第24話 呪術師になった男

 都市グレメントは多くの人が行き交っている。緑が豊かで家畜などを育てる家が何件もある。


 アービン十七歳の年である。

 アービンは魔術学校に通っている。授業は座学と実践があり、比較的アービンの成績は良い方だった。


 この日も授業を受けた後、学校の廊下を歩いていた。すると、そこへ誰かが走って近付いて来た。

 同じく授業を受けていたサギラという少年だった。アービンとは気が合い、よく話す仲だった。


「なあアービン。さっきの授業は退屈に感じたよな」

「うーん…退屈と言えば退屈だったかな。それがどうしたんだ?」

「もっとでかいことをするんだよ!教科書にも載ってない魔術を編み出して世界を支配するんだ!どうだ?俺と一緒にやらないか?」

 サギラは目を輝かせていた。


「ぼくは別に…世界を支配したいとは思わないさ。魔術を学べるだけでもありがたいと思うよ。じゃあ」


 アービンはそう言うと去って行った。


「俺はあきらめないぞ!また誘うからな」


 それからも幾度となくサギラはアービンを誘った。


「なあ、頼むよ。お前なら分かってくれるだろ。二人で世界を変えないか?」

「しつこいなぁ…。いくら君の頼みでも無理なものは無理なんだよ。あきらめてくれ。力に溺(おぼ)れたら人じゃなくなってしまうよ」


 別の日サギラは暗い部屋にいた。部屋の中にはさらってきた街の男の人が縛られて、いすに座らされている。口元も布で塞(ふさ)がれている。


「お前が分かってくれないなら証明してやる!俺の魔術を超えた呪術でな」


 サギラはその男の人の腕や体のあちこちに、黒いインクのようなものを付けた指でよく分からない文字を書き始めた。そして、書きながら呪文をぶつぶつと呟き始めた。


「うぅ…ううぁぁーー!!」

 男の人は苦しいのか何なのか叫びだした。


「じゃsたふvふぁtろぉpくぉざqxswcでvfrbgtんhymじゅきぉp…」


 サギラが呪文を唱え終わると黒い文字が血のように赤く染まり始めた。


「ぐぅぅぅ…ぐあぁぁ…おぁ、ぐおぁ…」

 男の人はうめき声を上げた後絶命した。だが、サギラは不気味な笑みを浮かべた。


「さあ、生き返れ!」


 絶命した男の人は動かなかったが、しばらくして変化が起きた。全身が腐り始めて肌の色が変色し始めたのだ。目は白濁し人間ではなくなったようだ。

 そして突然動き出し、体を縛っていたひもを引きちぎっていすから立ち上がった。うめき声を上げながら歩いて部屋の外に出て行った。


 少し間を開けると外から悲鳴が聞こえてきた。絶命した男の人、死人(しびと)は通りすがりの人の腕に噛みついた。噛みつかれた人は叫び声を上げて暴れた後絶命し、死人と同じような反応を起こして、その人も死人と化した。

 その後も同じように死人が増えていった。


 アービンは自分の家にいたが、騒ぎが聞こえ外に跳び出した。外では腐った人が民間人を襲っている光景が広がっていた。アービンは嫌な予感がして思い当たった場所に向かった。

 それはサギラの家だった。中に入り奥の暗い部屋へと飛び込んだ。そこには不気味な笑みを浮かべたサギラがいた。


「サギラ、この騒ぎは君の仕業か…」

 アービンは息を切らして言った。


「ああそうだ。世界を支配するための実験さ」


 サギラの胸ぐらを掴んで「元に戻すんだ!君は過ちを犯した」と叫ぶようにアービンは言った。


「アービン、それはお前もだろ。お前は選択を間違えた。この呪術は止まらない、一度発動させたらな。恨むなら自分を恨むんだな」

「あの死人を倒す方法はあるのか?」

「さあな…それは俺にも分からない」


 アービンはサギラを放すと外に飛び出した。


 自分の家に戻ると死人たちが群れていた。アービンは走って死人たちから逃げた。決して後ろを振り向かなかった。無我夢中で走っているとアービンはつまづいて転んでしまった。

 しかし、死人たちはアービンに気付いていないかのように立ち止まった。見向きもせず街の方へ戻ってしまった。そうか、死人たちは街から出ることができないのか!


