第30話:遺跡の記録

 遺跡の通路を黒竜が征く。

 道中で出会った四人の銅級冒険者の内の一人、剣士の青年が、言った。


「いやー、でもマジで死ぬかと思った。いきなり出てくるんだもんなー」


 彼らは以前ミラと共に薬草採取の依頼の際に一緒になった子たちだ。

 すると、弓使いの青年が肩をすくめて続く。


「ちょっと油断してたわ。ランタンつけるだけの依頼だから……」


 それが、彼らの受けた依頼であった。

 黄金級が危険を掃討し、銀級が正確な地図と罠はずしで安全の確保、そして銅級が通路に魔法で作られた消えないランタン(一定の間隔で魔力供給は必要だが)を設置していくのだ。


 魔道士の少女が、ギルドから支給された魔道具[ヨバクリのカバン]にごそごそと手を突っ込み、火ではない光源を放つランタンを一つ取り出し、壁際の床に配置する。

 その魔道具はいわゆる、見た目よりもものがたくさん入る不思議なカバンというやつらしい。

非常に高額なため、どうやらパーティのリーダーであるらしい治癒士の少女はちらちらと不安げな様子で魔道士の少女を横目で見ている。

 魔道士の少女が言った。


「斥候役任せてるあんたがそれだとさー」

「わ、わかった、わかってる。悪かった……」


 弓使いの青年がみなまで言うなと頭を下げると、治癒士の少女がため息を付いた。

 つい先程、えっちらおっちら遺跡を探索していた黒竜と、彼らは道の角でばったりと再開したのだ。

 黒竜としては知った顔であったし、思わず笑顔になって、「あ、どうも」と気さくに声をかけようとしたのだが、暗がりからは今まさに襲いかかろうと顎を開いた化物に見えたようだ。

 ふと、治癒士の少女が黒竜の首の後で暇そうにしていたメリアドールを見、言った。


「あの、ミラさんはお元気ですか……?」


 既に、ミラが[司祭]になったことは知れ渡っている。

 これはメリアドールの戦略であった。先にこちら側の主観入りの情報を広めてしまうことで感情の主導権を握ろうという魂胆である。一応はとりあえずの成功を見せているようで、ミラはメリアドール姫を庇った英雄と思われている。

 メリアドールがわざとらしく考え込む素振りをしてから言った。


「さて、どうかな。我が騎士団、そしてアークメイジが一丸となって彼女の治療に取り掛かっているが……」


 え、そんな御大層な話だっけ、という言葉を黒竜は飲み込む。

 治癒士の少女が、


「そんな……!」


 と驚愕に目を見開くと、すかさずメリアドールが言った。


「だが、[司祭]となった彼女は、人々の意志の力を吸収しているようにも見える」

「意志の、力ですか?」


 魔道士の少女が割って入る。メリアドールは、「そうだ」とうなずいてから続けた。


「[言葉と息]は魂に語りかける魔法だとは知っているはずだ。

 であれば、キミたちみんなの願いが、彼女にも強い影響を与えるものなのだろう」


 黒竜はもう一度、そんな話だっけ? と言いたくなるのを堪え、何も言わずに次の言葉を待った。

 剣士の少年が言う。


「俺たちがミラさんのことを思えば、助かる……?」

「そういう可能性が高いってことさ。だから、祈ってあげて欲しい」


 治癒士の少女は熱心にうんうんと頷いてるのを見た黒竜は、なんとも言えない気持ちになってため息をついた。


 [言葉と息]を自在に操る裏切り者の冒険者、窮地に立たされる[ハイドラ戦隊]、黒き竜と共にそれを打ち破ったが、裏切り者の冒険者が放った最後の攻撃から姫を守り――的なことが噂として広まっていることは知っていたが……。

