える魔力光を雨のように連射し、子どもたちを着実に破壊していく。
ヴァレスの放った魔法の嵐を縫うようにして、騎士たちは子どもたちの性質を理解知り尽くしているのか、それらに触れること無く星空を縦横無尽に駆け巡る。
子どもたちが騎士を追うと、後方から別の騎士が援護し、子どもたちを着実に破壊していく。
そうして、騎士たちはあっという間に子どもたちを殲滅しつくした。
『こ、こいつら――』
漆黒の騎士がヴァレスに狙いを定める。
ヴァレスが〝雷槍〟を連続で撃ち放つも、全てを舞うようにして回避した漆黒の騎士が放った魔力の本流が直撃する。
『ぐ、あ!』
見れば、既に[喰らうもの]は半身が消失し、活動を停止しようとしていた。
ザカールが利用したらしいエルフの雑兵は他の騎士団に捉えられ、ついに[喰らうもの]が完全に破壊された頃にはヴァレスは墜落し、もうじき地面に叩きつけられるだろう。
しかし、とヴァレスは笑った。
『良い具合に大勢死んだなぁ!』
結局の所、ヴァレスはザカールの尻拭いをしてやったのだ。
召喚に失敗し、たった三体しか魔界から呼び寄せられなかった間抜けがやろうとしていたことを、完遂してやったのだ。
――最も、ここからはヴァレスの召喚術ではあるが。
そして、墜落しながらヴァレスは自らの腕で自分の心臓を貫き叫んだ。
『――来い! [魔人王ディアグリム]!』
ヴァレスの体は内側から弾け、どす黒い血と魔力を吹き出すと、すべての黒が体の中心へと収束し、巨大な何かへと膨れ上がった。
同時にヴァレスは今まさに受肉し生まれ出ようとする存在から自分の首を切り落とす。
首から己の体を再生させながら、既に巨大な魔人の形になりつつある黒いそれを見てヴァレスは笑った。
『貴様の[願い]とやらをなぁ! ここで果たして見せろ、ディアグリム!』
※
街を焼く炎に照らされながら、漆黒の何かが空から落ちる。
中心から闇そのものが吹き出し、球体のようになる様子をリディルは視界の端で捉えた。
何だ、と疑問に思うよりも先に、[リドルの鎧]に備え付けられた索敵システムが正確に分析し、ヘルメット内のモニターに表示する。
今、動ける者――。
リディルは咄嗟に叫んだ。
「[オルトロス]の人たち! ザカールを確保して退避、急いで!」
彼らは、早かった。
伊達に[黄金級]の冒険者をやっているわけでは無いのだ。
全員満身創痍ながらも、空から落ちる漆黒に気づいていたし、迎撃体制を取っているものすらもいた。
皆が即座に従い、魔導師が[時間圧縮]にて全てが静止させられたザカールに向け、更に束縛の魔法を放つ。
黒い帯のようなものがザカールの体にぐるぐると巻き付くと、それはぐにゃりとひしゃげ、一枚の長い帯となって魔導師の女性の左腕に巻き付いた。
魔導師が表情を苦渋ににじませ、片膝をつく。
「く、あ……重っ――」
すかさず巨人族の戦士が魔導師を抱きかかえ、駆け出した。
剣士と治癒師がそれに追従し、最後に弓使いがリディルに言った。
「降ってくるあれは――!?」
リディルが叫ぶ。
「[ディアグリム]! 余計な増援はいらない! 行って!」
弓使いが絶句し、すぐに仲間の後を追った。
空から落ちる黒い球体が、ゆっくりと人型へと変貌していく。
外見は、甲殻と甲冑の入り混じったような、魔人族によく似ている。
だがその背丈は巨人族とほぼ同じかやや大きく、全体的に筋肉質な印象を受ける。
頭部の二対の角が前方へ突き出している。
リディルは[貪る剣]を大地に突き立て、あらゆる活力をこの身に再び吸収していく。
だが――。
もう、ドリオ・ミュールはいない。
リディルが背を任せて戦える数少ない相手は、二度と戻らないのだ。
せめて、頼れる相手――。
「……[翼]くん、行ける――?」
半ば、縋るような思いで問う。
すると彼は、ザカールから受けた[言葉]の余波でぼとりと皮膚を爛れ落ちさせながら、苦しげに呻く。
「――ああ、行ける」
強がっているのは、お互い様であった。
闇の球体から変貌を遂げた漆黒の巨体が着地すると、その重みと衝撃で石畳が砕ける。
近くの瓦礫の上に、ヴァレスが着地する。
『さあ、[魔人王]! ここは〝戦場〟! 目の前にいるそいつは〝敵〟だ! 〝殺せぇー!!〟』
ヴァレスが絶叫すると、魔人王と呼ばれた巨人が獣の如く咆哮し、黒竜目掛け一気に跳躍した。
魔人王から振り下ろされた巨大な拳を回避しながら、黒竜は瞬間思考する。
