第26話 サギラと強敵

 曇天の下、貴族の屋敷にてユキトたちは前の書を見つけた。

 しかし、まだグレメントからは出ていなかった。この街のゾンビたちの浄化を手伝うと約束していたからだ。


「この本は不思議な本だね…」


 アービンは前の書を調べていた。中にはよく分からない文字が羅列していた。アービンは本を隅々まで見終えるとユキトに渡した。


「よく分からない本ってことは分かったけどな」

「あと八冊集める必要があるんだよね」

「ああ。あまり焦らずに集めるよ」

「それがいい。気長にね」


 ユキトたちは屋敷の入り口に向かいながら進んだ。

 そして、屋敷の外に出たときだった。ローブを着た人影が待ち構えるように立っていた。


「さっきの人影だ。まさか自分から出てくるとはね」


 アービンは前に出て様子をうかがった。


「君は誰だ!何しに来た」

「ふっ、この声を聴いても分からないか?」

「君はまさか…サギラ、だったのか!?」


 ローブの男はフードを取って顔をさらした。それはアービンの古い友であるサギラだった。


「お前は子供に成り下がったか。お似合いだな」

「君こそ年を取ったな。苦労が見えるよ」

「そう言っていられるのも今のうちだ。俺がこの二十年間何もしてなかったと思うか?」


 そう言ってサギラは手を動かし合図をすると、辺りに地鳴りのような振動が伝わってきた。そして、何かが近づいてくる感覚があった。その振動の正体が現れたのだ。

 牛のような頭で、体は筋骨隆々な男のような生き物だった。三メートルは軽く超えている大きさだ。


「あれは牛人か…」

「牛人?」

「ああ。頭は牛、体は人間の魔物だ。だが滅多に人前に現れないはずだ。おそらくサギラが連れてきたんだろう。しかもここにいるってことは…」

「あれはゾンビなのか」

「ゾンビ…死人よりいい名前だね。使わせてもらうよ」


 牛人ゾンビは巨大な斧(おの)を持っていた。目は白濁し、理性のない野生丸出しだった。


「ユキト君たちも準備をしておいてくれ。ぼくが先にしかけるから」

「分かった」


 ユキトはいつも通り身体強化魔法を自分にかけた。


「クリーチャーブースト、セルフ!」


 牛人ゾンビはサギラの隣まで来た。

「さあ、牛人よ。奴らを亡き者にするんだ!」


 サギラが命令すると牛人ゾンビは雄たけびを上げて襲いかかってきた。

 アービンも走って牛人ゾンビに向かって行った。


 牛人ゾンビは持っていた巨大な斧を振り上げ、それをアービンに向けて振り下ろした。アービンは横に避けて聖なる力を込めた紙切れを牛人ゾンビに貼り付けた。だが、牛人ゾンビの勢いは止まらなかった。


「奴には効かないのか…?」

「無駄だ。その程度の攻撃は効かない」


 アービンは一旦後ろに下がった。


「ユキト君、しばらく時間稼ぎを頼む!」

「ああ、もちろんだ!メリザ!ビャッコ!」

「ええ!」

「うん!」


 ユキトとメリザとビャッコは牛人ゾンビに向かって行った。ビーストフォームになったビャッコは牛人ゾンビの顔に雷雪弾を放った。雷雪弾は効いたかと思ったが、ただ反射的にのけぞっただけだった。


 すぐさま牛人ゾンビは巨大斧を顔の高さで横に振った。

 ビャッコは持ち前の俊敏さで軽々と避ける。その脇からメリザがレッドㇲウォードで切り込んだ。牛人ゾンビの脚をとらえるが強靭(きょうじん)な肉体に跳ね返された。


「うそでしょ…!」


 メリザはユキトとほぼ同時に入れ替わった。ユキトは右の拳を突き出して牛人ゾンビの腹に的中させた。牛人ゾンビはさすがに踏ん張れず後ずさりした。


「いいチームワークだ。だが、こうするとどうかな」


 サギラは再び手で合図を送った。

 すると、牛人ゾンビが力を入れ始めたと思ったら腕や脚、全身の筋肉が増強した。さらに目は赤く充血し凶暴性が増した。


 より凶暴になった牛人ゾンビはユキトたちに襲いかかった。

 振り下ろしてきた巨大斧をユキトは腕で防いだが衝撃までは防げなかったようだ。身体強化魔法を通り越して直接ダメージが体に入った。


「くっ…」


 巨大斧を跳ね飛ばしてユキトは遠ざかった。そこへメリザが駆け寄った。


「大丈夫、ユキト?ユキトは休んでて、後は私たちが時間を稼ぐから!」

「後は頼む!」


 メリザは剣にレッドエレメントをまとわせると、ビャッコが応戦している牛人ゾンビの元へ走って行った。


「君たちに回復役はいないのかい?」


 アービンが筆で文字を空中に書きながら言った。


「ああ。おれも今そう思ったよ。やっぱり回復役は一人くらいいないとな…」

「そうだね。でも、まだあきらめるのは早いけどね」

「そういえば、時間稼ぎの理由って…?」

「とっておきをお見舞いするのさ!」


 その頃メリザとビャッコは牛人ゾンビの頑丈さに苦戦していた。


「メリちゃん、このゾンビ全然攻撃が効かないよ!」

「良い作戦があるの。協力して!」


 メリザがビャッコに作戦を伝えるとすぐ実行した。


 まずビャッコは牛人ゾンビの足元に近づき雷雪のしっぽを絡ませた。しっぽを絡ませたまま牛人ゾンビが後ろに倒れるように引っ張った。しかし、牛人ゾンビは倒れずにその場で堪(こら)えた。

 その時、空中に高く跳んだメリザがいた。メリザは両手で持った剣を振り上げた。

 そして、牛人ゾンビの顔面目がけて炎をまとった剣から炎の斬撃を飛ばした。


「レッドエレメント、ブレイズ!」


 牛人ゾンビ自体は切れなかったが、バランスを崩し仰向けになるように倒れた。倒れるとすぐ、ビャッコは雷雪で作ったひもを牛人ゾンビの体に巻き付けて、ぐるぐる巻きにした。牛人ゾンビは拘束されて、もがいている。


 だが、サギラの不敵な笑みが消えることはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る