第29話:遺跡探検
「[ディサイド遺跡]?……どこかで聞いた名前だが」
今日も今日とて大図書館で本を読み漁っていると、ふとやってきたメリアドールが情報を持ってきた。
曰く、近々西にある[ディサイド遺跡]に必要な冒険者ランクが、大幅に下げられるとのことだ。
メリアドールが頷き、言った。
「白銀級の冒険者パーティ、[オルトロス]って名前なんだけど――」
「ああ、ブロブ君のとこの」
黒竜はすぐに答えた。
なんでもメンバー五人の名前、オーリン、ルシア、トロンベ、ロゴグロ、スージィを合わせたのだとか。
メリアドールがまた「うん」と頷いて続けた。
「彼らがちょっと前にその遺跡の探索を完了させてね。
その後銀級にまで制限が解放されて、地図も作り終えたんで、
キミの青銅級でも行くことができるようになったってわけ。
この辺でキミが入れそうなくらい大きな遺跡ってあそこくらいだろう?」
黒竜でも入れるということは、即ちドラゴンに関係が深い遺跡ということでもある。
そして、黒竜は銅級から青銅級に昇格したばかりだ。
戦いの功績が認められたとのことだったが……。
「……ちょっと[翼]君、どいて」
ふと、背後からけだるげな声が飛び、黒竜はすぐに
「あ、ごめんね」
と身を寄せ道を開けた。
隅っこで本を読んでいるとは言え、床に直なのだ。
何かしらの邪魔になってしまうのは仕方がないのだ。
その声の主は、
「ん、さんきゅー」
とだけ言うと、黒竜のすぐ隣の席に座り、恋愛小説を読みはじめる。
ふと、メリアドールが鋭い視線になって言った。
「十番隊のアリス・マランビジー隊長は訓練を病気で欠席したはずだが?」
すると、言われた当の本人――[ハイドラ戦隊]の十番隊隊長、アリス・マランビジーは恋愛小説から目を話さず首だけのそりともたげると、言った。
「わたしぃ、朝、弱いんですぅ」
「今は昼だ」
メリアドールがすぐに言うと、アリスは黙り込み、肩をすぼめ、ぼそぼそと言った。
「起きた時が、朝なんですぅ」
「こ、こいつ……」
ふと、メリアドールが何かに気づき、彼女にしては珍しいほど不愉快そうに顔を歪める。
そのままメリアドールは訝しげにアリスの頭の先からつま先までを凝視し、言う。
「アリス。キミ昨日風呂入ったか……?」
アリスは答えず、また肩をすぼめぼそぼそと何かをつぶやいてから言った。
「昨日っていつのことですかぁ……」
「…………マランビジー隊長」
メリアドールの声に怒気がはらむと、アリスはびくっと肩を震わせ、ようやくメリアドールを見、慌てて言った。
「ち、違うんですよぉ。ね、だんちょ?
わたしぃ、思うんですぅ。明日って、いつ来るのかなって」
「時計の針が0を指したら日付が変わる。明日だ」
「ち、違うんですぅ。そういうこと言ってるんじゃないんですぅ……。
わたしぃ、あの、考えたんですぅ……」
「何が言いたい」
「……んへっ。わたしぃ、三日くらい寝てないのでぇ、まだ今日でぇす……」
メリアドールの目元がぴくりと反応し、ふと何かを思いつき、考え込み、そしてアリスの脂ぎった髪をぐわしと掴み言った。
「じゃあまだ朝じゃないだろうが!」
「んぎゃあ痛いぃ、痛いですぅ団長……」
「うっわ汚っ。髪何かべとべとしてる……!」
「ち、違うんですぅ、団長信じてくださいぃ……。わたしぃ、寝るまでが朝なんですぅ……」
ふと、背後から「おほん」と咳払いが聞こえた。
見れば、司書の女性が冷ややかな目でメリアドールとアリスを見据えている。
司書が言う。
「お静かに願えませんか?」
黒竜が慌てて、
「す、すんませんほんと……」
と頭を下げると、司書はすぐに微笑んで言った。
「いえ、[翼]君に言ったのではありません。
それに貴方が来るようになってから、騒ぐ人が皆静かになりましたので、むしろ感謝しているくらいです」
「あ、はい、どうも……」
