第30話 乙女の癒しと管理人

 話が終わりユキトたちはビャッコの部屋を出た。外はいつの間にか日が暮れていた。

 それから、セイリュウがごちそうすると言うのでユキトたちは食事をとった。


「ごちそうさまでした。満足です」

「それはよかったです」

「ところで、おれは今日どこで寝たらいいですか?」

「それならスザクの部屋を使ってください。あなたはスザクに魔法を習ったのでしょ。ちょうどよいではありませんか」

「分かりました。ありがたく使います!じゃあメリザ、ビャッコ、おやすみ」


 ユキトはスザクの部屋の場所を聞くとすぐに向かった。食事をとっていた客間には女三人が残った。


「ユキト、疲れてたのかな?」

「そうかも。だって、ずっとこいでたから」


 セイリュウは口を布で拭った。


「ビャッコ、お風呂に入ってはどうですか?少し汚れているし、しばらく入れていないでしょ?」

「あー、そうかも。忘れてた」

「えっ、ビャッコって水が苦手じゃないの?」

「うん。お風呂はね、平気みたい。でも冷たい水はまだ苦手…」


 二人の話を聞いていたセイリュウは微笑んだ。


「昔からそうなんですよ!だから冷たい雨が降る日は家から全く出ませんでした」

「意外だね!ビャッコ」

「うぅ…恥ずかしい…」


 お風呂がある大浴場は家の東側にあった。

 メリザとビャッコは脱衣所で服を脱ぎ(ビャッコは魔法を解き)大浴場に入った。


 メリザは自分の柔肌にお湯をかけて汚れを流した。そして、石けんを泡立てて体を洗い始めた。


「ねえメリちゃん。背中洗ってあげるよ!」

「いいの?ありがとう!」


 ビャッコは泡を手に付けメリザの背中に触れた。

「ビャッコの手、温かいね!」

「ほんと?メリちゃんの背中もあったかいよ!」


 ビャッコが洗っていると、意図せずにメリザの脇腹を触ってしまった。


「ひゃっ…!ちょっとビャッコ、くすぐったいって!」

「でも、洗わないとお風呂入れないよ…」

「あ、後は自分で洗うから…は、放して…」

「分かったよー、なんちゃって!」

 ビャッコは両手でメリザの脇腹を挟むようにして触った。


「こらっ、ビャッコ!やめないと冷たい水かけちゃうよ!」

「ごめん…それだけは、やめて…」


 やっと体を洗い終え、大浴場のお風呂の中に入ることができた。

 二人は並んで座っている。


「ふぅー…そう言えば、このお風呂も昔から使ってるの?」

「小さい頃は兄弟みんなで入ってたよ!」

「そっか…兄弟っていいね」

「メリちゃんはあたしのー…えーっと…二人目のお姉ちゃんみたいな感じだよ!」

「逆じゃない?ビャッコは私より三つ年上でしょ?私二十歳だから」

「そうだった!でもいいよ」


 メリザはお風呂のお湯を両手ですくって顔にかけた。

 そして、メリザは目に入ったビャッコの胸と自分の胸を見比べて、「はぁ…」とため息をついた。メリザの胸はビャッコほど大きくないが、決して小さい訳ではなかった。


 メリザが勝手に落ち込んでいるとビャッコがいつの間にか消えていた。周りを見ても見当たらなかった。

 すると突然目の前に「うわーー!」とお湯の中からビャッコが飛び出してきた。


「びっくりした?」

「びっくりしたじゃないよ!もう、ビャッコったらー!」


 メリザはビャッコにお風呂のお湯を飛ばした。ビャッコも負けじとお湯を飛ばす。お湯のかけ合いはしばらく続いた。

 かけ合いが終わると二人は笑い合って、その後大浴場を出るのだった。


 遠くから笑い声が聞こえてきた。

「メリザたち何やってるんだ?」


 ユキトはちょうどスザクの部屋の前に着いたところだった。部屋の扉にはやはりビャッコと同じように、今度はひもでつながった真っ赤な鳥の人形がぶら下がっていた。


「失礼します」


 ユキトはおそるおそる扉を開けて中に入った。

 部屋は思ったより赤い色が少なく、どちらかと言うと黒っぽかった。テーブル、いす、ベッドはビャッコの部屋と同じだが、唯一違ったのは魔法陣のような模様が沢山あったことだ。召喚魔法の練習でもしていたのだろうか?スザク自体、変わった人なので真意は分からない。


