第8話:城塞都市の冒険者ギルド

 [ウィンドヘイム]地方は面積こそ広大であるが、山脈と森林がその多くを占めるため人の住める土地はそう多くない。

 故に、未開の地やかつての[竜戦争]の時代に作られたドラゴンのための祠や遺跡が数多く残されていたため、冒険者たちを中心として栄えたのだ。

 そして[城塞都市グランリヴァル]は、[ウィンドヘイム]の中でも最も古い都市でもある。

 元々ドラゴンたちの砦として建造された建物を、人間たちが奪ったという歴史があり、そのためか山を削って作られた人間にはやや住みづらそうな様子が垣間見える。[雲地区]と呼ばれる街の中央区画は、文字通り支配者であるドラゴンたちが雲の上から見下ろすために山の中央に位置しており、中心部に近づくに連れて傾斜がきつくなっていくのが住民たちの悩みのタネである。

 それに、そもそもがドラゴンのための砦であることから全体を通して建造物が巨大でありすぎるのだ。

 だからこそ、その巨大さが[巨人族]のように大柄な[亜人種]を筆頭に、多くの種族が集まりやすかったという地盤にもなった。

 滑り止めと頑強の[付呪]が施された石畳を、全長三メートルはあろう[巨人族]の戦士がのしのしと歩いていく。

 鋼鉄の鎧に身を包んだその巨人は、足元にいる仲間の冒険者を踏まないよう、時々注意深く下を見たり、宿屋や道具屋の看板に体をぶつけないようにきょろきょろと視線をあっちにやったりこっちにやったりと忙しそうだ。


「ヤッ!」


 と声をあげたのは、[魔獣使い]の[ハーフリング]だ。

 成人男性で身長が一メートルほどまでしか成長せず、[ドワーフ]と違って筋肉質になるわけでもない彼らは、今の時代に置いては冒険者よりもその小さな体躯を活かした職業につくことが多い。

 彼の魔獣――地竜と呼ばれるその小柄な竜の背には、冷気の付呪が施された魔法の箱がいくつもくくりつけられており、腐りやすい生の食べ物を運搬する行商人なのだと一目でわかる。

 そして、発達した技術によって産み出された空飛ぶ船――飛空艇ではなくたった一人と一匹で運搬する、それでいて高価な飛竜の革鎧や馬具をつけていることから、普通の市民では手が出ないレア物を運ぶ特殊な商人だろう。

 街を行き交う他の行商人らがチラチラと彼と彼の荷物を見ては、恨めしそうにため息をつく。

 だが、その行商人たちが連れているのも、彼の魔獣と同じく地竜種だ。

 平地でこそ馬に速度は劣るものの、山と森の地[ウィンドヘイム]では地竜の独壇場であり、その太く頑強な足回りと強い再生力のおかげもあって、この地を行き交うほぼ全ての行商人や冒険者に好まれる種となっている。

 地竜が宿屋から漂う朝食の香りに鼻を向けると、[ハーフリング]はもう一度、


「ヤッ!」


 と声をあげ、進路を促す。

 だが、すぐに地竜は先程よりも更に興奮し、くるる、くるる、と喉を鳴らして足踏みをする。[ハーフリング]は「ヤッ!」とあやすも、尚興奮は収まらず、これは一体何事かと地竜の視線の先に目をやった[ハーフリング]は、呆れたように口をあんぐりと開け、固まった。

 彼の地竜も、彼自身も、そして巨人の戦士や他の冒険者たちも皆一様にして、石畳をゆっくりと歩く巨大な黒い影に釘付けになった。

 その黒い影は、長大な尻尾、漆黒の鱗、巨大な翼を持つ、千年前の英雄譚として知られる[暁の物語]に幾度となく登場する、邪竜[古き翼の王]によく似た、ドラゴンそのものであった。

