第31話:記録を辿る冒険

 二対の黒角の少女、ゼータが呆然と海を眺める。

 彼女の後ろでは、リドルと呼ばれた褐色の肌の老人が、壁なってしまった今しがた出てきた門を眺め、


『ありゃぁ……ウチんとこの騎士もいなくなっちゃった』


 とつぶやいた。

 階段に腰を下ろし、兜のフェイスガードを上げたエルフの女騎士が苦しげに息を荒くしていると、ビアレスが彼女の顔を覗き込む。


『おい、マジで大丈夫か? 無理すんなっつーの』


 すると、エルフの女騎士は青ざめた顔のまま首を振る。


『じ、自分は、《勇者》様の護衛を――』

『そうは言ってもよぉ……。なあリドルさん、これで全員か?』


 ビアレスが周囲を見渡しながらリドルに問うと、彼は『ぽいなぁ』とつぶやいてから続ける。


『私んとこの騎士は誰も来なかった。後ろの方にいたからか……』

『場所、か……。綺麗に立ち位置で区切られた感じか?

 他の連中がどうなったのかは……ま、わかるわきゃねえわな……』

『だねぇ』

『がああー! どーすっかなー!』

『ビア君、あまり大声出しちゃ駄目だよ。罠かもしれんわけだし』


 困惑するビアレスをリドルが嗜めると、ビアレスは素直に、


『あ、すんません』


 と口元を抑えた。

 リドルが問う。


『ガラバ君たちは?』

『少し偵察に。あいつらしか今動けるやついねえし……』

『ああ、まあ……そうだねぇ。とは言え、ウチらとそんな変わらんわけだし、あまり無理させるわけには――』


 と、リドルが言いかけたときだった。

 深い草木をかき分け、白亜の騎士が戻ってくる。

 その騎士が何かを喋っているような素振りをする。

 だが、彼の声は何も聞こえない。

 ビアレスが言った。


『おい、〝障壁〟つけっぱなし』


 すると、騎士ははっとして兜の顎下を指で触れようとする。

 それを、リドルが制した。


『いや、このままで良い。

 ここそのものが罠だったとしたら、《盾》の対ドラゴン用〝魔法障壁〟は維持したままが良い。

 オーキッド嬢の〝障壁〟は、再発動が難しいのもわかってしまったわけだし。

 ――再起動にはもう一度魔法陣を組む必要があるというのは、お粗末なものだけど……』

『残りの二人まで《支配》されちまっちゃあ確かに不味いわな……。

 ガラバよお、おめーの〝障壁〟も機能してんだろ?』


 すると、ガラバも身振りだけで何かを伝えようとしてから、やがて諦めうなずいた。

 ビアレスが難しい顔になる。


『……ドラゴンの《言葉》対策って言ったって、こうも不便じゃな……』


 ふと、ガラバが小枝を取り地面に地図を書き始めた。

 ビアレスがやれやれと首を振る。


『筆談っきゃねえかぁ』


 ビアレスが地面に書かれた雑な地図を眺めて言った。


『とりあえず、集落っぽい跡地ってやつね。……ゼータのやついつまでああやってるんだ』



 ※



「みたいな記録を見ましてですね……」


 と、黒竜がえっちらおっちら記憶を頼りに語りだす。

 弓使いの少年が腕を組み、うーんとひとしきり唸ってから顔を上げる。


「記録……記録かぁ」


 彼らが困惑するのは無理無いことだ。

 そもそも黒竜自身、説明に具体性が無いことはよくわかっている。

 一度見ただけのこと全てを完璧に言葉で伝えることなどできやしないのだ。

 ふと、剣士の少年が目を輝かせ、黒竜に掴みかかった。

「ガ、ガラバって、あのガラバ!?」

「な、何落ち着いて……」


 黒竜は慌ててなだめようとするも、剣士の少年は更に興奮した様子でまくし立てた。


「最強のドラゴン殺し! 《初代剣聖》のガラバ! ここに来てたの!?