 メリアドールの嘘を信じ込んでいる彼女たちの姿が居たたまれなくなった黒竜は、話題を変えるべく別のことを問うてみる。


「キミたちは……私が[古き翼の王]だと、ええと、そうわかっても、恐ろしいとは思わないのか……?」


 それは無防備な質問である。

 すると、弓使いの青年があっけらかんと言った。


「なーに言ってんの! 俺は最初からあんたが[古き翼の王]だって信じてたぜっ!」

「そ、そうか。ありが……ん? んん? どゆこと?」


 礼を言いかけ、黒竜は首をかしげた。

 今度は剣士の青年が続く。


「千年も昔のことだしなぁ」


 すぐに弓使いの青年が続き、胸を張って言った。


「伝説の黒いドラゴンだろ? かっけえじゃんかっ! 憧れるなー!」


 魔道士の少女が、うっとりと言った。


「[黒い翼の恋]、あれ好きだったなー」

「俺は[帰ってきた翼の王]が好きだなー。見た?」


 その二つは、アリス嬢から勧められたファンタジー小説のタイトルである。劇にもなってるようだが、流石にそちらの知識はまだ国の歴史書を読み漁るので精一杯で、手を付けていない。

 興味はあるのだが、娯楽にかまけている暇は無いのだ。

 黒竜が何も言えないでいるのを見た治癒士の少女が、笑顔で言った。


「あ、[黒い翼の恋]というのは、

 現代に蘇った[古き翼の王]がどういうわけだか人間になっていて、

 それで冒険者の少女と恋に落ちるって物語です。最後は少女をかばって死んじゃうんですよね。

 で、[帰ってきた翼の王]は、

 現代に甦った[古き翼の王]が人を滅ぼそうとしてうっかり圧制を強いる国王を倒しちゃって人々を救うー的な?

  誤解コメディ的な?」


 黒竜はなんとも言えない気持ちになり、


「あ、わ、わざわざ、どうも……」


 としか言えなかった。

 首の後ろにいたメリアドールが黒竜の頬に手を伸ばし、ぐしぐしと撫でながらにっと笑う。


「人気者だねぇ」

「う、ううん、良くわからんのだけど……」


 千年という時間は厄災の魔神を恋愛小説やギャグの主人公に変えてしまうほどの時なのだろうか。

 自問し、そうかもしれないと思ってしまった。

 ほんの七十数年昔のヒトラーですら、シュール系コメディ映画になったりしているのだ。

 であれば、千年も昔ならば相当なものだろう。

 女体化して萌えキャラになってゲームのガチャで排出されても良いレベルだ。季節ごとに水着着ていたりハロウィン衣装だったりバレンタインだったりする可能性だってある。


 結局のところ、大衆にとって今更[古き翼の王]が復活したところで、それは身近な恐怖では無いということなのだろう。

 だが、恐怖ではなくとも不安の種であるのは事実だろうとも、黒竜は思っていた。

 昔から隣に住んでいる気前のいいおばちゃんと道ですれ違ったとして、彼女が敵かもしれないと考えるだろうか? 疑いを持つだろうか?

 いいや、ありえない。

 そんなことは意識すらしない。

 だが街の人々の黒竜を見る目は、優しさと友好の色に不安が見え隠れしているのだ。

 友人であることを、無害であることをその都度確認しなくてはならない存在。

 そして不安はやがて恐怖へと変わるのだ。


 ああ、そうか、と黒竜はようやく思い立った。

 だから、メリアドールは嘘も織り交ぜながら、その不安の種を摘もうとしているのだ。

 人の願いから生まれた[司祭]ならば害はないという世論を作りたいのだろう。

 しばらく彼らの依頼である道中の光源確保と安全の再確認に付き添い、やがて大広間に差し掛かった黒竜は気づく。

 一帯が淡い輝きを放っているように見える。

 これは――?