今できることは、リディルの盾くらいにならなってやれること程度かもしれない。
と自身の体の状況を確認していく。
今、目の前にいるのは[ルミナス連合]の記録で見た、[魔人王ディアグリム]そのものだ。
だが、胸元に巨大な傷跡が見える。
ザカールの放ったのは、[死の言葉]だ。
黒竜がまだ生きているのは、やはり不死身の存在だからか。
だが、不死身だから効かないというわけではない。
死に続けるということだ。
ぼとり、ぼとりと甲殻と鱗が爛れ落ち、そしてそこからまた再生を繰り返す。
そのたびに激痛が走る。
それでも、受け継いでしまった願いが黒竜を突き動かしていた。
――どいつもこいつも、勝手に縋って、勝手に願って……。
無下に出来てしまえば、どんなに楽だったか。
黒竜は、見捨てられないのだ。
同時に、それを見捨ててしまえば二度と人には戻れないかもしれないという恐怖もある。
――俺は獣でも、ドラゴンでも無いはずだ。
人間の、はずだ。
記憶が無くとも。
覚えていなくとも。
本質は、見失わないはずだ。
家族にもう一度出会うために戦うのなら、同じ思いで戦う人を見捨てて良いはずが無い。
黒竜はそのまま、肉体を爛れ落ちさせながら翼で擬似的な拳を作り、魔人王の腹部を〝加速〟の息と共に突き上げた。
だが、魔人王の巨大な体はブロブよりも遥かに重く、軽く体を浮かせただけにとどまった。
魔人王はまた獣のように咆哮すると、そのまま黒竜に掴みかかる。
リディルが背後から魔人王の首筋に[貪る剣]を突き立てるのと、黒竜がもう一度翼を丸めた拳で胴を撃ち据えるのはほぼ同時だった。
瞬間、魔人王を中心とした巨大な爆発が巻き起こった。
灼熱が膨れ上がり、一帯を破壊の力で消し飛ばし、爆炎が炎を孕み、天へと赤黒く膨れ上がる。
灼熱の波が黒竜の視界を塞ぎ、同時にそれは圧倒的な衝撃波となり、[帝都]全域を震撼させる。
だが黒竜にまだ、ドリオに託された願いが意味を持ち、[古の言葉]となって戦う力を与えてくれる。
まだ、ここで倒れるわけにはいかない。
そして溶け落ちる鱗が、甲殻がまだ再生を続けているのだ。
リディルは爆発こそ直撃だったものの、かろうじて〝魔法障壁〟で受けることができたようだ。
弾き飛ばされはしたものの、何とか立ち上がり剣を構える。
しかし――。
間髪入れず、魔人王は先程よりも更に破壊力を増した爆発の力を解き放った。
黒竜はまたかろうじて耐えきるも、リディルは回避運動を取る間すら無く灼熱に飲み込まれた。
再び天を巨大な火柱がと爆炎が貫く。
何だ、これは――。
ぞわり、ぞわりと悪寒が強くなる。
これは、違う。
何かが、おかしい。
再び魔人王は肉体を膨張させ、先程よりも遥かに巨大な爆発を巻き起こした。
一度撃つ度に、規模と破壊力が増していく。
そして貯めの時間も短くなっていく。
視界の端で、何とか立ち上がろうとするリディルの姿を捉える。
彼女が纏う鎧こそ無事なものの、もはや戦える力は残されていないように見える。
「リ、リディル君――!」
このままでは、彼女は――。
リディルが何とか起き上がろうとするよりも早く、再び魔人王の中心から巨大な爆発が巻き起こる。
既に周囲の民家も瓦礫も何もかもが消滅し、焦土と化している。
今度は黒竜ですらも耐えきれず、鱗、甲殻の半分が灼熱で消し飛んだ。
黒竜は、心の内を憤怒と殺意で塗り固め、叫んだ。
「〝
ベタついた赤黒い閃光が、魔人王が解き放つ灼熱すらも貫通し、べたべたと巨大な漆黒にまとわりついていく。
同時に連続で放たれた爆発の灼熱が、黒竜を体を焼き尽くす。
もう、リディルは動いていなかった。
黒竜の――[古き翼の王]の甲殻すらも撃ち貫く灼熱の破壊。
いくら[リドルの鎧]と言えどもこれ以上は持たないだろう。
だがこれで、魔人王も――。
魔人王の体は、黒竜と同じようにぶくりと膨れ上がり、爛れ落ちていく。
そのまま魔人王はバランスを崩し、膝をついた。
しかし――。
魔人王から、まるで言われたままを繰り返す人形のように、再び強大な爆発が解き放たれた。
――馬鹿な。
そして、魔人王は黒竜と全く同じように、爛れ落ちた漆黒の体を再生させ、そしてまたぶくりと膨れ上がらせ爛れ落としていく。
黒竜は自身の破壊と再生の連続で激痛を走らせながら、考える。
同じだ、こいつは――。
――俺と同じく、死ねない体……!