「あの人らしいな…」

 ユキトは懐かしくなった。まあ、数日しか経っていないのだが…。

 ベッドを見ると飛び込みたくなったが、普通に車いすから降りて横になった。横になると疲れがどっと出て、ユキトは睡魔に勝てず眠ってしまった。



 朝の日差しと鳥のさえずりでユキトは目が覚めた。

 部屋が黒いせいかあまり明るくない気がした。客間に向かう途中でメリザたちと合流した。


「おはよう、メリザ、ビャッコ」

「おはようユキト」

「ユキトっち、おっはー!」

 ビャッコは手の平をユキトに向けて出した。ユキトは右手の拳で優しくビャッコの手の平に触れた。


「おっけー!」

「何がおっけーなの?」

 メリザはごもっともな指摘をした。


 そこから客間へ移動し、セイリュウの計らいで朝ご飯を食べた。食べ終わるとセイリュウが渡したい物があると言って取りに行き、戻って来た。


「ユキトさんこれをどうぞ。きっと役に立つはずです」

 そう言って渡したのは灰色の小さい袋だった。


「これは何ですか?」

「空間袋と言います。中は異空間になっていてどんな大きさのものでも入れることができますよ」

「あの…本当に入るんですか?疑ってる訳じゃないんですけど…」

「確かにそうですよね。それでしたら、その袋の中に手を入れてみてください。異空間の管理人がいるので会ってみてはどうですか?」


 ユキトは空間袋を見てからセイリュウを見た。


「じゃあ…」

 おそるおそる手を空間袋の中に突っ込んだ。すると、どうしたことか、ユキトが車いすごと消えてしまった。


「あれ、ユキトっちが消えちゃった!」

「二人もどうぞ」


 メリザとビャッコも空間袋に手を突っ込んだ。すると、二人も異空間に消えてしまった。


 メリザが次の瞬間目を開けると、無機質な空間にいた。全体的に白く、ピンク色の風が吹いている。実際に吹いている訳ではなく雲のようにただ流れているだけである。

 ビャッコは隣できょろきょろしていた。見たことのない空間に驚いているのだろう。


 メリザとビャッコの少し前にユキトがいた。二人はユキトに近付いて行った。


「どうしたのユキト?」


 メリザがユキトの前方を見ると、小さい生き物がそこにいた。

 二足歩行のウサギのような見た目で頭にキノコの帽子をかぶっている。


「二人とも来たか。ここにいるのが管理人らしい」

「やっとそろったのね。ピノはここの管理人のピノだよ。主のセイリュウ様に作られた人形なの。だからと言って、何でもぽんぽんここに入れないでね。管理が大変だから」

「おれはユキトだ」

「私はメリザ、よろしくね」

「あたしはビャッコだよ!かわいいー!」


 ビャッコはピノに飛び付いた。

「ふわふわだー!すりすり」


 ビャッコがかわいいと言った時からピノの様子がおかしい。顔が暗くなり小刻みに震えている。

 次の瞬間、ピノの感情が爆発した。


「こらーっ!この虎おんな!調子に乗りやがって!ピノはおもちゃじゃねえんでい!」


 ビャッコは吹き飛ばされた。


「ピノはかわいい人形じゃないってんでい!」

「江戸っ子みたいなしゃべり方になってるぞ」

「ああん、何だって!あんたは有り金全部出しな、預かってやるから」

「カツアゲか!変わりすぎだよ。ビャッコ、悪いけどピノに謝ってくれ」

「えっ…?ご、ごめんなさい…?」

「ピノ、落ち着いてくれ」


 ピノは徐々に顔が元に戻った。震えももう止まっていた。

 どうやら落ち着いたらしい。


「…あっ!…ごめんなさい。ピノはかわいいって言われると口が悪くなっちゃうの…。ビャッコさん、すいません」

「いいよ!だってかわ…あっ…あたしのせい?だから」

「あいさつはここまでにして…お金預かってあげるよ。取ったりはしない、ここから出て使うわけじゃないからね」

「じゃあ、これ…」


 ユキトはピノに四千ラウを渡した。


「確かに受け取ったよ。他に預けるものはある?」

「ないかな」

「メリザさんは?」

「私もないよ」

「ビャッコさんは?」


 ビャッコは体を見回した。


「ないかも」

「分かったよ。じゃあ現実に戻すね。みんなまたねー!」


 ピノが手を振ると、ユキトたちは無機質な空間から現実に瞬間移動した。

 気が付くと元のセイリュウの家の客間にいた。


「戻ってきましたね。どうでしたか、ピノは?少し大変だったでしょう」

「少し危なかったですけど何とかなりました」

「かわいかったよ!」


 セイリュウは口に指を当てて「それは本人の前では禁句ですよ」と、ビャッコに釘を刺した。

 それから家の外に出た。


「ユキトさん、これを返します」

 ユキトはセイリュウから前の書を返された。


「何か分かりましたか?」


 セイリュウは静かに首を振った。

「表の文字は読めましたが、中の文字は全く読めそうにありませんでした。お役に立てずすみません…」

「ここに来れただけでも十分です。それと、空間袋ありがとうございました!」

「いえ、またいつでも来てくださいね!」


 そして、メリザとビャッコはユキトの前に出た。


「お風呂ありがとうございました。また来ます!」

「お姉ちゃんまたねー!」

「ええ。ユキトさん、メリザさん、ビャッコを頼みましたよ」

『はい』

 ユキトとメリザはほぼ同時に返事をした。


 それから、セイリュウの見送りを受けながら記憶の結晶を使うのだった。

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