第32話:賢王たちの記録

「これは驚いた」


 と、日が落ちた月夜の晩に、突然の来客があった。

 気配がまるで無かったため誰一人として気づかず、斥候として見張りをしていた弓使いが、


「うひょあ!」


 と仰天して飛び退くと、魔道士が、


「な、何!? 何!? どうしたの! ぐわぁー!」


 と慌てふためいて石の廃墟を利用した簡易住居から飛び出し足を滑らせてすっ転んだ。

 その声の主は、月明かりに照らされ白く輝く薄手のローブを着た、長身の女性だった。

 耳が長く尖っていることから、エルフ種なのだとわかる。

 褐色の肌と白銀の長髪がなめらかに風でなびくと、その女性はしどもどしていた黒竜を見やり、苦笑した。


「ああ、それでか――」


 何がそれでかなのかまるでわからず黒竜は困惑する。

 のそのそと石の廃墟から治癒士とメリアドールが出てくる。のそのそと起き上がった魔道士であったが、焚き火のそばで未だに起きない剣士を見つけ、足で蹴る。

剣士は、


「うはあ!? 何だ、敵襲か!?」


 と飛び起きた。

 エルフの女性が一度メリアドールを一瞥し、「ほう」と漏らしてから黒竜を見やる。


「[ディサイド遺跡]で[言葉]を使ったな?」


 皆が返す言葉を詰まらせると、エルフの女性は深くため息をつく。


「[竜文学]の知識が無い愚か者が[言葉]を使えば、こうもなる」


 なんだかナチュラルに馬鹿にされた気がするが、現状そのとおりであるため黒竜は反論ができない。

 それは、皆も同じのようだった。

 が、魔道士の少女が唇を尖らせ、


「あのぅ……」


 と遠慮気味に手を上げる。

 隣にいた治癒士が血相を変えて、「ちょ、ちょっと!」と小声で怒鳴るが、エルフの女性は顎で『言え』と促した。

 魔道士の少女が言う。


「ええとぉ、なんっかすっごい悪口言われてる気がすんですけど、そもそも貴女誰で、ここどこなんです?――ぐえっ」


 どすん、と治癒士が魔道士の腹を殴る。

 エルフの女性が「くくっ」と笑い、言った。


「良い。怒る気も失せるわ」


 そして最後にぽつりと、「[怒り(レイジ)]の門を使えたのだからな」とつぶやき、そのまま彼女は続けた。


「帰り方は、知っている。不幸な事故か、あるいはめぐりあわせか――。ついて来い」


 彼女が踵を返すと、皆は顔を見合わせる。

 そんな中、また魔道士の少女がぐわっと顔を上げ、今度は少しばかり大きな声で言った。


「あのぉ! ですから! 今質問したんですけど! 貴女誰で、ここどこって聞いたんですけ――うおぐぇ!」


 治癒士が魔道士の腹部を拳で突き上げてから胸ぐらを掴み、「迂闊なことしないで!!」小声で怒鳴る。

 エルフの女性がさして気にした様子もなく顔だけ振り返り、言った。


「レリア・オーキッド。[ルミナス連合]、最北端、[最初の祈り]」

「げぇ!? オーキッド!? ひょっとしてあのアークメイジの、ええと!?」


 魔道士が全身で驚きとほんの少しの嫌悪を隠そうともせずに仰け反ると、治癒士が半泣きにながら「だからぁ!」と怒鳴った。

 が、レリアと名乗ったエルフはいたずらっ子のように口の端軽く釣り上げ言う。


「姉だ」

「姉!……どっちが?」

「私が」

「ああ……あー……なんか似てませんね」


 弓使いと剣士がガシと魔道士の肩を掴む。


「お前ちょっとマジで」

「引くわぁ……」


 レリアが楽しげに笑みを浮かべ、言った。


「あいつはヒュームの考えに染まっているだけだよ」


 と。



 ※



 [ルミナス連合]とは、三百年前に[グランイット帝国]と[魔法大戦]と呼ばれる戦争を巻き起こした[ハイエルフ]の国である。

 [ヒューム種]と[エルフ種]。その価値観の違いが、現在の二国の関係を現している。

 [グランイット帝国]の大多数は、そんな戦争は三百年も昔のことだと忘れ去り、平穏に暮らしている。

 だが、生命としての寿命が千年を超える[エルフ種]にとってはそうではない。

 [ハイエルフ]にとって[グランイット帝国]は、つい三百年前に、自分の親を、家族を、子を、友人を殺した憎き敵国なのだ。

 だが、すべての[ハイエルフ]が[グランイット帝国]を憎んでいるかと言えばそうではない。

 連合の名の通り、[ルミナス]は現在五つの氏族がそれぞれの支配地域を持ち、国家を形成しているのだ。