曰く、本国の鼻持ちならない下級貴族などがたまにここやってきて、やれ古臭いだの品揃えが悪いだのと小言を言っていたようなのだ。他にも自分のことしか考えない魔導士や質の悪い神官など、様々だったようなのだが。
どうもその手の者たちは強面の外見に弱いらしく、黒竜が隅にいるだけで声を潜めたり態度が控えめになるのだそうだ。
そういう事情もあって、ありがたいことに黒竜はこの大図書館では歓迎されていた。
しかし――。
「あまり騒がれますと、出ていってもらうことになりますので」
と司書がメリアドールとアリスを見て言えば、二人は渋々頭を下げざるを得ない。
司書が去ると、メリアドールが小声で黒竜を咎める。
「知っていたのなら注意して欲しかった」
だが、黒竜はすぐに言った。
「すまない。でも何か仲良くなっちゃって……」
メリアドールは呆れてものも言えないようだった。
※
後日、黒竜は久しぶりに[冒険者ギルド]の門を叩き、青銅級に許された[ディサイド遺跡]とやらの探索への許可を取り、空を行く。
首の後ろに装備した革の鞍にはメリアドールが跨がり、黒竜の冒険に同行している。
ブロブらによって既に魔獣は掃討され、その後銀級冒険者らによって地図が作られ取りこぼしの財宝は回収され、内部には照明用の[魔法石]も配置されている。
その後、青銅級冒険者らによって採種情報の最終確認や道中の確保が行われ、この遺跡は国が拠点として使えるかどうかを見極められるのだそうだ。
であれば、出入りできるのは今くらいだ、と黒竜は翼を羽ばたかせ、西へ西へと空を行く。
だが、気楽な冒険でないことはわかっていた。
黒竜にも多数の密偵がつけられており、一挙一動に気を使わなければ黒竜処刑の大義名分を与えることになりかねないのだ。
実際、単独行動は慎むべきだとカルベローナから小言を言われている為、冒険に行くのなら[ハイドラ戦隊]から人をよこすと聞いていたのだ。
それが団長であるメリアドールだと知った時は驚いたし、『それ大丈夫なの?』と問うてみたが、帰ってきた答えが『僕だってたまには仕事を投げ出したい時くらいある』であったため、それ以上は何も言わないでおいた。
友人になったアリス隊長の件を黙っていたという負い目もある。
一応飛び立つ前に生体感知の[息]で周囲の者たちを確認してみたが、どうやらこれは敵意や殺意を感知するもので、警戒心などには無反応なのだということがわかった。
つまるところ、暗殺者ではなくただの密偵には無反応なのだ。
全ての密偵が強い敵意と殺意を持っているわけでも無いのだから、こうもなる。
やがて、数十分ほど空を飛び深い森の上空に差し掛かる。
ここからでは遺跡らしき建物は見えないが――。
受付嬢の言葉を頼りに、黒竜は高度を落とし、周囲を旋回しながら様子を伺う。
すると、ふわりとした奇妙な感覚を全身に感じ、突然眼下に巨大な建造物が姿を表した。
深い森に囲まれたその遺跡は、明らかにドラゴンの為に作られたであろう巨大な扉と十数ものアーチが見える。
これが、[ディサイド遺跡]なのだ。
厳重にかけられていた知覚遮断の魔法障壁の所為で長いこと発見されずに放置されていた遺跡を、二年ほど前にたまたま付近を捜索していたミラたちのパーティが発見し、それがギルドに伝えられ、現在に至るのだ。
『私達が見つけたのに階級制限で入れないのはおかしいって昔ミラが言ってたなー』
と、メスタが言っていたのを思い出す。時期的にメスタが合流前の出来事なのだろうが、どうやら根に持っているらしい。
しかし、と黒竜は違和感に気づく。
作り自体は、ドラゴンに合わせた大きさだ。[城塞都市グランリヴァル]の古い建造物と似た作りに見えるし、黒竜が目を覚ましたあの遺跡にも共通点が見受けられる。
だが、決定的に違うのは、ドラゴン用の入り口――即ち、吹き抜けが見当たらないことにある。
――何だ?
