第25話 前の書
西洋風の建物はヨーロッパまで行かないと見られないが、この世界では頻繁に見ることができる。ユキトは行ったことがないので当然見たこともない。レオンデントに来て、まるで海外旅行をしているかのようだ。
静かな街の中でも貴族の屋敷は立派に佇(たたず)んでいる。建物自体はほぼそのまま残っている。のは良いのだが、この広さの中から本を探すことになるとは…。
「ここのどこにあるんだ?」
「さあ…貴族がどこに置くか…だよね」
貴族がどこに置くか…。教会にあった本がどうしても欲しいっていうってことは、宝物庫的な所にしまってあるかもしれない。本棚にあったら一番いいのだが…。何せ広すぎる。
こんな時にイザナさんがいてくれれば、検索魔法を使って一瞬で手に入れられる。検索魔法ほしいな…。あー、ほしい、ほしいほしいほしいほしい…。
…泣き言はここまでにしておいて探そう。
ゾンビたちは屋敷の中には入っていないようだ。広い入口から中に入った。二十年経っているというのもあり、完全にきれいではなく少しほこりがかっていた。
本は手分けして探すことにした。ユキトとビャッコ、アービンとメリザに分かれてそれぞれ探す。
ユキトとビャッコは一階を探すことになった。ユキトは車いすをこいで長い廊下を進む。
一方、ビャッコはスキップをしながら歩いていた。
「ビャッコ、ごきげんだな」
「うん!おっきい声では言えないけど、メリちゃんってちょっと怖いから…」
「怖いって言うか、真面目なんだよ。多分、悪気はないと思うけど」
「だからね、ユキトっちと一緒で良かったなって」
ビャッコは屈託のない笑顔でさらっと言った。
「ビャッコは純粋だよな」
「えっ、何が?」
「いや…何でもない」
二人は近くの部屋に入った。しかし、本棚はあったが関係のない本ばかりだった。
「ここはないか…」
「よくわかんない本ばっかり。次行こう!」
次に入った部屋は引き出しが付いた机が置いてあるだけだった。
ユキトは引き出しを開けた。中にはよく分からない髪飾りが入っていた。
「何だこれ?髪飾り?」
「髪飾りだよ。高そうだね!」
「これは使い道ないから売るか…。もう誰も来ないかもしれないし」
また次の部屋に入ったが、今度は洋服だけがあるクローゼットのようだった。ドレスがずらっと並び豪華な装飾が付いているものが多かった。
「ここも違うな…。中々無いな…」
「洋服いっぱいだねー。これ、もらっちゃおうかな」
「勝手に持ち出して良いのか?」
髪飾りを手に入れておいて言えることなのか…、とユキトは思ったが考えないことにした。というか、そもそもビャッコに必要なのか?まあ、ちょっと失礼だが。ほぼ裸に近い格好をしている人が服を着るのだろうか?他に使い道は…売ることぐらいかな。でもビャッコはお金に執着はないからそれはない。
「じゃあ、やめとくー」
気にする必要はなかったようだ。
ところ変わって、アービンとメリザはというと二階を探していた。
ちょうど階段を上っているところだった。
メリザは少し気まずかった。というか何を話したらよいものか…。思えばあの時からだった。アービンの中身が三十過ぎのおじさんだと言った時だ。頭ではおじさんだと思っても見た目が少年だから混乱する。何か話さなければ…。
そう思って出たのが「アービンさんは本読むんですか?」だった。
「ははっ、別に無理して話しかけなくてもいいよ」
アービンは階段の壁に手をついて優しく言った。
「読むよ。他にやることもないからね」
「そう、ですよね…」
うぅ…気を使われた…よね。変だな私。もっと自然にできたらいいな…。ユキトたちはどうかな…見つかったかな。あっちに行きたかったな。でも、二手に分かれるって言ってユキトが勝手に決めちゃったから変えようがなかった。
本を探しつつアービンは「メリザちゃんはユキト君のことが好きかい?」と静かに聞いた。
「えっ…?何ですかいきなり…」
メリザは少し怒りそうだったが何とか抑えた。