「さー、ちゃっちゃとやっちゃお」


 冒険者たちは気づいていないようだ。

 首の後ろにいたメリアドールも気づいていないようで、


「思っていたよりも退屈だね。景色も変わらないし」


 とけだるげに黒竜の頭にもたれかかった。


「あの……」


 黒竜が声をかけようとしたその時だった。


『だから! 騎士としての自覚がないって言ったんだ!』


 女性の怒鳴り声が響く。

 黒竜はびくりと身をすくめ、キョロキョロと周囲を伺うと、冒険者たちは忽然と姿を消していた。

 すると――。


『聞いているのか! ビアレス!』


 頭部に二対の捻じ曲がった角を持つ背の高い女性が、黒竜の体を文字通りすり抜け、そのまま苛立ったような足取りでつかつかと歩く。

 輝きが増すと、周囲の情景が一気に広がり、十名ほどの半透明な騎士たちの姿が現れた。


 ああ、そうか。これは――。


 角持ちの女性に睨みつけられた赤毛の青年が、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 すると角持ちの女性は一層眉間に皺を寄せ、『貴様!』と声を荒げた。

 赤毛の青年が怒鳴り返す。


『うるっせえな! ああ!? てめーは何だ、俺のかーちゃんか!?

 黙って聞いてりゃあ一々文句言いやがってよぉ!』


 その声には聞き覚えがあった。

 遺跡で見た、[暁の勇者]の一人だ。

 角持ちの女性が更にいう。


『それが、選ばれた者の言うことかッ! 良いかビアレスとかいう者!

 戦士は矢面に立ち、真正面から敵を倒して見せねばならない!

 [盾]と呼ばれる彼らだって、命を賭けているんだぞ!

 だから、我々はそれに見合う価値を――』


『へっ、あるかよンなもん! 最初っからなぁ! 俺は俺が生き残ることしか考えてねぇ!

 テメーの価値観で他人様を測ってンじゃねーぞゼータちゃんよぉ!』


 見れば、周囲にいる騎士たちの何人かは皆同じ鎧と兜を装備している。

 白く美しい装甲と金の装飾が施されたそれは、いわゆるフルプレートメイルと呼ばれる全身を覆うタイプの鎧である。

 このデザインは、歴史の本で見たことがある。

 確か女王を守護する独立部隊[暁の盾]の前身となった組織の標準装備だったはずだ。

 ミスリルと鉄を混ぜ合わせた、安価で量産がしやすくそれでいて頑丈という特性を持つ反面、ミスリルの軽さを鉄で相殺してしまっており結果的に着る者を選ぶ鎧となってしまったそうだ。

 現在でも同じ外見の鎧は本国に行けば多数見られるようだが、素材が違うと書いてあった。


 周囲にいた[盾]の騎士たちが、ゼータと呼ばれた角持ちの女性とビアレスと呼ばれた赤毛の青年の口論を遠目で眺めている。

 ビアレスが言った。


『言っておくがよぉー。俺はてめーのような良い子ちゃんじゃあねぇからよぉー!

 はいわかりました名誉のために戦いますなんて、馬鹿な真似はできねえって言ってるわけよ?

 わかるかその辺。あ、わかんねーかぁ! 脳みそ半分角で埋まっちまってるもんなぁ!』

『この私を、愚弄したな!』


 角持ちの女性が激高し殴りかかる。

 即座に一人の[盾]の騎士が間に割って入ると、角持ちの女性が憎々しげに、


『こんな奴の――!』


 と吐き捨てた。

 ビアレスが[盾]の騎士の背後からヘラヘラと顔を覗かせ、言った。


『いーやー、わりーなーゼータちゃーん。わかるやつにはちゃーんとわかるわけよ?

 俺の言ってることの正しさってえのがよぉ? で、何だって? 矢面がどうした? ああ?

 ところでお前なんで騒いでたんだ?――おい、行くぞ』


 ビアレスが[盾]の騎士に顎で指示すると、[盾]の騎士は無言で彼に付き従い、更にもうひとりの騎士がそれに続く。

 ゼータと呼ばれた角持ちの女性は、憎々しげにビアレスの背中を睨みつけていた。


 さーっと景色が移り変わって行く。

 まだ、記憶は続いているようだ。


『無駄足じゃねえか! 糞、なーにが遺跡だっつーの。ただの蜘蛛の巣じゃねえか!

 あのドリオとかいうくそったれのデブが、てめーのケツに火ついてんのわかってんのか?