 陽光を受けても輝くことの無い黒が不気味に見え、その異様さに巨人の戦士と冒険者たちは目元をこすってからもう一度よく観察する。

 その巨大なドラゴンの首の後ろと背中に、見たことある冒険者の顔を見つけた彼らは、皆一様に困惑した。

 リーダーである剣士トランが立ち上げたそのパーティは、もう五年も活動を続けているベテランパーティだ。

 半年ほど前に一人欠員が出たため[竜人種]という珍しい種族の少女を仲間に加え、順調に依頼をこなしているという噂はギルドに行けばいくらでも耳に入ってくる。

 そう、彼らは中堅であり、ベテランであり、決して詩人に語られるような偉業に近づけるような存在ではない。

 だがそれ故に、土地に根付き、人々と溶け合い、その国の誇る冒険者として共に生活する仲間である。

 彼らのことはよく知っているし、彼らもこちらのことをよく知っている。

 合同で依頼をこなしたことなど両手の指では足らないほどだ。

 だというのに、どういうわけか見たこともないほど巨大な漆黒のドラゴンを従え、堂々と道を歩いているのだ。

 中には嫉妬心をむき出しにして彼らを睨みつける新参者もいるが、リーダーのトランの人柄かむしろ心配げに見つめる者の方が多い。

 一体彼らに何があったのだ――?



 ※



 冒険者たちの視線をよそに、黒竜はのしのしと街の中心である[雲地区]を目指す。

 周囲の稀有な視線に晒されながら、黒竜が小声でぽそりと呟いた。


「ギルドに入れないなら言って欲しかった……」


 [城塞都市グランリヴァル]の歴史から扉や建物のスケールが大きいので大丈夫だと聞いていたが、それはつまるところ昔の遺跡を利用した建物に限っての話だ。

 その後大きく発展し拡張された街の壁付近にある[冒険者ギルド東門支店]などは、確かに扉は大きくても、それは縦に大きい[巨人種]サイズまでであり、横に大きい黒竜では首を突っ込むだけで精一杯だったのだ。

 結局、回収した冒険者の遺体をギルドに預けただけで、他の手続きは中央区で行わなければならず、黒竜は大勢の人目に晒される羽目になってしまった。

 一昼夜休憩を取らず空を飛び続けた所為か、黒竜の背甲にしがみついているトランは既に体力の限界が来ているようで、ブランダークに支えられる形でかろうじて意識を保っている。

 ミラは意識を失いかけてははっと覚醒し、また意識を失いかけては覚醒する、を繰り返している。

 堂々と胸を張って黒竜の首の後ろに跨っているメスタの背中に向けて、ミラが小声でつぶやいた。


「体力お化け」


 それが聞こえたメスタは更に得意げになって大きな胸を張り鼻息を荒くした。


「まあな!」


 こうして堂々と街中を歩くというのも、メスタの提案である。

 慎重に行動すべきというミラの案を、悪いことしてないんだから堂々とすべきだというメスタが押し切った形であり、トランとブランダークも疲労のためか対して反論もできずこうなったのだ。

 やがて衛兵たちが慌てた様子でやってきて、


「止まれ!」


 と黒竜に剣を向けようとするが、背中にいるトランとブランダークの姿を見つけると、彼らは皆剣を抜くこと無く、


「ト、トランか。これは一体何だ? お前たち一体何をしたんだ?」

「これは、ブランダーク・ダイン卿でありましたか!」

「皆が不安がっている。その……何だ、この――ドラゴンのようなものはどうにかならんのか?……まさか本当にドラゴンじゃ無いだろうな? 勘弁してくれ……」


 等など各々の感想を述べ、


「危険が無いのなら後は[冒険者ギルド]に一任する。だがきちんと報告はさせてもらうし、[戦士ギルド]だって常に目を光らせているからな。面倒な事は起こすなよ」


 と言って立ち去っていく。

 それはトランらへの信頼が為せる業なのだろうと、黒竜は彼らの評価を一段上へと改めた。

 とても良い出会いをしたのかもしれない、とも。

 だが、黒竜は衛兵が言った『報告しておく』という言葉を見過ごすわけにはいかない。

 だからこそ、真っ先に[冒険者ギルド]に直行し、そしてそのまま[魔獣使い]による[魔獣]である、あるいは[亜人種]のように冒険者として登録し権威による保護を得る必要があるのだ。

 問題は、ギルドがそれを認めてくれるかどうかだが……。

 そればかりは、実は相当のベテランらしいブランダークを信用するしかない。


 やがて更に大きな壁の門をくぐり、次第に傾斜がきつくなる石畳をあるき続け、奇異の目にさらされ続け、ようやく黒竜の身を持ってしても巨大と思えるほどの建物が見えてきた。

