第6話:友好を築こう

 角持ちの少女――メスタという名前らしい――がミラという名の魔法使いを治療をする様子を、黒竜はじっくりと観察していた。

 何しろ、彼女たちはこの世界の第一発見者であり、更に言えば今見ているのは最初に目にする魔法だ。

 情報は余すこと無く得なければなるまい。


 どうやら、傷を癒やす魔法がこの世界には存在しているようだ。

 メスタがミラの治療を終えると、ミラはふらふらとおぼつかない足取りで立ち上がり、黒竜が発見して来た残りの二人の仲間の治療に取り掛かる。

 メスタが自分の傷を魔法で癒やすと、彼女も同じく立ち上がり、ミラの支援に回った。

 二人の会話に聞き耳を立てながら、情報を整理していく。


 どうやら、回復魔法には自然回復を早める[治癒魔法]と、欠損した部位すらも修復可能な高位の魔法である[再生魔法]との二通りがあり、後者の方は大きな都市にある専用の施設にでも行かなければ難しいようだ。

 幸い彼女らのパーティの負傷者は[治癒魔法]で事足りるようだが、基本的に傷の再生を早めるだけの魔法であることから、酷い怪我を治す場合は体力が大きく削られるため、無事に治療を終えてもしばらくは療養が必要なのだとか。


 魔法の詠唱にも、大きく分けて三種類の詠唱方法があることがわかった。

 初心者や不慣れな者、あるいは少しでも効果を大きく完全なものにするため、長々と詠唱を行う[完全詠唱]。そして一部を省略し魔法の名前のみを口にする[詠唱破棄]。最後に一切の予備動作無く発動させる[完全詠唱破棄]だ。


 だがそもそも、戦闘が主となる冒険者ともなれば、[完全詠唱破棄]くらいできて当たり前という風潮があるようで、『[完全詠唱]が必要だけど一応回復魔法は使える』というメスタのような冒険者は相当数いるらしい。


 やがて、彼女を合わせて全四名の治療が終わった頃には、もうじき空が赤く染まろうとしていた。

 パーティのリーダーであり、最も重症だった剣士の男性が意識を取り戻す。[治癒魔法]の後遺症でまだ立つことができず座ったままの姿勢であったが、彼は青い瞳で黒竜の姿をじっと見てから、深く頭を下げた。

 トランと名乗ったその金髪の男性は、若干二十歳ほどの外見とは裏腹に、大人びた印象が漂っている。


「仲間を助けて頂いたことに、感謝いたします」


 同時に、緊迫した様子なのが見て取れる。

 当然だろう。おそらく、彼も黒竜も、考えていることは全く同じのはずだ。

 つまるところ、お互いが未知に対してどう接するべきか、そしてどうこの状況を乗り切るのかを考えて行動している。

 同時に、こうも思う。


 ――良い人そうで良かった。


 腹芸は苦手なのだ。

 問題は、こちら側に敵意が無いことをどう伝えれば良いのかということだが……。

 とは言え、警戒されているものの、武器を構えずにこうして会話ができているのだ。滑り出しとしては十分だろう。

 だから、安堵した黒竜はなるべくありのままを話すことにした。


「良い。通りすがったのだ。私も……キミたちのような人を探していた」


 同時に、良いドラゴンであることをアピールするために、記録で見たドラゴンたちの口調の真似もした。

 無論本来ならば、自分は人間です、日本から来ました。ここは自分にとって異世界なのでわかりません、と語るのがベストだろう。

 間違いなく真実なのだ。

 しかし……それを信じさせる根拠が何一つ無いのだ。

 日本ってどこよの前に、自分のことを人間だと思い込んでいる頭のイカれたドラゴンだと言われてしまえば何も反論ができないのだ。

 ならば、まずは突拍子も無い真実を語るより、とても有効的なドラゴンですアピールをして友好度的なものを稼いでから、実は……と順序を踏んだ方が得策だろうか。

 打算的な考えかもしれないが――。

 トランは顔をあげ、少しばかり警戒の色を強める。


「我々のような……?」


 先程のは失言だと黒竜はすぐに反省した。違う意味に取られてしまったかもしれない。

 すると、白髪混じりのくすんだ金髪を短く切りそろえた大柄の男――ブランダークがあごひげをいじりながら横から口を挟んだ。


「ですが、我々は[竜言語]を喋れません。貴殿が人の言葉を話しているように思えますな」


 それはそれで貴重な情報ではある。ドラゴンは別の言語を話すのか。……いや、であればあの記憶の中にあった彼らは――? それとも人間と生活していたから、人間に合わせていただけなのだろうか。