 ああ!?』


 先程出ていった時と同じく、二人の[盾]の騎士を連れたビアレスが苛立たしげに言うと、背後からびしょ濡れになったゼータが現れ、ぜえ、と肩で息をしかがみ込んだ。

 それを見たビアレスが、あざ笑う。


『あらー? ゼータちゃんどしたの? ずぶ濡れ』


 ゼータがぎゅっと唇を噛み、ビアレスを睨みつけた。


『おいおいゼータちゃぁん。テメーの不始末まで俺の所為にしちゃう気ぃ?

 勘弁してくれよぉ、猪突猛進のゼータちゃぁん。なあ?』


 ビアレスがからかうようにして自分の[盾]の騎士に顔を向ける。

 ふと、ゼータの[盾]の騎士がぐらりとバランスを崩す。

 すぐにビアレスの[盾]の騎士が支えると、ビアレスは、


『どうした』


 と少しばかり緊迫した声色で駆け寄った。

 そのままゼータの[盾]の騎士は、支えられながら片膝をつく。

 ゼータの[盾]の騎士が、『す、すみません』と小さく言うと、ビアレスが膝を付き顔を覗き込む。

 すぐにビアレスは立ち上がり、


『リドルさん、近くにいるか!』

『どうしたー!』


 すぐに奥から白髪まじりの老人が、同じく[盾]の騎士を引き連れて現れる。

 ビアレスが言った。


『ゼータの[盾]。――確かオーキッドって言ったか……。調子がおかしいみたいで。

 俺じゃあわかんねぇ……』


 リドルと呼ばれた老人は頷き、座り込んでしまった[盾]――オーキッドの兜を脱がせる。

 その[盾]の騎士は、銀髪と褐色の肌が特徴的な美しい女性であった。だが、長く伸びた耳がヒューム種で無いことを表している。

 エルフ種だろうか。

 それに、オーキッドと言ったか……?

