第27話 サギラの秘策

 牛人ゾンビはしばらくもがいていたが、急に動かなくなった。またサギラが手で合図を送っていたからだ。合図を送られた牛人ゾンビは、体を縛っていた雷雪のひもを腕で引きちぎろうとする。


「簡単に引きちぎれないよー!」


 ビャッコはそう言うが、何だか怪しい雰囲気だ。まさにその通りだった。


 牛人ゾンビは腕を外側に広げていくと、ひもがぶちぶちと音を立てそうな感じで広がっていく。

 遂に雷雪のひもは無残に引きちぎられた。


「えーーっ!!」


 そりゃ引きちぎられるだろ…。もっと脚の方も縛っておかないと、このゾンビには通用しないって…。

 負傷したユキトが下を向いて落胆した。


 驚くビャッコたちをよそに、牛人ゾンビは起き上がって巨大斧を地面に叩きつけた。メリザとビャッコは跳び下がって避けた。


 そして、サギラが短い呪文を呟きながら手で合図を送った。すると、牛人ゾンビは急にサギラを手で掴み持ち上げた。


「アービン、俺はお前を侮(あなど)らない。だから俺の命を懸(か)けて、この世界を支配する。どんな手を使ってでもな!」


 牛人ゾンビはサギラを掴んだ手を頭の上の方に持ち上げた。


「何をする気だ!」


 アービンの叫びは聞かずサギラは合図を送った。

 すると、牛人ゾンビは上を向いて持ち上げた手を放した。サギラはそのまま牛人ゾンビの口の中に消えていった。


 少し間を空けて牛人ゾンビの体に変化があった。全身の筋肉が盛り上がり、体がさらに巨大化し始めた。肩にはトゲとも角ともとれるものが生えた。


「術者を食べさせて強化するのか…。サギラ、君はなんて馬鹿なことを…」

「アービン、どうする?」


 ユキトが聞くとアービンが何かを投げて渡した。


「これは…」

「魔術で作った回復薬さ。まあ、気休めにしかならないけどね。君にもまだ協力してもらいたいからだよ。頼むよ、ユキト君!」


 ユキトは瓶に入った回復薬を一気に飲み干した。身体に少し力が湧(わ)いた、気がした。


「ありがとうアービン!」


 とは言っても、ユキト君たちの時間稼ぎはいつまで持つか…。魔術の発動にはどうしても時間がいる。そこが魔術の弱点とも言えるんだけど、時間をかければかける程強い魔術を使えることは確かだ。

 もう少しだ。もう少しで魔術の準備が完了する。何とか耐えてくれ、みんな。


「メリちゃん離れてて!」


 ビャッコは右手に雷雪を集め始めた。雷雪の力がどんどん集まっていく。雷雪の力が溜まりきると爪による斬撃を放った。


「雷虎襲雪斬!」


 ビャッコが放った爪の斬撃は変化途中の牛人ゾンビに炸裂(さくれつ)した。


 決まった、というフラグを立てようとした時は、ほぼ必ずと言ってもいいぐらい相手はやられてはいない。

 その通りだった。決まったはずの斬撃は全く効かず、しかも変化が完了してしまっていた。


 強化した牛人ゾンビは激しく吠えると周りの建物を巨大斧で破壊し始めた。建物は簡単なくらいに細かくなっていく。工事現場にいたら一番使える働き者だ。なんて考えている場合ではない。

 破壊は止まることがなかった。


 ビャッコは雷雪のひもを作り牛人ゾンビの体に巻き付けた。それを綱引きのように手で引っ張った。だが巨体は動かず、ビャッコはその場に留(とど)まっているかのようだ


「だ、ダメだ…動かない…!」


 怪力のビャッコでさえ牛人ゾンビを抑えることができない。

 メリザは何もできず棒立ちしていると、ユキトが車いすをこいで来た。


「メリザ、これをアービンが使ってくれって!」


 そう言ってメリザに渡したのは文字が書かれた紙切れだった。


「これを使うって…どうやって?」

「破いて使うらしい。一緒にやろう」

 メリザは頷きユキトと並んで紙切れを持った。


「行くぞ!せーの…」


 ユキトが号令をかけメリザと同時に紙切れを破いた。

 すると、煙と共に鎖が出現した。


「この鎖を牛人ゾンビに巻き付けて引っ張って動けないようにしてほしいみたいだ」

「わかった。やりましょう、ユキト!」

「ああ」


 ユキトとメリザは牛人ゾンビから少し離れた所で鎖を投げた。投げた瞬間、鎖が自我を持っているかのように自ら巻き付いた。


 ユキトとメリザはすでに引っ張っていたビャッコと共に鎖を引っ張る。


「ビャッコ、メリザ、息を合わせて引っ張るぞ!」

「任せて、ユキトっち!」

「私も頑張る!」


 ユキトとメリザとビャッコは三方向から綱引きの要領で牛人ゾンビを引っ張った。

 三人で引くと少しずつ動いた。秒速十センチといった感じで動くが、それぐらいでしか動かせない。むしろ、牛人ゾンビの一歩の方が大きい。巨人と綱引きするなら何十人もいるだろう。


 アービンから言われた。もうすぐ魔術を発動できそうだから、あのゾンビを建物から離してほしいと。建物に近いと発動できないらしい。

 おれたちで牛人ゾンビを抑えるんだ。後は頼む、アービン。


 アービンは文字を書き終えると魔術の言葉を口に出し始めた。


「魔よ神が与えし力よ、その力を我に贈与したまえ。顕現せよ、聖なる槍(やり)!」


 空中に書いた文字は光り出すと、天高い空間から光り輝く槍が出現した。

 その槍は牛人ゾンビの頭上に迫る。


 牛人ゾンビは巨大斧で聖なる槍を防いだ。聖なる槍の進行を止めるが全く歯が立たず巨大斧は砕け散った。

 そしてそのまま、聖なる槍が牛人ゾンビの頭を貫き串刺し状態になった。


 牛人ゾンビは激しく吠えると光に浄化されて消え去った。それと同時に聖なる槍も役目を終え消えた。さらに、ユキトとメリザが引っ張っていた鎖も消えた。


 ユキトたちは息をついて休んでいるとアービンが歩いて来た。


「お疲れ様!みんなありがとう。これで古い友との問題に決着をつけることができたよ。でもまだやるべきことがある」

「ゾンビたちを浄化するんだよな。おれに任せてくれないか。試してみたいことがあるんだ」

「いいけど、どうするんだい?」

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