 そういえば、あの記録の中で彼らは[竜言語]の勉強をすると言っていた。

 となればやはりドラゴンの言葉は別にある、ということなのだろうか。

 だがすぐに黒竜は言った。


「剣を、こちらに向けぬ者という意味だ、です。誤解をさせてしまったのなら謝る、すいません」


 ……咄嗟のことで、素の自分が少し出てしまった。

 だが彼らは一応納得してくれたようで、黒竜はほっと胸をなでおろす。

 まずは、情報が欲しい。

 誤解は最も恐れるべきことだ。

 昔漫画かアニメで、降参するつもりで白旗を上げたらそれが相手側にとって徹底抗戦の意味だったとこかそんな感じのことを見た気がする。

 世界が違えば文化が違い、文化が違えば常識が違うのだ。

 情報を共有し、会話の前提を統一しなければならない。


「あ、あの……」


 すると、黒髪を少年のように短く切りそろえた小柄な魔法使いの少女ミラが、おずおずと何かを言いかける。

 だが彼女は特に警戒心が強いようで、途中で口ごもった。


 それはそうだろう、と黒竜は思う。

 九死に一生を得ただけならまだしも、その恩人が黒く巨大なドラゴンなのだ。

 そしてそのドラゴンが、何か台詞噛みながらも割りと友好的に話しかけてくるのだ、困惑もしよう。

 彼女のこの様子が、この世界のスタンダードなのかもしれない。


 ならばと、黒竜もある種の決意を固める。

 わかってもらえそうな事だけを告げ、あちら側の知識でそれを勝手に補強し誤解されてはたまらない。

 ……結局、正直に言ったとして、そして嘘をついたとして、どう転ぶかなど現状わかるわけが無いのだ。

 ならば可能な限り、ありのままに言おう。

 嘘をついたということそのものが彼らの中に疑念を生むかもしれないのだ。

 この姿は、人の敵なのだ――。

 黒竜は静かに言った。


「故郷に、帰りたいんだ」


 彼らは一度瞳を瞬かせ、黒竜を真っ直ぐに見た。

 黒竜は続ける。


「だが、どうやって帰れば良いのかわからない。家族が、友達が……待っている――」


 そして残された打算的な部分が、元人間であるという部分を省いてしまったのは、彼の弱さの現れである。

 第一、名前すらも覚えていないのだ。

 家族の顔も、思い出せない。

 原因もわかっていない。

 だが、この思いこそが今胸の内を締める全てなのは事実だ。

 一刻も早く、家族の元へ。

 敵対する意志は無い、ましては人をどうにかするつもりもない。

 そのまま黒竜はぺたりと顔を地面につけ、言った。


「……だから、助けて欲しい」


 しん、と皆が静まり返る。

 やがて、ミラがおずおずと問うた。


「故郷の、場所は――」


 黒竜はすぐに答える。


「わからない。どうやって帰れば良いのかも」

「それは――」


 ミラは言葉を詰まらせる。

 黒竜は、尚も続けた。


「あなたたちの、知恵を貸して欲しい。私のいた、故郷、には……人がたくさんいた。人の国だ。人は、友だと思っている」


 卑怯なことをしているかもしれない。黒竜は自覚しながらも、すがるような声で言った。

 この状況を逃す手は無いのだ。

 この先このドラゴンの姿で、こうも友好的な出会いが訪れるかはわからないのだから。

 ミラがしばらく考え込んだ後、何かを決心したように振り返り、角持ちの少女メスタを見た。

 メスタは既に体力が回復しつつあるようで――[竜人種]は身体能力が高いらしい――、散らばった物資の回収作業をしていた手を止め、少しばかり迷ってから言った。


「……[帝都]の[禁書庫]になら手がかりがあるかもしれない」


 それは、黒竜にとって微かに見えた希望の光だ。

「帝都――」

「[グランイット帝国]の首都、[帝都グランイット]。――名を聞いたことは?」


 知るわけがない。

 だが、見えた一筋の光を逃すわけにはいかないと黒竜はその情報にすがりつく。


「その――書庫には、私でも入れるのだろうか?」


 それはとても大きな問題である。

 まず第一にその帝都にドラゴンがこんにちわ、書庫に入れてくださいと言って許可が出るのだろうか?