 アークメイジの性も確か同じだったが――。

 リドルが彼女の首筋に手を当て、


『脈が弱いな……』


 とつぶやく。

 すぐに彼女は首を振り、言う。


『じ、自分は、大丈夫ですので……』


 だが、リドルは小さくため息を付き、言った。


『外から見ればわかる。――タージ君とマリー嬢を呼んでくれ、恐らく先程の大蜘蛛。神経毒だろう』

『あいっす――。座ってろよてめー、動くと毒回るっつーしな』


 ビアレスが奥へと消えていく。彼の[盾]は一度ゼータと彼女の[盾]の一瞥してから、すぐにビアレスの後を追った。

 彼女は、弱々しく言う。


『……自分は、毒に耐性があります』

『ゼータ君を守り抜いたキミの勇姿は見ていた。耐性と言っても限度があろう――無茶しすぎだ』


 さー、と景色が遠くなっていく。

 最後に、うずくまり小さくなったゼータの姿が残った。

 彼女が、消え入るような声で言った。


『何も、できないで――』


 記憶は、そこまでだった。

 すべてが消えると何もかもが元通りとなり、四人の冒険者たちは何事もなかったかのように作業を続ける。


 と、黒竜は違和感を覚える。

 ビアレスたちが入っていったそのドラゴンも通れるほどの巨大な扉は、今は壁になっているのだ。

 瓦礫ではなく、人の手によって作られている。

 しかし、ここだけ新しいというようにも見えず、黒竜は首をかしげた。

 すると、首の後ろのメリアドールが、ひょいと上から顔を覗かせる。


「どうしたの?」

「いや……。見えた?」

「何が?」


 やはり、自分にしか見えていないのだ。

 黒竜が考え込むと、メリアドールは軽く彼の頭を小突いた。


「言ってくれないとわからない」

「あ、うん、すまない。……以前話したとは思うが」


 と前置いてから、黒竜は先程見た遺跡の記憶を伝え、最後にこう質問した。


「後から誰かが壁を作ったのだとしたら、少し妙だと思った。

 この遺跡はずっと隠されていて、ミラ君がつい最近見つけたのだと聞いた。

 ……どういうことなのだ?」


 しかし、メリアドールは別の疑問を口にした。


「賢王と黒剣のゼータは親友だったはずだが……?」

「い、いや、そこはわからないけど……」

「それが歴史というものか、後から友人になったのか……。

 けど、あのアークメイジの先祖がゼータの[盾]であったのは歴史に記されている通りでもある。

 うーん……。ともあれ、壁か――」


 ふと、全てのランタンを起き終えた魔道士の少女が、「終わったー!」と元気な声をあげた。

 声が反響し響くと、治癒士の少女が「ちょっとうるさい」と苦言を呈し、こちらにやってきてからメリアドールにペコリと頭を下げる。


「あ、あの、姫様ごめんなさい、騒がしくて。――どうかしました?」


 問われたメリアドールが壁の件を掻い摘んで説明すると、魔道士の少女が考える素振りをしてから言う。


「魔法による隠蔽かな?」


 黒竜もその可能性を考えたが、それは治癒士の少女によって否定された。


「黄金級の人たちが気づかないと思う? 違うでしょ」


 弓師の青年が難しい顔をして壁に近づき、注意深く観察する。


「最近、じゃあ無いよな」


 すると、また治癒士の少女がため息と共に言う。


「見ればわかるでしょ」


 ふと、剣士の青年が言った。


「黄金級の人たちでも気づかなくて、その後の銀級とかの探索でも同じで……じゃあ違うことと言えば――」


 一同の視線が黒竜に集まる。

 メリアドールが言った。


「[言葉]、かな?」


 やがて、メリアドールが中心になって壁に罠の類が無いことを再確認してから、黒竜は一歩下がり、壁に向けて[言葉]を放った。


「え、ええと……ふー、〝開けて〟」


 目に見えない波動が遺跡を駆け巡り、壁に吸い込まれていく。

 冒険者の面々がなんとも言えない表情になり、黒竜は向き直った。


「……そんな顔をされても困る」

「ええー」


 結局、黒竜の雑な[言葉]でこれ以上の発展は無く、何とも言えぬ沈黙の後にメリアドールが治癒士の少女に問う。


「とりあえず、報告はするってことで良いんだよね?」

「あ、はい! 一応詳細な報告が必要なので、ドラゴンさんにも一緒に来て貰いたいですけど」

「ン、それは構わない。騎士と言ったって、大規模な作戦でも無い限りうちは自由さ」


 最後に彼女はここにいない多くの部下に向けてぽそりと「……訓練くらいは参加してもらいたいけど」と付け足しため息をつく。

 黒竜は高い天井を見上げ、


「遺跡の、記憶……」


 と呻いた。

 それが、帰還のための手がかりになるだろうか?

 黒竜と同じく、こちら側に連れてこられた者たちの、軌跡。

 帰ることができなかった、彼らの――。


 そうして出口に差し掛かった辺りで、先ほどと同じようにビアレスの声が響き渡った。


『だああ!? どこだここはぁ?!』



 ※



「み、みんな来て、なんかおかしい!」


 魔道士の少女が困惑した様子で呼びかける。

 既に弓使いの少年は斥候として周囲の警戒に当たっている。


「下がって!」


 と剣士の少年が真新しい剣を鞘から抜き去り、魔道士と治癒士の少女を守るようにして前へ出る。

 黒竜の首の後ろから、メリアドールが身を乗り出す。


「何? 何なの? 何があったの?」


 黒竜もわけがわからず、


「い、いや、わからない……」


 と答えることしかできない。

 剣士の少年を先頭に、ゆっくりと来た道をたどる。

 やがて、この[ディサイド遺跡]の入り口に戻ると、ほんのりと潮の香りが漂い、黒竜はいよいよ持って困惑した。

 既に外で警戒をしていた弓使いが、唖然として外の情景を眺めている。


「な、なんだ、こりゃ……」


 一同が入り口の巨大門をくぐる。

 そこには――。

 [ディサイド遺跡]は、森の奥深くにある隠された遺跡だ。

 山々と、木々に隠されていたその遺跡は――奇妙なことに、今は切り立った岸壁と森と、眼下に見える見渡す限りの水平線、すなわち海に面したこじんまりとした遺跡になっている。

 黒竜の目の前には、青く輝く大海原が広がっているのだ。

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