 マジで!? うっわー!」


 魔道士の少女がニタリといやらしい笑みを剣士の少年に向ける。


「大好きだもんねぇ、剣聖の伝説。

 巡礼地巡りして、《ガラバまんじゅう》とか《ガラバクッキー》とか買って喜ぶくらい。

 剣士の癖して《ガラバ木刀》買って大はしゃぎ。何やねん木刀て。剣聖が木で戦うかっつの」


 それは皮肉だったのだろうが、剣士の少年には通じず、照れくさそうに口元を緩めて笑った。


「ここがガラバの新しい巡礼地かぁー。

 しかもドラゴンさん、これひょっとしたらかなり初期の頃の話かもしれないっすよ!

 まだ《盾》が二人だった頃! 大発見じゃあん? 歴史感じるわぁ。

 一人、また一人と仲間を増やし、六人の《ドラゴン殺し》が揃う前の物語……!」


 その話は知っている。

 アリスに持ってきて貰った本でも最初の方に登場する重要人物が、初代賢王ビアレスと、初代剣聖ガラバだ。

 知と力を象徴する国の根幹だとか、最も多くのドラゴンを屠ったとか、とにかく様々な伝説が残っている。

 だが、彼ら以外の殆どが歴史に埋もれてしまい、更には三百年前の《魔法大戦》で資料も紛失してしまったそうだ。

 が、黒竜には関係のない話である。

 だから黒竜は、彼の熱意に押されながらも、


「う、うん。そうか、そうだね」


 と、適当に相槌を打つだけに留めた。

 ふと、好きなことにだけ早口にになるオタク、という言葉を思い出したが、そうやって話をされる側はこんな気持なのだろうか。


「はい、そんじゃそこのガラバ馬鹿は放っておいて帰る手段、考えましょ!」


 治癒士の少女がパチン、と両の手を合わせ音を鳴らす。

 剣士の少年は未だに周囲の景色をまるでアイドルでも見るかのように舐め回しているが、他の一同は皆無視して話をすすめる。

 弓使いの少年が言う。


「ドラゴンさんに乗って帰れないんすか?」


 しかし、と黒竜は言った。


「いやぁそれは良いけど……現在地がわからない限りはどっちに向かえば良いのか方角が――」

「あー……」


 弓使いの少年ががっくりと肩を落とす。

 黒竜は言った。


「……入り口も壁になってしまったのなら、とりあえず集落の跡地が……ううん、千年前あった場所、目指すくらいしか」


 実際、壁となってしまった遺跡の入り口に《言葉》をかけても反応は無かったのだ。

 恐らく一方通行なのだと結論づけ、となれば別の入り口もあるはずなのだ。

 しかし、そう言いながら黒竜は内心でツッコミを入れていた。

 そしてそのツッコミを、弓使いの少年が言う。


「千年前の集落の、更に跡地って、それもう何も残ってないんじゃ……」


 ご尤もである。


「手がかりがそれしか無いのも事実でしょ?」


 と、魔道士の少女が言うと、治癒士の少女が不安げに続く。


「で、でも……私たちこんな良くわからない場所の冒険ってしたことなくて……」


 話がまとまらず、そして皆は最終的に黒竜の首の後ろにまたがっているメリアドールをすがるような表情で見つめた。

 皆不安なのだ。故に《帝国》の姫であるメリアドールを頼るのは無理のないことだ。

 しかし、当のメリアドールも、表面上は平静を努めているが内心で非常に不安を覚えているのはわかる。

 だがそれはメリアドールの日頃を知っているからこそなのだろう。

 一介の冒険者、それも駆け出しの彼らにとっては文字通り雲の上の存在なのだ。

 それは黒竜にとっても同じだった。

 ようやく《城塞都市》に少しだけ慣れてきた程度の異世界人。それがこんな……更に得体の知れない場所に放り出されてしまえば、年端の行かぬ少女だろうと頼りたくなってしまう。