同時に、爆発の合間を塗い、ヴァレスがリディルに止めを刺すべく〝雷槍〟を撃ち放った。
だが、リディルの眼前で〝雷槍〟は別の〝雷槍〟に撃ち貫かれ、四散する。
再び魔人王が爆発すると、ヴァレスは舌打ちをして〝魔法障壁〟を張り巡らした。
同時に、四方から放たれた幾つもの〝雷槍〟がヴァレスの体を撃ち貫く。
『くっ……出来損ないの、[器]め! まともに[願い]を叶えることすら出来ないのか!』
更に〝雷槍〟がヴァレスに向けて降り注いでいく。
『所詮は、元人間か……! 使えぬ、木偶人形め!』
そのままヴァレスは墜落し、影の中へと消えていった。
はっとして見やると、既に戦闘を制圧し終えた[暁の盾]六人の騎士たちが、魔人王目掛け〝雷槍〟を撃ち放つ。
それに気づいた魔人王は、全方位ではなくわずかに上方へと集中した爆発の力を数発連続して撃ちはなった。
同時に、ぐったりと横たわるリディルを抱きかかえた黒い騎士を視界の端に入れた黒竜は、再び加速し魔人王へと殴りかかった。
魔人王が再び全方位に向けた巨大な爆発を解き放つ瞬間、タイミングを合わせ、〝障壁〟の言葉を発動させ、魔人王の胴を殴りつける。
どぉん、と重く衝撃が走り、魔人王の体がわずかに宙に浮く。
その隙にと、黒い騎士――ティルフィングはリディルを抱えたまま飛翔し、射程外の上空へと舞い戻った。
同時に、ティルフィングが叫ぶ。
〈消耗させるのだ! [魔人王ディアグリム]の戦い方は、既にある! 撃ち続けろ! ヤツの力は有限だ!〉
上空の六人の騎士は、一斉に〝雷槍〟を嵐のように撃ち放った。
〝雷槍〟が魔人王に降り注ぐと、魔人王は更に早く、強大な爆発を全方位に向けて放ち続ける。
〈既に、人としての意思は無い! 最初の願いに支配された者の末路、[戦の願い]がディアグリムならば――〉
再び、魔人王が爆発する。
規模は更に、更に広く巨大になっていく。
――出来損ないの、[器]。
[願いの、器]――?
……殺せと、願われたから、それをただ闇雲に実行しているのか……?
それは理屈を越えた咄嗟の直感である。
そして、一つの可能性に行き当たる。
先程、魔人王は全方位でなく狙いを絞った。
それは――殺す優先順位を変えたからか?
そういうことが、可能なのか――?
遠方に、港が見える。
更に果には水平線が見え、その先には[ルミナス連合]があるのだ。
再び、爆発。
規模は膨れ上がり、今度は上空の騎士たちをも飲み込もうとしている。
――消耗。
だが、いつまで続くのだ……?
魔人王が一度爆発する度に、命は失われていく。
助かるはずの命が、助からない。
〝殺せ〟と願われた、[器]――。
殺しても、殺せない存在。
ならば、今できることは一つだ。
黒竜は自己強化の言葉を叫び、同時に自身を弾丸の如く加速させ、魔人王に突撃した。
瞬間、魔人王は黒竜に集中した爆発を連続して撃ち放つ。
だが、それは殺せば死ぬ相手にしか通用しないやり方だ。
殺せと命じられた、木偶人形ならば理解すらできまい。
同じ不死ならば――。
黒竜は無理やり魔人王の体に掴みかかり、そのまま連続して加速の言葉を叫び続けた。
音すらも置き去りにする爆発的な加速は、更に速度を上げ、閃光のごとく大地をえぐり、港をあっという間に過ぎ去る。
そのまま黒竜は身を翻し、魔人王を海の中へと蹴り落とした。
同時に、衝撃の言葉を連続して撃ち放ち、魔人王を海の奥ヘ奥へと押しつぶしていく。
すぐに、決して深くは無い海底にぶち当たるだろう。
だが――。
何度も、海が灼熱し膨れ上がる。
だがその度に黒竜は力場の言葉で魔人王を海底に撃ちつける。
何度も、何度も海が膨張し――。
やがて、夜明けとともにその膨張は収まり、魔人王は騎士団によって封印された。
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