「ユキト君はメリザちゃんのことを信頼していると思うよ。この世界に来て助けてもらった恩もあるのかもね。こんなことを言うのもなんだけど、言えるうちに言っておいた方が良いこともあるよ」
そう言ってから薄ら笑いを浮かべて「まあこれは先輩というか、おじさんの独り言だけどね…!」と言った。
「そうですよね…でも、告白したら今の関係が壊れちゃいそうで…」
「そう思うのなら、する必要はないのかもね」
階段を上ると広い廊下に出た。階段を上った先に扉があったのでアービンは開けた。
大広間のような部屋だった。見渡してみると本棚が壁際に横並びしていた。
メリザは本を何冊か取った。「貴族の素質」、「貴族として」、「貴族と庶民の違い」というタイトルの本だった。
「全然違うな…」
メリザは呟いてからアービンを見た。アービンは一冊の本を読みふけっていた。
「あの…アービンさん?アービンさーん、あのー」
メリザが何回か呼ぶと気が付いた。
「あー、ごめん…つい集中しちゃって。中々貴族の屋敷に入れることがないから一度読んでみたかったんだ。これは後で読むことにするよ」
アービンは貴族の本を懐にしまった。
その後も探すがそれらしき本は見つからなかった。二階は大広間、大浴場、衣裳部屋、普通の部屋が何部屋かあるだけだった。
「なかったね…。それじゃあユキト君たちと合流しようか」
「あ、あの…私、機会があったらユキトに告白してみます!どうなるかはその後考えます」
「そうか。自信を持つんだよ。メリザちゃんなら大丈夫さ!」
「ありがとうございます!アービンさん」
何だかんだで元気付けられたメリザは階段を軽やかに下りるのだった。
ユキトたちは本を見つけられないまま一階の一番奥の部屋で本を探していた。
「うーん…どこにあるんだ…」
「無いねぇ…」
ユキトとビャッコは少し焦っていた。
「こういうのは本棚の所に仕掛けがあって、本を押すと秘密の部屋が出てくるもんなんだけどな…」
と言ってユキトは何気なく本棚の本を押し込んでみた。
するとどうしたことか。カチッという音がしたと思ったら本棚が動き出した。
ユキトは慌てて車いすを後ろに下げた。
からくりのように本棚が動き壁に通路が現れた。
「ビャッコ、これって…」
「秘密の部屋だね!行ってみよっ!」
「ああ」
ユキトとビャッコはおそるおそる秘密の通路を進んだ。
通路の先は行き止まりになっていたが広間のようだった。そこには古い本が美術館に飾ってあるように台座に乗せられていた。
「まさかこれが…?」
ビャッコは台座の周りを回りながら本を見た。
「変な本だね!」
「ある意味、間違ってはいないと思うけど…」
ユキトはゆっくり台座の本に手を伸ばした。
「罠(わな)はないよな…」
慎重に本を取った。罠があると思って構えたが何もなかった。
本はほこりがかっていたので手で払った。表には“前(ぜん)の書”と、かすれた文字で書いてあった。
「前の書、ここにあったか」
「一冊目ゲットだね!」
ユキトたちは通路を戻り部屋を出て、長い廊下を入り口側に向かって進んでいた。途中で誰かが駆け寄ってきた。当然メリザだった。
「ユキト、二階は無かったよ。そっちは見つかった?」
ユキトは手にした前の書をメリザに見せた。
「すごいね!どこにあったの?」
「秘密の部屋に置いてあったよ」
「へぇー!見つかって良かったね!」
メリザがユキトと話しているとメリザの後ろからアービンが来た。
「君たちの目的は本を手にすることだったね。…悪いんだけど、この街の人たちを浄化する手伝いをしてもらいたいんだ」
「おれたちにできることがあるならやるよ!」
ユキトは即座に承諾した。アービンは少し驚いた様子だった。
「君たちならやってくれると思ったが、こんなすぐに返事するとはね」
そして頭を下げて感謝した。
「ありがとう」
ユキトたちは九つの書のうちの前の書を手に入れた。
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