「そこからぼくは死人たちが街の外に出れないことを利用して、しばらく街の外で死人の倒し方を研究したんだ。死人たちからは闇の力を感じてその真逆の聖なる力が有効なのではないかと考えたんだ。それは当たりだった」

「まさか聖なる力が…?」

「そうだよ。ぼくは魔術で聖なる力を使い、家の周りにいた死人たちを退けて家で研究を続けたんだ。その時に、ぼくは元々足が遅くて速く歩けるように魔術で少年に変身したんだ」

「家の周りの結界も聖なる力が?」


 ユキトが目を開けてアービンに疑問をぶつけた。


「ユキト、いつから聞いてたの?」

「ちょっと前からだ。それはそうと、これはどういう状況なんだ?」


 ユキトはメリザの膝枕状態に頭が追い付かない。


「こっ、これは…その…!」

「おかげで良い夢が見られたよ」

「そっ、そう?なら良かった…!」

「熱いね二人とも。どう思うビャッコちゃん?」


 アービンは関係ないビャッコに問いかけた。


「二人とも仲良しなんだよ!」

「良いことだよ、仲が良いのは。ぼくとサギラはすれ違ってしまったけどね…」


 ユキトはメリザに手伝ってもらい車いすに座った。


「それで、本の場所は?」

「そうだったね。知っていると言ったが、移動している可能性があるんだ」

「移動?」

「ああ。街の教会にあるはずなんだが、貴族がなぜか本を欲しがっていたと聞いてね。その貴族が持っているかもしれない」

「探しに行こうか」

「もう少し待ってくれないか?準備は整えないとね」


 アービンの準備は翌日にまたいだ。ユキトたちは教会がある街の西側へ向かう。

 途中にゾンビがいたがまったく近付いて来なかった。


  やっぱりこの紙のおかげか…。

 アービンは紙切れに筆で文字を書き、聖なる力を付与した魔術を発動させた。それをユキト、メリザ、ビャッコにそれぞれ持たせた。魔術は魔力を使わない反面、時間がかかるのが欠点だ。それで準備に時間がかかってしまった。


 教会に向かっているとアービンは動く人影を見かけた。だが、その人影はすぐに隠れた。走って人影がいた所へ行ったが逃げられてしまった。


「誰かいたのか?」

 ユキトたちが遅れて来た。


「いや…逃げられてしまったよ。教会へ行こう」


 教会の周りは静かだった。教会は元々聖なる場所なのでゾンビたちも近付こうとはしなかった。

 アービンが教会の扉を開けると、長いすが間を空けて並んでいた。窓にはステンドグラㇲが不気味に光っていた。


 奥に進んでいくと本棚があった。本棚にはほとんど本が入っていなかった。その中に一冊だけ本が置いてあった。

 アービンはその本を開き読み始めた。日付と文章が書いてあり日記のようだった。


 〇月×日 今日は貴族の方が見られました。わたしたちが聖書と呼んでいる本が欲しいと仰られました。わたしたちはどうしても渡したくありませんでした。ですが、何としても欲しいと言う圧に負けてしまい、渡してしまいました。わたしたちは後悔しています。なぜあの時渡してしまったのか…。悔やんでも悔やみきれません…。


 アービンは日記を閉じた。


「なんて書いてあったんだ?」

「これはおそらく教会のシスターの日記だね。例の本は貴族に渡してしまったらしい…」

「貴族か…」

 ユキトは顎に手を当てて考え込んだ。


「貴族の屋敷ならここから少し東に行くとあるよ」

「そうか…。ところで、ここは安全なはずなのになんで誰もいないんだ?」

「あの騒ぎを聞いたら外に出ないわけにはいかないからね。みんな死人になったんだろう…」


 メリザとビャッコは教会の装飾を見回している。


「あれきれいだね!」

「きれいね」

「あれは職人が作ったものらしい」

 アービンは二人が見ていたステンドグラスを見て言った。


『へぇー』

 メリザとビャッコは同時に言った。


 その後、アービンは日記を持って教会の入り口の方へ向かった。

「さあ行こうか」

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