第28話 車いすの勇者

 ユキトは右手をアービンに出して何かをしていた。


「少しくすぐったいかな?」

「いや、何とか大丈夫だ」


 アービンはユキトの右手の平に筆で文字を書いていた。ユキト自身に魔術をかけるようだ。


「まさか、ユキト君に聖なる力を与えることになるとはね」

「ああ。ここのゾンビは聖なる力に弱いって言うからな。おれの魔法で身体強化すれば聖なる力を付与できるはずだからな」

「こんな時に不謹慎かもしれないけど、何だか楽しみだね」


 アービンの魔術の準備が完了するとアービンは魔術を発動させた。

 ユキトの右手が聖なる力を帯び光り輝いた。


「なあ、ビャッコはこの街全体に雪を降らすことはできるか?」

「できるよ!…何のために?」

「もちろん、街の人を浄化するためだよ」


 その後ユキトはビャッコと手をつないだ。変な意味ではなく、新たな試みをするためには触れていないとできないからだ。


「ユキトっちの魔法って自分にしかかけられないんじゃなかったっけ?」

「今まではな。旅の間に自分以外にかける身体強化魔法を練習してたんだ」

「そうなんだー。知らなかったよ」


 ユキトは自分に魔法をかける感じでビャッコの手に魔力の流れを意識した。


 自分にかける魔法とは訳が違い、魔力量が人によって違うので調整が難しい。自分にかけていた時は何となく魔力量が分かっていたので簡単だった。

 魔法を覚えた時に経験を積めば覚えられると言っていたので、旅の空き時間に練習してみた。まあ、練習と言ってもイメージトレーニングなのだが…。


「ビャッコの魔力量は相当あるんだよな?」

「うん。昔から魔力があるってお姉ちゃんが言ってたよ」

「そうか…」


 何となくビャッコの魔力量が伝わってきた。何だ、この魔力量は…。はんぱ無いって…。

 おれの魔力量が水たまりだとするとビャッコのは湖だ。水たまりの中の魔力を使って湖の魔力を持つビャッコを身体強化しようというのだから、相当な労力が必要になる。少し根気がいる作業だ。


「ユキトっち、できそう?」

「もう少しでできるかもしれない」


 一気に仕上げるか…。

 ユキトはビャッコに、いつも自分にかけるように魔力を流した。


「クリーチャーブースト、アザーズ…!」


 ビャッコに身体強化をすると体が光り輝いた。聖なる力も付与したらしい。身体強化魔法がうまくいき、ユキトは心の中でガッツポーズをした。

「身体強化は弱めにしたけど気を付けろよ」


 ユキトはビャッコに釘を刺した。


「うわー、すごいね!体が光ってるよ!あと力がわいてくる!」

「はしゃいでるとこ悪いけど、街に雪を降らせてくれるか?」

「ごめんごめん…ちょっと楽しくて」

 ビャッコはすぐに両手を上に向けた。


「いくよー!そーれ!」

 ビャッコの手から空に向かって雪の光線のようなものが出た。それは空に届くと雪の雲を呼び寄せた。雨雲ならぬ雪雲が広がり、街全体を覆う。


 その雪雲から聖なる光が混ざった雪が降り始めた。

 光の雪は街の建物の屋根や地面に落ちていく。そして、ゾンビたちにも舞い落ちた。ゾンビたちは嫌がるように振り払うが、一度体に付いた聖なる光は振り払えなかった。


 光はゾンビたちの体に溜まっていった。すると、ゾンビたちは聖なる光に包まれて灰と化した。浄化は次々に広がっていく。


「順調に浄化されてるね」


 ゾンビもとい街の人たちは次々灰になっていくが、ユキトたちの近くにいたゾンビたちは違った。体に光が溜まっていく所までは同じだったが、ある程度溜まると人の肌の色に変わっていった。


