夜の散歩
中村かろん
第1話 夜の散歩
夜10時をまわっていたが、Cちゃんに誘われて、近所をブラっとひと歩き。
寒いが基本的な運動をしてみようか。
住んでいるところは、市の西の端にあるごく平凡な住宅地。
西または北に少し歩くと、以前上水だった幅1m半にも満たない川がある。その両側にはケヤキ、つつじ、山吹、菖蒲など、もともとあった木々や草花に、整備したとき新たに加えられた植物が生い茂っている。
もともと上水だったので水は澄んでいて川底がよく見える。そこにはたくさんの鯉が放たれている。静かに泳いでいるもの、人の気配を感じて水しぶきをあげながらスィーっと泳いでいってしまうなど、鯉にもいろいろな性格があるようだ。たいして深くない流れの中で大きな鯉は背びれを水上に出しながら泳いでいる。大丈夫なのかしら、もっと深いといいのに。通るたびに気の毒に思う。
夏ともなれば水路に沿った遊歩道には心地よい木陰がつくり出され、近隣住民にとっては快適な散歩コースである。背の高い木々は平行して走る車道にも涼しさを与え、風に吹かれた葉音は避暑地の中を通過中の気分を与えてくれる。
この川にはところどころ小さな橋がかけられている。川が市の境界線になるのだが、向こう側とこちら側ではそれぞれ街並みの印象はどこか違う。地域の歴史、市の方針などが異なっているだろうから、何かしら同じでなくてもおかしくはない。
その夜は北方向に少し歩き、隣接する市のUR賃貸住宅の周辺を歩いてみたかった。広いエリアに、住人ばかりでなくここを通る人々にも心地よさを与える植栽、遊具が充実した児童公園、そして白い建物がゆったりと並んでいる。夜の散歩には気持がよい。
家を出たのはいいのだが、待ってました、とばかりにどこにいたのか我が家の猫が2匹ついてくる。人と一緒に出歩くことがうれしいのか、興奮気味にタッタカ、タッタカ、Cちゃんと私の間を走りまわる。ときどき立ち止まっては後ろを振り返り、自分の位置を確かめる。前方をじっと見つめては不審なものがないか、慎重になっている顔は凛々しい。
彼らのテリトリはどのあたりまでなのだろう。そんなに広くはないだろう。行動範囲の限界なのか、もう帰ろうよ、とニャゴニャゴ騒ぎだす。せっかくきたのにもうおしまいではおもしろくない。わかったよ、さぁ帰ろう。猫を呼びながら一旦に家に戻り閉じ込めて出直しだ。
今度はゆっくりブラブラ。
普段、自転車で走っているときには気がつかないことが目に入る。
高層ビル群ばかりだと思っていたのに、エレベータなしの低層棟がいくつか並んでいる。4階建ての階段だけの集合住宅では重い荷物の運搬にさぞかし骨が折れることだろう。運動目的なら、このくらいのことはなんでもないが、生活となると話は別である。
エレベータの有無で家賃に差があるのだろうか。もし同じなら損したような気分になるのでは、と他人事の心配をしてみる。
明るいときは道端の草花やすれ違う人々など、目の高さより下のものに気がまわるのだが、今は見えるものが限られるせいか、目線は上の方に向いていた。
そんなに古くない団地なのだが、手前の高層住宅に比べ奥の方の低層住宅はどことなく外壁が傷んでいた。意外である。高額な家賃とメンテナンスは比例していないようで、これもなんだかなぁと思う。
どうでもいいような発見をしながら一回りしたところで1時間くらいが過ぎ、家路へと足を向けた。
川の少し手前で、ガードレールに寄りかかり一休み。
Cちゃんは、ぐるぐると同じところを歩きながら、今日学校であったことやおもしろいテレビ番組の話をしている。ちっともジッとしていない。どんな小さなことでも楽しそうでいいね。
団地の方からパジャマを着た年配の男の人が歩いてきた。寒くないのかしら。Cちゃんのぐるぐる歩き話はまだ終わらない。ふんふん、相槌しながら彼女の話をきいていた。
と、Cちゃんが近づいてきてなにかいった。
は し れ!!
へ? なに?
なんだかよくわからないけど立ち上がり、そして走った。
Cちゃんは走るのが速かった。
待って、待って、置いてかないで~。とにかくその後を追った。
あ、川を渡ったところの信号が赤だった。
律儀にも彼女はボタンを押している。いいよ、車がこないからいこう!
わが町側にきたら、こっちのもん、意味のない安心感。でものんびりはダメよ。息を切らし走りながら説明してくれるCちゃん。
両腕をだら~っとさげて前かがみで私の方に向かってきたの。ギロって睨みながら。
え、私なんかした、何か用なの? 変よ、不気味だよ。
うぅ~ん、なにそれ? そうだったのぉ、気持ち悪いね。
これって、なんか怖いことなのかしら?
振り向いてみたらすぐ後ろにいたりして...
そうだったりして、ぇ?!
やだ、わぁ、ぁぁぁぁ~、...
夜の散歩 中村かろん @kay0719
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