 その五つの氏族の内の一つ。最も穏健派とされるのが、オーキッド家だ。

 千年前に[暁の勇者]の一人、黒剣のゼータの[盾]を務めたローレリア・オーキッドの家系でもある。

 黒竜は、そのローレリアの孫娘であるレリア・オーキッドの横顔をマジマジと見、思わず口の中で、


「面影がある」


 とつぶやいた。

 いや、今にして思えばアークメイジもそうだ。

 顔立ちだけならば、アークメイジの方が[盾]のローレリアに似ているかもしれない。だが――。


 森の奥へ、奥へと誘うオーキッドが、歩きながらちらと皆を振り返る。

 全員がいることを確認した彼女は、一度皆を見渡し、最後に少しばかり怯えた様子のメリアドールに視線をやってから微かに微笑むと、また正面に顔を戻す。

 いつの間にか懐いてしまったらしい魔道士の少女が、楽しげに言った。


「そー、そうなんですわ! あぁんのクソババア、休む間も無く呼び出しやがって! ねぇ!? そこんとこどーなんですか、昔っからああなんですか!」


 言ってることは辛辣だが、魔道士の表情は明るい。

 レリアが小さく笑い、言った。


「そういうヤツだ。極端なんだよ、あいつは昔っから」

「あー! やっぱりー! 成績がさー、優秀な人から呼ばれてさー、とにかくこてんぱんにされんの! そんでその人が根を上げたら次って感じでもー最悪! 私は何か悔しいからさー! 最後まで耐えてやるわクソババアって思ってたけど、一ヶ月で気づいたら泣きながら土下座してた感じ! うははは! ふざけやがってあぁんのクソババアほんっと! うがー!」


 距離を置いて後ろを歩いている弓使いの少年が、呆れ顔で呟く。


「俺、あんな風にはなれねえわ……」


 剣士の少年が、治癒師の少女に小声で問う。


「あいつ、昔からあんな感じだっけ……?」

「い、いやぁ……[魔術師ギルド]、大変だったみたいで……」

「でも時々は会ってたんだろ?」

「うん……会う度にやさぐれてく感じだった。気づいたらあんな感じになってた」

「……そっかぁ」


 レリアが魔道士の少女に言う。


「自惚れるな、と伝えたかったのでは無いか? アークメイジなのだろう?」

「はい出たー、出ましたー、そういうことを言っちゃう人ー。それアークメイジ信者の理屈ですんでー」

「そうなのか?」

「そー、そうですー。それババアのシゴキに耐えられなくなった言い訳ですんでー。『んあーっ! わたくしめは悔い改めましたのでここでリタイアするのは負けでは無くむしろ課題をクリアしたということですぅ!』みたいな! はー!? 言い訳してんじゃねえよって話! 私は! ゲロ吐きながら一ヶ月は耐えたんだぞ! ああ!?」

「そうか」

「あれはンな高尚なもんじゃ無いですんで!『お、こいつ優秀! 個別に教えよう! ドーンドカーン!』こんだけ!」

「ああ……そうかもしれないな。だが――あまり嫌ってやらないで欲しい。あいつだって、お前たちを嫌いなわけでは――」

「そりゃそうでしょ! 嫌いなやつに、あそこまで熱心に教えるかって話ですし! ンでも違う! そうじゃない! もっと甘やかせ! 私を! 優秀な成績を収めた私を労え! つーか私別にアークメイジ嫌いってわけじゃないですから! ただすっげえウザくてできれば二度と会いたくないだけです! いやまあ十年に一回くらいは遠くから顔見ても良いかなくらいはありますけど! でもそれくらい!」


 魔道士の少女が一気にまくし立てると、レリアはきょとんとし、ややあってから堪えきれずに吹き出した。


「ハハハ! そうか! ま、そうだろうな」


 レリアは、どこか楽しげだ。

 黒竜は、思う。


 ――仕草か。あるいは性格か。


 それが、記憶の中に映る[盾]のオーキッドに似ているのだ。

 他者を思いやる姿勢、と言うべきなのだろうか。

 あるいは尊重をする、だろうか。

 一挙一動にある種の敬意がはらわれているのが見て取れる。

 それは黒竜にとっても好印象を与えるものであり、皆にとっても同じのようだ。

 これが、いわゆるカリスマと呼べるものなのだろうか。

 残念ながら妹のアークメイジからはあまり感じれないが。

 やがて、案内されるがまま、かつて[ザカール]が使っていたという遺跡に足を進めた。

 同時に、黒竜の胸のうちになんとも言えぬ感傷が強まるのを自覚する。


 ――何だ?