 それに、メリアドールは騎士団の団長でもあるのだ。

 多少のアクシデントには――。

 メリアドールが顔色を蒼白にさせながら言う。


「え、え? あ、うん。そ、そうだね……とりあえず、お、落ち着こう」


 あ、これ駄目かもしんない。

 黒竜は絶句し、ふと気づく。

 メリアドールのブーツの踵がグリグリと黒竜の首の後ろをこすっている。


 ……助け舟出してくれということなのだろうか。


 しかしそう請われても困るのだ。

 冒険者としての知識がまるで無い黒竜に何が言えようか。

 というか先程話した記録の件が限界なのだ。

 ……だが、普段彼女が苦労しているのを知ってしまっているのも事実。

 何とか助けて上げたいが――。

 黒竜は考えを巡らし、少しばかり勇気を振り絞って言った。


「ああ、だが、その……なんだ。《暁の勇者》の人たち、

 ちゃんとこの後生きて帰ることができたから、ドラゴンたちも倒せたし、

 国を建て直すことだってできたのではないか?」


 すると、首の後ろのメリアドールがすぐに飛びつき言った。


「そう、そうだとも。結局の所彼らは帰還を果たした。ならその彼らの軌跡を追うのが正解だと思う」

「……でも千年も昔のことじゃん」


 と、魔道士の少女が口を挟む。

 途端にメリアドールはぴしりと表情を硬め、押し黙った。


 治癒士の少女がぎょっとして魔道士の少女の脇腹を小突くと、魔道士の少女は「ぐえ」と声をあげる。

 剣士の少年が興奮気味に言う。


「良いじゃん! 剣聖の軌跡を辿ろう! それすっげー良い! ああ、俺今歴史を歩いてる!

 総隊長オーラン率いる《暁の盾》の! 始まりの歴史を歩いてるぅ!」


 はしゃぐ少年を無視した魔道士の少女が「ちょ、ちょっとマジで痛かった……」と脇腹を抑える。

それを横目で見ながら、弓使いの少年が続く。


「日が暮れたらもっと不味いもんな……。行くかぁ……」

「姫様は私がお守りします! ので!」


 と、すぐに治癒士の少女が鼻息荒く続いた。


「あ、ああ、どうも……」


 メリアドールが少し引きながら返し、彼らは一同揃って森の中に足を進めるのだった。



 ※



 先頭を行くガラバが剣で小枝を払いながら道なき道を進む。


『で、どうよ』


 と、ビアレスである。

 ガラバがちらと背後のビアレスを見やり、小さく首を降った。


『魔物もいねぇしドラゴンもいねぇし、なんだぁここは?