 すると、メスタは案の定首を振って言った。


「いや、あそこは――外部の者……それどころか、王族ですら立ち入りは禁じられている。

 [闇の魔法]とか、千年前の魔人[ザカール]の行った人体実験の記録とか、そういったものが封印されてる場所なんだ。わたしたちでは、とても……」

(――千年前と言ったか?)


 黒竜は考え込む。

 であれば、あの記録はそんなに大昔のものだったというわけか。

 それに、[ザカール]という名も、あの中にいたはずだ。

 後は、良くわかんない話しかけてきた子供と笑い担当の子たちのことも聞きたいが……。

 とは言え千年前という情報は、朗報である。

 少なくとも今すぐ[暁の勇者]らに生き残りのドラゴンだ殺せと追い回される可能性は消えたのだ。

 ただ――王族でも入れない、[禁書庫]とは割とゴールが遠い気がする。


 とりあえず王様がいるのね、というのはさておき、それですらも入れないところに部外者の獣がいきなり入れる道理は無い。

 黒竜はうーんと悩み、問う。


「そ、その、どうすればそこに入れるようになるのかな……?」


 すると、メスタはまた難しそうな顔になって考え込んだ。

 ふと、ブランダークが口を挟む。


「[禁書庫]に立ち入りが許されるタイミングは、新女王の戴冠の儀式のみ。人数は現女王と新たな女王、そして護衛を務める[剣聖]の三人だけでありますなぁ……」

「え、ええ……そ、そんなん無理ゲーじゃないっすか……」


 あまりのことに思わず地が出てしまった。

 だが、ブランダークの言葉には続きがあった。


「とは言え、貴殿の目的は[禁書庫]に入ることそのものではありますまい?」

「ん……んんっ? それは、確かに……」


 思わず相槌を打つと、彼もまた頷き答える。


「必要なのは[禁書庫]の知識のごく一部。であれば人づてに聞くことも可能。それにまだ、求める知識が[禁書庫]だけのものと決まったわけでは無いはず」


 最もである。

 この人めっちゃ頼りになるわ、と黒竜は、うんうんと少しばかり興奮して頷いた。

 その様子がおかしかったのか、隣で話を聞いていたメスタは目をぱちくりとさせ、やがて何かを思いだしたように口を挟んだ。


「昔、先生が言っていたのだけど……。争いを好まないドラゴンは、人との関わりを断ちどこかの小さな集落で暮らしているって。……あなたはその集落のドラゴンなのか?」


 いや違う、全然違う。そもそもドラゴンでは無いしなんでいきなりそんな話になったのかすらわからない。というか人の国だって言ったのキミ聞いてなかったのかと突っ込みたかったが我慢し、黒竜はしばらく考えてから言った。


「いや、わ、わからない。人と暮らしていたし、あまり、というか、その、ドラゴンは全然見かけなかった。……ひょっとしたらこの世界には無いのかもしれない」


 自分でもちょっと何を言っているのかわからなかった。黒竜は内心大いに焦りながら、嘘をついている罪悪感と今しがた喋ってる内容の整合性を必死に確認しながらも、表面上は寡黙であることに努めた。

 ブランダークが何かを考えながら問う。


「何か……地形だとか、具体的な……例えば周囲の景色などはわかりますかな?」


 近くに大きな公園がある住宅地です、遠くには小学校が見えますなどとは言えず、黒竜はぐう、と押し黙る。

 だが沈黙しすぎるわけにもいかず、黒竜は寡黙なドラゴンを意識し、実のところ必死に考えながらゆっくりと語りだす。


「う、ん……。記憶が、曖昧、で……。自分の名前も、思い出せない。すいません」


 一応全て事実であるが、あまりにも誤魔化しすぎた為罪悪感に駆られた黒竜は最後にあらゆる意味を込めて謝罪の言葉を入れる。

 ブランダークが怪訝な顔になる。


「記憶が……?」


 すぐにミラがはっと何かに気づき、続いた。


「もしや――〝次元融合〟……?」


 何よそれ、と言いたかったがぐっとこらえる。

 貴重な情報だ、引き出せるだけ引き出したい。

 それとも自分のような状況の人間は珍しくないのだろうか?

 だとすれば、意外と早く帰れるかもしれない。

 黒竜は僅かな希望を見出し、彼女たちと交流を深めることにした。

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