 [冒険者ギルド]の[グランリヴァル本店]である。

 それは、一見するとあまりにも巨大な円筒状の、無骨な塔のようであったが、二対の青い翼と剣を象ったこの国の国旗と、同じく剣を象った[冒険者ギルド]の旗が風でたなびいている。

 黒竜の二倍はあろう巨大な扉は開かれており、東門入り口付近で見かけた冒険者たちよりも質の良い装備に身を包んだ冒険者たちの姿が多く見られる。

 そんな彼らですら、黒竜の姿は異質に見えるようで、皆一様に視線を向け、注視している。

 居心地の悪さを感じながらも、黒竜はトランらを背に乗せたままというやり方は正解だったのだろうなとほっと胸をなでおろした。

 ふと、遠方に更に巨大な建物が見え、黒竜は思わず、


「ほえー、でっかい……」


 とひとりごちた。

 首の後のメスタが更に胸を貼り、


「まあな!」


 と鼻息を荒くする。

 何でキミが得意げなんだと突っ込みたかったが無視して、黒竜は冒険者ギルド本店の門をくぐる。

 中も見たとおりの広さとなっており、何かのイベント会場ではないのかと黒竜は呆然としたまま固まった。

 掃除が行き届いていることや、行き交う人々の表情で豊かさや国に対する感情などいくつかを把握することができた。

鏡のように磨き上げられた大理石の床に、いくつもの純白の巨大な柱。思わず見上げた天井の高さは黒竜が十匹で肩車しあっても届かないほどだ。

 だが、よく見れば中央は吹き抜けになっており、壁に沿っていくつもの通路が見える。

ふとあの遺跡の構造を思い出す。


(元々ドラゴン用って言ってたか――? なら、ここはあの天井からドラゴンが入ってくる用とか、そういう建物だったのだろうか)


 興味は尽きないが、首の後ろのメスタが足を使って黒竜の頬をこんこんと叩き、


「凄いだろう? 私も最初来た時はそうだった。住んでたとこ田舎だったからなー」


 と謎の田舎者シンパシーを持たれてしまう。

 背後から、疲れ切った様子のミラの声が飛ぶ。


「ねー、登録ー……」


 それはメスタに向けて言った言葉だったのだろうが、黒竜は思わず振り返り、


「あ、す、すいません」


 と頭を下げると、ミラはビクリと肩を反応させ、


「い、いや、メスタの方……」


 と罰が悪そうに視線を反らした。

 黒竜は、大理石でできたひんやりとした床を滑りそうになりながら進み、装飾の施された大きな柱を七つほど通り過ぎると、笑顔をひくつかせたギルド受付の女性の真正面に立つ。


「あの、冒険者になりたいんですけど」


 言うと、その受付の女性は一度黒竜を見、視線をそらしてから助け舟を求めるようにメスタを見、最後にトランとブランダークの姿を見つけた彼女は少しばかり表情を明るくした。


「……ブ、ブランダーク卿、説明をお願いできますか」


 やがて、ギルドの隅っこに追いやられた黒竜は、メスタを首の後ろに乗せたまま周囲の様子を伺った。

 掃除が行き届いているのは良いとして、まるで新築のような作りはどういうことなのだろうか。

 [付呪]というのをミラから聞かされているが、それほどのものなのだろうか?

 黒竜は彼女から、[雲地区]の建物は殆どが千年以上昔に作られたものだと聞かされているため、首を傾げるばかりだ。

 しかし、質問しようにも当のミラ本人は、ついに力尽きて黒竜の背中で寝息を立てている。

 ふと、ぐっすりと寝てしまっているミラの口元から黒竜の背甲によだれが垂れているのを見つける。


「ええ……」


 黒竜は少しばかり呆れると、それに気づいたメスタが立ち上がり、そのまま黒竜の後頭部を足蹴に跳躍し、背中のミラの元に着地した。

 黒竜は後頭部のじんわりと残る痛みで思わず問う。


「な、なんで蹴ったの……?」


 だが、ミラを優しく抱きかかえたメスタにはよく聞こえなかったようで、


「ん?」


 というキョトンとした声が返ってきただけだ。

 メスタは黒竜の背中から降りると、側にあった皮のソファーにミラを寝かし、彼女の黒い髪を優しくなでた。


(良い子ではあるんだけどなぁ)