 ……ゼータちゃんよぉ、てめぇさっきから何黙ってんだ? ああ? 協力する気がねえのか?』


 ビアレスの後ろを、騎士オーキッドに肩を貸しながら歩いていたゼータが、ぎゅっと唇を結びうつむいた。

 一番しんがりを行く騎士がゼータとビアレスの顔を交互に見やる。

 騎士の前を歩くリドルが、小さくため息をついて、


『ビア君』


 と優しげな声色で言う。

 すると、ビアレスはバツが悪そうに顔をそむけ、


『だ、だってよ――』


 と抗議の声をあげようとするが、ちらとゼータの落ち込んだ様子を一瞥すると鼻を鳴らし、正面を向いて口を閉ざした。

 リドルが言う。


『ゼータ君、心配するな。オーキッド君はすぐに良くなる。

 ――集落の跡地があるというのなら、そこで休憩しよう。

 調味料だって持ち歩いているから、私の故郷の料理を御馳走するよ』


 先頭を行く騎士がばきり、と枝を払い、ちゃんとついてきているかと言わんばかりに顔を後ろに向ける。

 しんがりの騎士が大丈夫だと言わんばかりに手を大きく振ると、先頭の騎士はまた顔を正面に戻す。

 彼の後に続きながら、ビアレスが言う。


『ナンがありゃな』

『かまどが作れれば良いのだけど……旅じゃあ難しいね』

『でも、あれは美味かったすよ。チャ……あー……』

『チャパティ』

『ああそれ!……帰ったらリドルさんとこの店、行ってみてえな』

『ふふ、結構近いって聞いて驚いたよ。……茶葉があればチャイだって作れる』

『おー! あれ好きっすわ! ミルクティーより俺あっち派だわ!』


 ビアレスが染み染み言うと、少しばかり怪訝な顔になったゼータがようやく口を開く。


『……以前から、気になっていたのだが』

『あん?』


 ビアレスが歩きながら、顔だけを背後のゼータに向ける。


『……お前たちは、知り合いなのか? やけに親しいように見える』


 すると、彼女の後ろを歩くリドルは、


『うーん、どうかな』


 とにこやかに考え込む。

 ビアレスが言った。


『別に知ってたわけじゃあねえよ。ただ日本――って知らねえか。まあ、俺たちゃ同じ国にいたってやつ』

『こっち来る前に国籍取れたから……家族もまだ、日本にいると思う。住んでたとこも近いから、ひょっとしたらどこかですれ違ってたかも知れないね』

『んだなぁ。カレーはたぶんみんな好きっすよ。……俺の原付き返してくんねぇかなあいつら』

『研究用に持ってかれてたやつだよね? ガソリンなくない?』

『ねえスけど、初バイトで買ったやつだし……』

『思い出、か――』


 と、リドルが少しばかり懐かしむような顔になる。

 やがて、彼はゼータを見やり、言った。


『ゼータ君は、同郷の人とかいるの? 確か合計で四つの世界から呼ばれたんだっけ?』


 ゼータは黙り、うつむいた。

 短い沈黙ののち、ややあって彼女は口を開く。


『……わからない』


 すぐにビアレスが続く。


『わからねえこたぁねえだろ』


 ゼータがむっとした顔をビアレスの背中に向けると、リドルが先程と同じような優しい声色で、


『ビア君』


 と名を呼ぶ。

 ビアレスは前を向いたままそれ以上何も言わず、ゼータがおずおずと口を開いた。


『私たち、《人竜種》は……あまり外の世界には出たがらないから……』

『《人竜》……《竜人》ではなくて?』


 リドルが首を傾げると、ゼータがうなずいた。


『うん、《人竜》。竜っぽい人じゃなくて、人の姿をした竜だから、《人竜》。父からは、そう教わってる』

『まあ、てめぇの身体能力はえげつねえからな』


 ビアレスの一言一句が癪に障るのだろうか、ゼータはまた少しばかりむっとした様子になるが、今度は黙ることなく続ける。


『年の離れた弟を、残してきてしまった。……早く、帰らないといけないのに――』


 すると、ビアレスは難しい顔になり、


『……そうか』


 とだけ口にする。

 正面を歩いていた騎士がちらと後方を振り返り、皆ついてきていることを確認し再び正面を向く。

 やがて彼らは、かつて人が住んでいたらしい小さな村の廃墟へとたどり着いた。



 ※



「廃墟って言ってなかった?」


 と、魔道士が黒竜を少しばかり咎めるような口調で言う。

 すぐに治癒士が彼女の脇腹を肘で小突くと、魔道士はまた先程と同じように「ぐえ」と小さな悲鳴を上げた。

 が、魔道士の言うことは一理ある。

 ようやくたどり着いた森の中腹と呼ぶべきその場所は、使い古された野営施設が点在していたのだ。

 明らかに、最近まで人が住んでいた気配がある。


「とは言ってもよぉ」


 と、弓使いが周囲を探索し終えて戻ってきた。


「んー、数日って感じじゃねえな。ニ、三ヶ月は戻ってきてない感じ。結構ほったらかしにされてるのを見るに、持ち主は……」