 それは僅かな思考であった。

 同時に、世界が遠くなる。

 首の後ろでつまらなそうにしていたメリアドールの気配が消えると、また記録が再生されるのだろうと理解した。

 そして、ぞっとするほど深く低い声が、響き渡る。


『我が[支配の言葉]に抗うか、定命の者よ』


 はっとして黒竜は空を見上げた。

 いつか見た漆黒のドラゴン――[古き翼の王]が月光差す夜空を飛翔する。

 だが、その姿は黒竜が目覚めた地で見たものより、凶暴なものになっていた。

 月光を一切反射しない漆黒の暗闇が、[古き翼の王]に纏われている。

 三人の[盾]がビアレスたちを守るようにして陣形を組み、臨戦態勢を取る。

 [古き翼の王]が遺跡の上に着地し、言った。


『愚かな。お前たちでは我が鱗の一片すら傷つけることはできぬ』


 そして、[古き翼の王]が、


『〝ディサー・ゲイン〟!』


 と[言葉]を撃ち放った。

 雷鳴が迸ると、大地が漆黒に染まる。

 そしてその漆黒の中心から、漆黒よりも濃い闇色の巨人が姿を現した。

 全身が甲殻で覆われた、奇妙で巨大な生物。

 [書庫]の知識に、記されていたのを思い出す。

 〝次元融合〟の先の、[魔界]。その本来の住人。

 [魔人族]。

 そして、その中でも巨人と見間違うほどの巨体を持つ者――。


『[魔人王ディアグリム]。――存分に戦うが良い、ここはお前が望んだ戦場だ』


 巨大な魔人が、闇の中から身の丈ほどの大剣を引きずり出した。


 さーっと景色が流れていく。

 既に、[古き翼の王]はいなくなっていた。

 ところどころに何か巨大なものが降り注いだのか、クレーターらしきものが幾つも見え、木々は倒れ、一帯は瓦礫の山とかしている。

 その中心に、[魔人王]がいた。


『[古き翼の王]め、この俺を良いように使ったな……?』


 [魔人王]の足元で、ビアレスが倒れている。

 それでも彼は諦めず、剣を取ろうと腕を伸ばす。

 別の騎士は片膝を付き、荒く肩で息を吐いてから折れた剣を捨て予備の剣を鞘から抜き去った。

 また別の騎士は、じり、じり、と剣を構えながら魔人の後方に回り込もうとしているようだ。

 そして――

 ボロボロと大粒の涙を浮かべているゼータの腕には、もう動かなくなってしまった騎士が抱かれている。

 その騎士の胸には大きな穴があいており、おびただしい量の血が流れ出ている。

 リドルがなんとかして止血を試みようとするが、流れ出る血は止まらない。

 [魔人王]が言った。


『無駄だ、〝次元融合〟の戦士よ。既に、お前たちは理解したはずだ。今、そのエルフが死んだ瞬間。お前たちの中に力のようなものが溢れてきたはずだ。それは、魂の力だ。お前たちは、今、そのエルフの魂を喰らったのだ。[古き翼の王]と同じように。――ミュール王から何も聞いていないのか? その左手に刻まれた[刻印]がどういうものなのか』


 やがて、魔人王は落胆し、吐き捨てた。


『無様。どれだけ足掻こうとも、行き着く先はヤツの腹の中だ。[暁の戦士]だと? 自惚れるな。お前たちは[生贄の刻印]を施されただけの、家畜に過ぎない。そうやって魂を肥え太らせ、喰らうのがヤツの魂胆よ』


 景色が遠のいていく。

 視界が元に戻ると、思わず黒竜は足を止め、吐き気すらも催し、ただただ乾いた息を深く吐ききった。

 あれが……敵。それに……[生贄の刻印]と言ったか? 魂を――。

 少しずつ、わかりかけてきた。

 [古き翼の王]は、良質な魂を求めていただけなのかもしれない。

 そしてこの世界の魂に喰い飽き、いよいよ外の――異なる次元の世界にまで、手を伸ばし始めたのだ。


(そうして、俺の妹の魂を喰らおうとした)


 黒竜の内側に、言いようのない嫌悪感が湧き上がる。

 瞼の裏側に浮かぶ[古き翼の王]に向け、この野郎が、と呻く。

 だが、違和感もあった。

 あの状況で、ビアレスたちは生き延びたのか……?


 ――どうやって?


 ディアグリムと呼ばれたあの魔人。身長はブロブよりも二回りは大きかった。

 微かに傷を負わせることはできたようだが、ビアレス側は既に満身創痍。

 どうやって、生き延びたのだ――?

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