と妙な違和感を覚えながら、黒竜は[ディサイド遺跡]入り口にゆっくりと着地する。
首の後ろから身を乗り出したメリアドールが言った。
「思っていたよりも大きいな。……だけど、ドラゴン用の出入り口が無いように見えた」
「私も同じことを考えていた。どういうことなのだろうか」
周囲には焚き火の後や物資が入っていたと思われるいくつかの木箱が積まれており、既に青銅級の冒険者たちは中に入っているのだと知る。
メリアドールが言う。
「[竜戦争]の時代に……ドラゴンの為に、作ったはずだけどドラゴン用の専用出入り口は無くて……ふふ、いろいろと勘ぐっちゃうね」
「……例えば?」
問うと、メリアドールはいたずらっ子のように薄く笑って言った。
「裏切り者がいたとか、さ」
※
前情報の通り、既に内部は[魔法石]による明かりがいくつもつけられており、夜目が効くわけでもない黒竜でも探索は用意だった。
天井は案の定見上げるほど高いが、吹き抜けは存在しない。
黒竜は、ここ数日で多くの知識を得た。
やはり本は良い、と実感しながらも、アークメイジがミラの看病の為頻繁にテモベンテ家の宿舎に訪れたことも幸いした。
彼女はミラの看病をしている時は機嫌が良いようで、黒竜は窓から顔だけを覗かせ、ご機嫌を伺いながら色んなことを聞き出した。
そして確固たる情報を得る。
〝ディサー・ゲイン〟。それが門を開く[言葉]であり、[古き翼の王]だけが使える力である。
だが、その[言葉]の意味がわからず、黒竜には使うことができない。
実際そう[言葉]にしても何も起こらなかったのだ。
黒竜は落胆したが、それでも確かな希望を得たのも事実なのだ。
後は[言葉]の意味さえわかれば、少なくとも家に帰ることはできる。
元の世界に戻れないという最悪の結果は防げるのだ。
この事実が黒竜の気持ちを軽やかにし、同時に前向きにもした。
その[言葉]の意味も、[禁書庫]ならばあるだろうというアークメイジのお墨付きももらえた。
もちろん、『絶対とは言えぬがな』と釘は刺されたが。
同時に、[賢王の遺産]の情報も得る。
だがこれについてアークメイジは、対[古き翼の王]用の武器などでは無いかと予想していた。
少なくとも、知識では無いはずだ、とのことだったが、結局のところは憶測の域を出ないと最後に締められたので、当面の目的はやはり[禁書庫]だと黒竜は目標を定める。
[言葉]がわからないのなら本を読み、それでも足らないのならドラゴンの関連施設を虱潰しにすれば良い。
一にもニにも知識なのだ。
闇雲な冒険では無い。やるべきことがはっきりした冒険なのだ。
同時に、人間に戻る手段も探さねばならない。
いや、魂が[古き翼の王]に食われこうなったのなら、肉体はあちらにあるのかもしれない。
昏睡状態ならばきっとまだ寝たままのはずだ。
死んだのならもうとっくに火葬されてしまっているだろうが……そうなったらそうなったでこの体のまま帰れば良いのだ。
きっと、わかってくれる。
家族なのだから。
だが人間に戻るのではなく、人間になる方法があるのなら、それも探しておきたい。
そんな目的も、黒竜にはあった。
ともかく今は、ドラゴンの[言葉]に関する知識が欲しい。
[魔術師ギルド]のドラゴン研究や図書館のドラゴン語書籍には、[言葉]そのものはあっても意味は書いてなかったのだ。
無論、どういう効果をもたらす[言葉]なのかは書かれていた。だがそれでは駄目なのだ。込められた意味がわからない限り、黒竜にその[言葉]を使うことはできない。
それでもいくつか収穫はあったのだが。
例えば――。
首の後のメリアドールがぐぐっと伸びをしてから周囲を見渡す。
「[魔法石]の灯りって言ったって、安物じゃないか」
石の床に置かれたランタンのような灯りは、淡い輝きを放つだけだ。
「お姫様ですなぁ」
「ふふ、言うようになった」
黒竜がからかうと、メリアドールが楽しげに返す。
ふと、黒竜は思いたつ。
集中し、呼吸し、狭い洞窟内で小さく囁くような声で言った。
「〝明かりを〟」
すると、ふわりと風が吹き、黒竜の正面に穏やかで小さな光が現れる。
黒竜は、
「おほ、やった」
と嬉しさのあまり変な声がでる。
簡単な事象ならば、確固たる概念とイメージがあれば日本語でも発動できるのだ。
「へぇ……。今の、ドラゴンの[言葉]じゃないよね?」
黒竜は頷き、答える。
「アリス隊長は良い本を見つけてきてくれる。……私この図体じゃ探せんのよ。本棚とかさ」
「ああ……。マランビジー家は国の図書館牛耳ってるからねぇ。知識の量に関してなら、彼女も例外じゃあ無いわけだ」
「うん。だいぶ助けてもらった」
「……だからあまり叱らないで欲しい?」
ジト目で言われた黒竜は思わず「うっ」と押し黙った。
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