「おや…?」


 アービンは違いに気付いたらしい。

 徐々に変わっていくと完全に元の人の姿に戻っていく。戻っていった人は何人かいたがシスターや神父の聖職者だった。


「そうか!聖職者は普段から聖なる力に触れていたから、完全にゾンビ化していなかったのか…」


 元に戻った聖職者たちはしばらくすると目を覚まし起き上がった。

 そして、シスターの一人がユキトたちとアービンに気付き近付いてきた。


「あなたたちがわたしたちを救ってくださったのですか?」

「ここにいるアービンの力が大きいよ」

「ユキト君いいのかい?」

「ああ」

 ユキトとアービンはお互いに頷き合った。


「そう言えば…」

 アービンは懐から一冊の本を取り出した。それは教会から持ってきた日記だった。


「これは誰の日記かな?これが役に立ったんだけど…」

「そっ、それは…わ、わたしの日記ですっ…!」

 シスターは恥ずかしそうにしてアービンからかっさらうように日記を取った。顔を赤くして日記を抱きしめて隠した。


「あっ、あの…お、お役に立てたのなら光栄です…!」

「おれからもいいか?」


 ユキトは小さく手を上げてシスターに聞いた。それと同時に、持っていた前の書をシスターに見せるようにした。


「教会で聖書って呼ばれていた本をもらってもいいかなと思って…」

「構いませんよ。わたしたちを救ってくださった車いすの勇者様方へのお礼としてどうぞ」

「車いすの勇者…?」

「ええ、そうです!車いすの勇者様、赤い女剣士様に雪の虎女(とらめ)様、そして…アービン様」

「ぼくだけ名前なんだね…」

「すっ、すいません…」


 ユキトたちはまた休んでからグレメントの街を出ることにした。


「シスターたちだけ元に戻って良かったな」

「はい。ですが…他の方々は亡くなってしまいました」

「ぼくはここに残って街の復興を手伝うよ。死んでしまった人たちのためにもね。それとシスターはすぐに暗くならない」

「すいません…街の人たちのためにも祈り続けたいと思います!」


 ユキトはアービンの方に向き直った。


「アービン、短い間だったけどありがとうな!このお礼はいつかさせてもらうよ!」

「気が向いたらでいいよ!そのうち暇があったらまた来てね」

「分かった。じゃあまた!」

 ユキトは軽く手を上げ街の入り口の方に向き直った。


「またねー!バイバーイ!」

 ビャッコは大きく手を振って別れを告げた。


「アービンさん、どうもありがとうございました!」

 メリザは深くお辞儀をした後、もう一度軽くお辞儀をして去った。

 それからユキトたちはグレメントの街を出たのだった。


 ノスタル大国方面へ南下していく。


「ねえねえ、とらめ…って何?」

「ああ、虎の女の人って意味だよ」

「ふーん…普通に名前でいいのにね」

「ビャッコが名乗り忘れたからじゃないか?」

「あっ、そうだった!」


 メリザはビャッコの隣で嬉しそうな顔をしていた。

「赤い女剣士かぁ…かっこいい呼ばれ方だなぁ…」

 などと呟いていた。


「あっ、そうだ!ユキトっちその本どうするの?」

「前の書か?どうするって言われても…」

「調べてもらわない?」

「誰に?」

「お姉ちゃん」

「お姉ちゃん!?」

 メリザが突然話に入ってきた。


「あっごめん…。ビャッコのお姉ちゃんは鑑定士か何かなの?」

「ううん、違うよ。でも知識が多いから何か知ってるかもと思って」

「それはいいけど、どこにいるんだ?」

「あたしたちの家にいるよ」

「あたし、たち?」

「家族で住んでた家なんだよ!」

「そうか…。息抜きで寄るのもいいかもな」


 ユキトが呟くように言ったことをビャッコは漏(も)らさず聞いてユキトの隣に来た。


「ユキトっち来てくれる?」

「行くよ。そこまで急いでないし」

「メリちゃんは?」

「私も。ビャッコの昔のこと聞いてみたいから」

「ほんとに?じゃあこれで…」


 ビャッコは笑顔で記憶の結晶を出してユキトたちに見せた。


「これ使えばすぐだよ!」

「確か、記憶の結晶もお姉さんからもらったんだよな」

「そうだよ。取ってきた結晶にお姉ちゃんの魔法をかけたんだよ」

「すごいお姉さんだな」

「うん。ユキトっち、メリちゃん、行くよ!」

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