 黒竜はなんとも言えない気持ちになってメスタをじっと見据える。

 ふと、彼女が語りだす。


「私は新参だから詳しくはわからないんだけど。ブランダークは結構有名というか、どっかの騎士団の偉い人だったみたいなんだ。だからまあ、こういう時は任せておけば良い。そう心配するな」


 いや、別にそういう意味で見ていたわけではないのだけど、という言葉を飲み込み、黒竜は、


「そうか、ありがとう」


 と礼を述べた。



 ※



 結果的に言えば、それはタッチの差であった。

 とにかく規則が、前例がで渋る受付の女性を何とか説得し、かろうじて最低ランクの[鉄級]冒険者として黒竜が認められ、ペンが持てないので翼の先についている鉤爪にインクをつけ、ぐにゃぐにゃとした文字で書類に情報を書き込んでいく。

 とは言っても、ギルド規定には転移魔法の実験事故などの特例用緊急条項があるようで、本名や職業を斜線で済ますことができたのは幸いであった。

 そうして、自分の名前も名も思い出せない黒竜は、冒険者として仮登録され、書類にハンコが押されたタイミングで彼らがやってきたのだ。


「我々は[ハイドラ戦隊]である! 悪しきドラゴンが復活したという報告があった!」


 傷と汚れ一つ無い綺羅びやかな純白の鎧に身を包んだ騎士たちが、ギルドの門を叩いた。

 道を開けよ、と言わんばかりにど真ん中で仁王立ちする一人の騎士の姿を見て取ったブランダークが、苦笑を漏らす。

 その騎士が兜のフェイスガードを開くと、頬のあたりで短く切りそろえた黒い髪と瞳が顕になる。

 その騎士の視線が黒竜とブランダーク、メスタへと注がれ、最後にもう一度黒竜を見、言った。


「ブランダーク・ダイン卿、そしてメスタ・ブラウン元副団長は大儀であった。その黒いドラゴンは我々[ハイドラ戦隊]が預かる」


 すると、すぐにブランダークが平然と言った。

「ガジット家の姫君であらせられるメリアドール嬢がこのようなところにお越しになるとは驚きました」

「[ドラゴンスレイヤー]の務めである。そういう組織なのは歴史が証明していよう?」


 メスタが小声で「良く言う」とつぶやくと、ミラが更に小さな声で「聞こえるよ」と彼女の脇腹を肘で小突く。

 メリアドールと呼ばれた騎士がチラとメスタを横目で見てから、ブランダークに向き直る。


「貴公らには特別な報奨を出そう。それから――」


 と、何かを言いかけるメリアドールであったが、ブランダークが「しかしですな」と口を挟む。


「既に、この[魔獣]は冒険者ギルドに籍を置いておりましてな」


 メリアドールが怪訝な顔になる。


「なに?」

「……メスタの刻印にも反応がありませんでしたのでもしやと思っておりましたが。

 メリアドール姫。貴女の左手にある[勇者の刻印]にも、反応が無いように見えますな」

「[暁の勇者]の偉業を疑うか」

「まさか。かの英雄を疑うなどと。だからこそ、自分は考えたのであります。

 このドラゴンは、かつて世界を支配した[古き翼の王]では無いと。

 刻印に反応が無いのが何よりの証拠でありましょう」

「それをこれから調べるのだ。このドラゴンはこちらで預かる」

「これは知恵を持ち人の言葉を話す大変珍しい[魔獣]であります。

 飛竜がドラゴンでは無いのと同じように、彼は姿形こそドラゴンと似ているようですが、

 既にこの[冒険者ギルド]への登録は済ませてあります。

 彼は、[城塞都市グランリヴァル]で最初の、[魔獣]の冒険者であります。

 ギルドとの協定により彼の身の安全は保証されます」

「……小賢しいなダイン卿。何が言いたい」

「――[ドラゴン殺し]殿の出る幕では無いということです」

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