「死んだ? え、ここで? ここで死んだ?――ぐえっ」


 また魔道士が治癒士に脇腹を肘鉄される。


「いやわかんねえからそこは……。でも戻ってきてないのは、たぶん本当だと思う」


 すると、剣士が考えながら続く。


「別の拠点に引っ越したとか?」


 だがすぐに弓使いが首を横に振る。


「いや、その割には調理器具とかがほったらかしにされてる。戻ってくる前提なんじゃねえかな」

「引っ越して新しいの買ったとかは?」


 と、魔道士が続く。


「……だからそこまではわかんねえって」

「ん何よおー、斥候の癖してー」

「無茶言うなっつの……」


 そして、治癒士が黒竜の顔の後ろにまたがっていたメリアドールを見やり、言った。


「姫様はどう思われます?」


 するとまた先程と同じように、メリアドールはびくりと肩を震わせ、何で僕に聞くんだと言いたげな顔で咳払いをし、黒竜の顔の後ろを踵でゴリゴリとこすりながら言った。


「ああ、うん。そ、そうだね……。あー……と、とりあえず、だ。

 状況がわからないのだから……うん、とりあえず、使わせてもらおう。

 持ち主が戻ってきたら謝礼とか……《翼》君は結構お金溜め込んでるし」

 思わず黒竜は、


「何で私の話になったの……?」


 と口を挟むが、メリアドールは無視して続ける。


「後、ここがどこだか示すようなものが見つかれば幸いだ。場所さえわかれば《翼》君に乗って帰る算段だってできるだろう?」


 ふと、魔道士が黒竜の耳元にまでやってきて、「お金持ちってマジ?」と小声で問う。

 黒竜も小声になって、「い、いやわからない……そもそも指無いから持てないし……」と返す。

 魔道士が、「確かに」と納得していると、治癒士が皆に聞こえるように大きく手をパシンと鳴らし、言った。


「では、探索です! 未知なので、慎重に! 姫様が一緒にいることを忘れないように!」



 ※



『容態は?』


 焚き火を囲みながら、ビアレスが問う。

 対面で火の番をしているリドルが、温かいお茶を入れたコップをビアレスに渡しながら言う。


『落ち着いてきたよ。後は、安静にしてもらうしか無いね』

『ども。……魔法が使えりゃなぁ』

『そうだねぇ』

『俺たち日本組はなーんも使えねえでやんの』

『他のとこから来た人たちは、一応使えるみたいだよね』

『そう。……不公平じゃねえか。《勇者の紋章》とか馬鹿かっての。効果ねえぞこれ』


 ビアレスの言葉を聞きながら、リドルも自分の左手の甲にある黒い十字の刻印を眺め、


『そうだねぇ……。これ何なんだろうねぇ』


 とうなずいた。


『《古きなんたら》が近くにいると反応するとかどうとか言ってたけど、ひょっとしてそれだけなんかな』

『それだけなのかなぁ……』

『いらねえんだけど、これ』

『だよねぇ……』


 ふと、彼らの背後にある石でできた簡素な建物から、ゼータが出てきた。

 ビアレスが顔だけ向けて問う。


『どうだ?』

『眠った。……少し落ち着いてきた』

『てめーは魔法使えるんだろ?』

『――?……まあ、使える。少しだけど』

『てめぇの《盾》の……オーキッドもそうなんだろ?』

『……? さっきから何なんだ。私よりも彼女の方が魔法の使い方は上手い』

『ほー』

『娘はもっと上手だと言ってた』

『は? なんて?』

『娘。……聞いてなかったのか?』

『あ? ああ? 娘? 結婚してんの?』

『……な、何だお前、どうした?』

『ああ、いやぁ、別に……』

『夫が《古き翼の王》に殺されて、娘の未来を守るためにって言ってたろ?』

『……マジか。俺聞いてなかったわ……』

『呆れたやつだ』

『マジか……。――マジっすか?』


 とビアレスは絶句しながらリドルを見る。

 するとリドルも頷き答える


『うん、言ってたよ』

『マジかぁ……』


 ビアレスはがっくしとうなだれる。

 ゼータはひょいと片眉を釣り上げ、怪訝な顔になった。


『……何で聞き直したんだ』


 そしてすぐにキョロキョロと周囲を伺い、言った。


『あいつは?』

『ああ?』

『……あいつ』

『誰だよ』

『……お前の《盾》二人』

『探索だよ。……つーかテメー名前覚えてねえのか?』

『同じ鎧を着ていて見分けがつかない』

『つけよそこは……命かけてんだろうが』

『だ、だったら……休ませなくて良いのか。お前の《盾》で命かけてるんだろう』

『言っても聞かねえよ。……ん、なんだ?』


 ふと、ビアレスが自身の左手の甲に視線を落とす。

 すると、ゼータも、リドルも同じように眉間にしわを寄せ、自身の左手の甲をみやった。

 彼らの刻印は、赤く染まっていた。

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